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わたしのスキルはハズレではありませんよ?  作者: みのみさ
第三章 仮婚約者のエミリアナ

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二十七幕

 エミリアナは手にした白いぬいぐるみをじっと見つめていた。

 もこもこした白い毛で首は長いが、手足は短い。つぶらな黒い瞳のアルパカだ。

 テオドラに見せたら、「首の長い羊なの?」と気味悪がられてしまったが、可愛くてふわふわな抱き心地もよい最高の抱き枕だと思うのだが。


 再会したテオドラに隠れ家スキルを披露したら、テオドラも自分の部屋を欲しがった。使用人部屋は二人から四人で一室だそうで、一人で過ごせる時間はあまりないらしい。

 テオドラが隠れ家に住めるようになるのか、将来は未定だが、『自分の部屋』にテンションが上がる気持ちはよくわかる。孤児院だって個室はなかった。個人の持ち物は机の引き出しに入るサイズの物で筆記用具や裁縫道具などだ。どちらかと言うと生活必需品で、ぬいぐるみなんて贅沢品だった。

 エミリアナは早速新築で部屋をもう一つ用意した。部屋のドアが三つになって穴蔵のサイズが少々横に細長くなった。なんだか、エレベーターホールみたいな感じだ。


 テオドラと二人で過ごせるのは短時間だが、テオドラの好みを反映した内装や調度品を話し合うには十分だった。エミリアナが自室で過ごす間に部屋作りを行い、テオドラと会う時に見せてオーケーをもらったり、ダメ出しされて作り直したりしていた。

 テオドラがぬいぐるみを欲しがったから、エミリアナの黒兎と色違いで白兎を作ったら微妙な顔をされてしまった。


「可愛いけどお〜。なんか、あいつと同じ色の兎とお揃いなのはちょっとねえ・・・」

「それじゃあ、アルパカにするね。アルパカも白くてもふもふしてて可愛いんだよ」

「あるぱか?」

 首を傾げたテオドラは出来上がったぬいぐるみを目にして、さらに微妙というか、ひくりと頬を引き攣らせていた。

「え、何これ? 首の長い羊なの? まさか、魔獣じゃないわよねえ?」

「ええー、魔獣はひどいよお。アルパカって名前で、確かラクダの一種だったかな?」

「らくだって何?」

「背中にこぶがあって、砂漠に住んでる馬みたいな動物?」

「へえ、それってあんたの夢の知識なの?」

「うん。外に持ち出したり出来ないから、この中で楽しむ分にはいいかなって思って。

 見て見て、可愛いでしょ?」

 エミリアナが自慢げに両手で掲げてくるが、テオドラは悩ましげに首を捻った。


「・・・可愛い、かしらあ? 見慣れないから、ちょっと不気味だわ〜」

「ええっ! 不気味だなんて、ひどいよお。抱き心地はいいんだよ?」

「それじゃあ、あんたのにしなさい。わたしはもっと普通のでいいから。そうねえ、猫のぬいぐるみでいいわあ」

「そんなあ〜、折角作ったのに〜」

 エミリアナは不満げだったが、テオドラの要望通りの茶トラのぬいぐるみを作るとものすっごく喜ばれた。満面の笑みのテオドラなんて初めて見た。それほど喜ばれたなら、作った甲斐がある。アルパカはエミリアナ専用になった。


 エミリアナはアルパカをもふもふしながら、黒髪の後ろ姿を思い浮かべていた。

 平民の若者の服装だったが、シャツの上からでも鍛えられているのがよくわかるガッチリとした体格だった。背も高く、少年期を脱しているようだ。

 フィデルは今年で成人年齢だし、発育もいいほうだったから、あの後ろ姿はフィデルかもしれない。テオドラは別人の可能性もあると慰めてくれたが、約束していた日時と場所にたまたま特徴が一致する相手がいるとか。別人の確率は限りなく低そうだった。


