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葛葉の澱 -小樽オカルト奇譚-  作者: 蟹むすび
第二章『芙蓉猫』
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二人よつて狐がばかす話をしてる②

 しばしの沈黙の後、母親が口を開く。


「……すみません、取り乱してしまって」

「あ、いえ……こちらも踏み込んでしまいました」

「……とにかく、もうどうしようもなくて……こんな……その、貴方のような人にでも、頼ってみようと……」


 "貴方のような人"。夏那の事だ。つまるところ、オカルト。

 オカルトなどと言う物に縋ってしまう程、必死で、参ってしまっているのだ。


 薄縹夏那は所謂オカルトや怪異といった事柄に対する専門家である。といっても、決してスペシャリストという訳ではなく、生業にしているというだけなのだが。

 夏那はとあるモノが巻き起こす事象を追っている。この街で起こる不可思議の全てが、夏那が追うものである訳ではないが、大体がそうだ。

 そうでないものと見分ける方法は分かっていない。強いて言うなれば、発生した時期が比較的最近である事だろうか。というのも、新しいものから当たっていくしかないのである。ずっと昔に発生したものは、最早見つける事も困難なのだ。

 発見したものから順繰りに。蝸牛だとしても、ひとつずつ、確実に対処していくしかない。

 そもそも、いくつも発見出来たとしても夏那一人では到底対処しきれない。


 そこで夏那は協力者を作った。可能性のある事象を見つけ、自分へ繋げる橋渡し役となる者達。

 今夏那がここで、とある失踪者の母と対峙しているのも、橋渡し役が彼女に自分を紹介したからである。


「狐に抓まれるって言うんですかね」

「えっ!?」


 母親の呟きに、夏那はぎくりと小さくのけぞいた。


「狐に化かされる。とも言うでしょう?私だけ取り残されて……何が何だか、わからない……」

「……狐であれ、何であれ。私の方でも娘さんを