「・・・綺麗な人だったなあ。お姉様より淡い色で、ああいうのがストロベリーブロンドって言うのかなあ」

 黒髪の男性と一緒にいた女性を思いだすと、深緑の瞳に翳りが落ちる。女性は綺麗な上に可愛らしくて絶対にモテそうな感じだった。服装から判断すると、成人女性だろう。

 フィデルも成人になるのだし、恋人の一人や二人くらいいてもおかしくない。もともと、恋人と過ごすはずだったのに、妹分のエミリアナを心配してあの場所に来てくれたのだとしたら、申し訳なくなってくる。

 そう、エミリアナは妹分だ。本当の妹ではない。いや、本当の妹だとしても、兄貴分に恋人ができたら、祝福する立場なのだ。

 フィデルに恋人ができたからって、エミリアナにはどうこう言えるわけがない。

 それなのに、恋人に抱きつかれた後ろ姿を見た途端、胸に鋭い痛みが走った。やめて、イヤだ! と叫びそうになって、エミリアナは自分の感情に戸惑った。


 孤児の大半は家族を欲している。恋人は家族になるかもしれない相手で、冒険者として活躍するフィデルを支えてくれるなら大歓迎なのに、エミリアナは喜べなかった。

 フィデルの隣に見知らぬ女性がいるなんて、イヤだった。たとえ、家族になると言われても、了承できない。

 でも、フィデルにしてみれば、ただの妹分よりも将来の伴侶を優先しても何もおかしくないのだ。

 ただ、エミリアナがいきなりお貴族様に連れられて行ってしまったから。別れの挨拶もできずにいなくなって、気にしているだけならば。


「・・・大丈夫だって、伝えなきゃ、だよね。テオドラに頼んで手紙に書いてもらって・・・。

 わたしは元気だって。お姉様によくしてもらって何も心配することはないから、フィデルもーー」

 恋人と仲良くね、と伝えたほうがいいのだ。

 だって、フィデルとは家族なのだから。

 ずっと一緒だと約束したが、成人すればお互いに自分の家庭を築いてもおかしくはない。年上のフィデルのほうが早く家庭を持つかもしれない。家族なのだから、彼の幸せを願わなきゃいけないのに・・・。


「最低だな、わたし。フィデルの幸せを喜べないよ・・・」

 エミリアナは自嘲気味に溢した。

 テオドラからフィデルの情報を教えてもらって何もわからなくなった時よりも寂しさや孤独感はないはずなのに、どうしようもなく虚な思いがしている。


 血筋が明らかになって養子縁組を解消できたら、平民に戻るつもりだった。フィデルと家族なのだから、一緒に暮らせると思っていた。それが、恋人の出現でただの世間知らずの子供の夢だったと思い知らされてしまった。

 成人しても家族と暮らせるなんて、自分の家庭を持つまでの間だけだ。家庭を持ったら自分の家族優先になるのは当たり前で、エミリアナは妹分としておばちゃんの扱いになれればいいほうだ。

 そもそも、フィデルの恋人に受け入れられるかどうか。

 元孤児が貴族令嬢となっただけでも訳ありな話なのに、実は侯爵とは血のつながりがなくて平民に逆戻りとか。しがらみが面倒くさいはずだ。普通の人は縁続きになるのを嫌がる可能性が高い。


 エミリアナが思い悩んでいると、インターホンが鳴った。二つ目の部屋ができた時に獲得した技で、隠れ家のドアのボタンを押すと外と部屋の中の連絡がつくようになっている。

「エミリアナ様、瞑想中に失礼致します。ルイシーナ様からお茶のお誘いを受けたのですが、いかがなさいますか?」

 専属侍女筆頭のモニカだ。

 エミリアナは自室で隠れ家内で過ごしている間は瞑想タイムと名づけていた。暗闇の中で心穏やかになるように修行していると伝えたら、カルロスのやらかしでストレスを感じているのだろうと姉を始めとする邸内の者に同情されてしまった。

 用がある場合にだけ呼びだすように告げて、モニカにインターホンの使用方法を教えてあった。

「ええ、お伺いしますと返事をしてちょうだい。今、外にでるから、支度をお願いね」

 エミリアナは令嬢モードに切り替えて、淑女の微笑みを顔に貼り付けてから外に出た。


 ルイシーナは池のそばの四阿で待っていた。すでにお茶の支度が整っていて、お茶請けは新作のミルクティープリンだ。

「エミリアナ、瞑想中だったのですって? お邪魔してごめんなさいね」

「いえ、ちょうど外に出るつもりだったので。喉が渇いていたので、お誘いは嬉しいですわ」

「隠れ家の中は暑くも寒くもないと聞いているけど、水分補給は忘れずにね」

「はい、お姉様」

 エミリアナはローズティーをいただいた。イサークから貰った物で、姉妹共に気に入った深い紅色のお茶だ。


「課題の進み具合はどうかと思って」

「順調ですわ。ただ、どのくらい手を抜くべきかで悩んでいますの」

 エミリアナは思わしげにため息をついた。

 エミリアナはルイシーナと同じ家庭教師に教わったし、ルイシーナやイラリオからのチェックも受けていて、令嬢教育は完璧だ。上級クラスの上位に余裕で食い込めるのだが、アナスタシアは真ん中より上辺りの成績だった。座学が苦手にしては上出来かもしれないが、あまりアナスタシアと差が開くのも考えものである。

 アナスタシアには絶対にカルロスの婚約者の座を射止めてもらわないと困るのだから。

 エミリアナはダンスだけでなく、座学も少し手抜きすることにしたのだが、成績を落としすぎて侯爵家の名を貶めるわけにはいかない。ほどほどの成績を狙っているが、加減が難しかった。


「そうねえ、もし、手を抜きすぎたら、次の試験で本気をだせばいいわ。チャベス様に遠慮して貴女の努力が無駄になるのはもったいないもの。

 本音を言わせてもらうけど、わたくし、貴女がここまで優秀だとは思っていなかったのよ。

 いくら、領主直轄孤児院でも、文官職につけるほどの学力は身につかないでしょう? 貴族として無理に生きるより、平民に戻ったほうが貴女のためだと最初は考えていたの」

「ええと、わたくしが貴族令嬢としてやっていけるのはお姉様や家庭教師の先生方のおかげですわ」

 エミリアナはふふふっと微笑んで誤魔化した。

 夢のおかげで学習環境には慣れているし、学ぶコツも掴んでいるが、姉といえど内緒だ。前世の夢は孤児院仲間だけの秘密だった。

 ルイシーナは何かの書類を取りだしてエミリアナのほうへ差しだした。


「実はね、貴女にこれを見てもらおうと思って。貴女のご両親の調査資料なの」

「え、わたくしの両親、ですか?」

「ええ、まだ血筋を確認するスキル持ちは見つかっていないのだけど、スキル使用の詳しい内容は判明したの。

 どうやら、同じ血筋の者が二人以上でないと血筋の確認はできないそうなのよ。

 幸いにも貴女の血筋は予想できたし、貴女の従兄にあたる方はA級冒険者で有名人だから消息はすぐにわかるわ。

 スキル持ちさえ見つかれば、すぐに血筋を明らかにできるから、詳細を頭に入れておいてほしいと思って」

「・・・わたくしに従兄が?」

 エミリアナは目を大きく見開いて受け取った資料を見つめた。養子になってから環境の変化に慣れるのや令嬢教育に励んだりで、両親のことは思い出す暇もなかった。血縁者がいる可能性も全然頭になかった。


「資料を読んでもらえばわかるのだけど、どうやら貴女のご両親や親族の方は冤罪で国を追われた可能性が高いのよ。

 従兄の方は密かにお家再興の打診を受けて断ったようだわ。

 ねえ、エミリアナ。もしもの話だけど、貴女の血筋が確認された後に、お家再興を促されたら、貴女はどう思うかしら?」

「え、お家再興?」

 エミリアナは驚きのあまり、大きく口を開けてぽかんとしてしまった。両親が隣国の貴族だったらしいとは聞いているが、まさか自分が爵位を継承する可能性があるとは思ってもいなかった。


 ルイシーナはお茶を口にしてから頷く。

「ええ、冤罪だったと公にはできないようで恩赦という形だけど、従兄に再興の打診があったのだから、貴女の存在が明らかになれば貴女にも再興の話がくるかもしれないのよ。

 貴女は平民に戻りたがっていたけれど、あれから四年も経つわ。貴女はどこに出しても恥ずかしくない淑女になったのだし、十分貴族としてやっていけると思うの。

 父の横暴で養子にした経緯もあるのだし、わたくしも援助するから、貴族として生きるつもりはないかしら?」

「えっと、急にそう言われても・・・。

 両親のことも没落貴族らしいとしか知らなくて。正直冤罪らしいとか初めて聞きましたし」

「ああ、そうね。今すぐ決めろと言うのではないのよ。ただ、貴女の今後の選択肢として考えてほしいと思ったの。

 わたくしは貴女を本当に妹のように思っているわ。貴女が令嬢として努力してきた姿を見ているし、平民に戻るのは惜しいと思ったのよ。

 資料をよく見てから、考えてみてくれないかしら?」

 ルイシーナが小首を傾げて促してくる。エミリアナは躊躇いながらも頷くしかなかった。




 テオドラは目の前の男どもを冷たく睨みつけた。

 マルコスから養父から頼まれて渡す物があると呼びだされた。彼は来年には兵士見習いになることが決まっている。ちょうど、領都に報告に来る隊長のお供に選ばれて来たそうだ。

 剣士のスキル持ちのマルコスは今から隊長職に有望と見なされていた。バラハ町の警備隊には大歓迎されていて、囲い込まれているのだろう。職場見学と銘打って隊長の仕事がどんなものか目にする機会を与えられていた。

 今回のお供もその一環らしいのだが、自由時間に会いたいと請われて、まさか余計なオマケがついてくるとは思わなかった。

 余計なオマケとは苦虫を噛み潰した顔をしているフィデルだ。

 折角の機会を女連れで現れてぶっ潰しやがった大馬鹿野郎をテオドラは許すつもりはない。彼からの連絡は『死ね』と罵った手紙以降は全て無視している。


「ええと、とりあえず、フィデルに話す機会を与えてくれないかな? 誤解だったみたいなんだ」

「はっ? 誤解だろうとなんだろうと、他の女に抱きつかれた姿を晒したのには変わりないわよ。

 美人だったそうねえ、どうかお幸せにね?」

 テオドラの瞳が剣呑さを増していて言葉とは裏腹に『エミリアナを傷つけて幸せになれるモノなら、なってみやがれ』と詰っているようだ。

 マルコスは頭を抱えたくなった。

 フィデルから助けを求められてちょうど領都に行く予定だったから協力したのだが、針の筵だ。浮気を断罪される亭主の気分で、未婚どころかまだ恋人もいないのになんで?と、ぼやきたい。

 男女の修羅場なんて出くわしたいものではないが、氷の魔王様に土下座せんかの勢いで頭を下げられては断れなかった。

 揉め事は必死だったから、カフェの個室を予約しておいたのだが、室内の空気は悪かった。心理的には氷点下で、早くも心が凍死しそうである。


「あの女はギルドの職員だ。傍迷惑なやつで、受付嬢の立場を悪用して男漁りしている。

 お前からの手紙を以前にも預かったことがあって名前を覚えていたらしい。おれの後をつけて待ち合わせ場所にきたんだ。あの女の媚びに乗らなかった当てつけで抱きついてきたんだよ。

 わざわざ、小石に蹴つまずいたフリまでして。鬱陶しいことこの上ない痴女だ」

 辛辣なフィデルにテオドラはジト目を向けた。

「へええ、最速でC級に上がったフィデルさんは素人女性の尾行に気づかなかったんですかあ〜。気配に疎いって上級を目指す冒険者としてはどうなんですかねえ?

 しかも、わざと蹴つまずいた相手に抱きつかれたとか、回避能力は働かなかったんですかあ?

 そんなんでこの先も冒険者なんてやっていけるんですかねええええ?」

「・・・そのわざとらしい言い方はやめろ」

「テオドラ、顔がものすごく怖いよ?」

 マルコスが頬を引き攣らせているが、目がマジなテオドラに睨まれてすぐに視線を逸らした。


「疎い上に鈍くて悪かったな。おれだって、エミリに会えるって浮かれてたんだよ!

 完全に油断してるとこに呼びかけられて、振り向いた途端に突撃くらったんだ。周りに人がいなかったら、あんな痴女凍らせてやったのに!」

「いや、それはそれで問題だと思うよ?」

 むすっと吐き捨てたフィデルにマルコスがため息まじりに忠告してくる。


「テオドラ、誤解だけでもといてやってよ。痴女にまとわりつかれて迷惑してるのに、痴女を恋人だと思われるなんて、フィデルが可哀想すぎる」

「・・・まあ、落ち込んでるエミリアナが可哀想だから、話だけはしてあげてもいいわよ。エミリアナが許すかどうかはわからないけど。

 ただし、もうあんたには協力できないからね。

 エミリアナは護衛付きでないと外出もできないお嬢様なのよ? 本当はお嬢様の外出予定を邸外に漏らすとか、クビになりかねない案件なんだから」

「・・・わかった。迷惑かけてすまん」

 フィデルが殊勝げに頭を下げたから、テオドラも一先ずは矛先をおさめた。


「とにかく、今後は自力でエミリアナに会えるよう精進するのね。ああ、その痴女のことは早急に排除しなさいよ?

 その女、自分が嫌われているなんて夢にも思っていないわよ。きっと、また同じようなことを繰り返すから。

 令嬢のエミリアナに会うつもりなら身辺整理は必須よ。姉君のルイシーナ様は父親の浮気に嫌悪感を示してたから、女性関係にだらしない男は不快なはずよ。エミリアナを妹として可愛がっているし、下手をすると、あんたの敵に回るかもよ?」

「・・・エミリが保護されているなら喜ばしいさ」

 フィデルが渋々と頷く。マルコスは話がまとまったようだと、ほっとした。そして、テオドラに包みを差しだした。


「テオドラ、これ、デボタさんから預かってきた。ラム酒入りの焼き菓子で長持ちするから、小腹が空いた時のおやつにでもしろってさ」

「あら、本当にお養父さんから預かってきてたの?」

「うん、デボタさん、心配してたよ。王都と領都の行き来で手紙がすれ違ってるみたいだ。もっと、頻繁に連絡を入れてあげなよ」

「わかったわよお。もう、お養父さんも心配性なんだからあ」

 テオドラは唇を尖らせながらも嬉しそうだ。実父の記憶が薄いテオドラは養父を本当の父親のように慕っている。

「それじゃあ、そろそろ戻らないと。あんたたちも元気でね。

 フィデル、痴女の後始末は早急につけてよ。こっちに逆恨みされたら厄介だわ」

「わかってる。あの女には散々邪魔されて頭に来てるんだ。報いは受けさせるさ」

 フィデルの赤い目が完全に座っていた。マルコスは『うわあ、魔王様の降臨だあ』と身震いして、痴女の冥福を心底から祈った。




 冒険者ギルドの受付スペースでクララは目の前の女性冒険者に思いきり顔をしかめた。

 無言のまま立ち尽くしているのは最近A級に上がった冒険者で、攻撃魔法が得意技だ。金髪碧眼の美形で男どもが騒いでいたが、いくら美形でも同性はクララの眼中にはない。それどころか、自分よりも綺麗な同性とか、敵意しか抱かない。


「さっきから何ですか? 黙ったままで気持ち悪いですよ、邪魔だからさっさとどいてください」

 女性冒険者はつっけんどんなクララをじっと見つめたままだ。頭の上から足の先までじっくりと視線を走らせて、ふっと鼻で笑う。

 クララはかっとなった。

「なんなのよ、あんた! ふざけるのもいい加減にしろっ! 邪魔だから、どけって言ってんのよっ」

 突然の怒声にギルド内がざわりとなった。一斉に注目を浴びるが、クララは険しい顔のまま女性冒険者を睨みつけた。女性冒険者は涼しげな顔で『何を言っているの?』と不思議そうにしていて腹が立つ。


「クララちゃん、どうしたの?」

「何かあったのかい?」

 顔見知りの冒険者が寄ってくると、クララはうるっと瞳を潤ませて彼らを見上げた。

「この人がひどいんです。わたしのこと、見下してバカにしたように笑ってくるんです」

「え、本当に?」

「そうなのか?」

 男性たちは困惑げだった。女性冒険者がきょとんとしている様はとても無邪気そうだ。悪意があるようには見えなかった。

「わたしの言うことを信じてくれないんですか? ひどいです・・・」

 クララが一粒の涙を上品にこぼすと、男たちが慌てふためくが、ぶはっと無遠慮な笑い声がした。


「すっげえなあ、あんた。本当に男女で態度が違うんだ。こうも差別されたんじゃ、このギルドに女性冒険者が寄り付かなくなるわけだよ、気分悪いもんな」

 女性冒険者が大口開けてゲラゲラと笑っていて、周囲の男どもは唖然となった。美人が台無しである。

「あー、笑った、笑った。実はオレ、男なんだよねえ〜」

「はあああっ⁉︎」

 周囲の男どもの声がハモった。

 女性冒険者は頭に手をやって引っ張ると、長い金髪がすっぽ抜けた。下から短く刈り上げた金髪が現れて、腰を伸ばしたのか少し背が高くなった。顔を布で拭って化粧を落とすと美女が美男に変化して、クララが驚いて叫ぶ。


「え、なんで? ダニエルさん?」

「はいはい、ダニエルさんですよ。ついこの前、あなた様にしつこく食事に誘われて断ったら泣かれて悪者扱いされたダニエルです。

 女装して様子見したけど、本当に異性相手だと態度がものすごく違うね、ドンびくわ〜。

 ギルドの顔とも言うべき受付嬢がこれって、このギルドやばいでしょ」

「ダ、ダニエルさん、あの、これは・・・」

「このギルドの利用者から苦情が殺到してたんだよ。ある受付嬢の態度が悪すぎるって。

 特に女性相手だとひどい態度だし、男性には媚び売って通じないと泣いて責めてきて鬱陶しいってさ。

 しかも、後輩なんかギルド宛の手紙を勝手に覗かれたらしくて、意中の相手との待ち合わせ場所に現れて邪魔されたんだ。久しぶりに会えるって浮かれてたところに突撃喰らって抱きつかれたせいで、相手と修羅場になったそうだ。

 男女の仲をぶっ壊して楽しんでるとか人格破綻者だろ。

 領都のギルドを女性冒険者が避けるようになったと報告も上がっていて、調査を依頼されたんだよねえ。

 オレは普段はもっと南の地方を根城にしててこの辺はあまり来ないから、顔が割れてないし。たった一回の女装で証拠が上がるとは思わなかったわ。母親似の女顔がこんなことで役に立つとはねえ」

 ダニエルはわざとらしいほど爽やかな笑みを浮かべている。


「ダニエルさん、待ってください。今のは誤解なんです。ちょっと虫のいどころが悪かっただけです」

「言い訳は冒険者ギルド会議でやりなよ」

 クララはさあっと青くなった。

 冒険者ギルド会議とは各地のギルドマスターが集まって開く会議で、各ギルド内の問題を話しあう。他のギルドマスターに今の醜態を見られたりしたら、さすがに言い訳はできない。副ギルド長である叔父も庇ってくれなくなるだろう。

「そ、そんなあ、ダニエルさん。ひどいです」

「ひどいのはあんたの頭の中身だろ。今までは泣いて縋れば周りの男どもがチヤホヤしてくれたんだろうけどさあ。

 見る目のないヤローどもで満足していればいいものを、その気もない相手まで巻き込むから破滅するんだよ」

 ダニエルは冷淡に告げると、ヒラヒラと片手を振った。

「A級冒険者からの訴えを退けられると思ってるならやってみな。まあ、そん時はこのギルドが潰れるだけだがな」

 クララが助けを求めるかのように周りを見渡すが、A級以下の冒険者ばかりだ。誰もが目を逸らして関わりを避けた。


 後日、クララは紹介者である叔父と共にギルドマスターから叱責を受けて、解雇されることになった。

クララはフィデル宛の手紙を盗み見てました。それが一番の解雇理由で公にされています。冒険者ギルドは世界的な組織なので、どこでも情報共有されています。もうまともな職には就けないでしょうね。

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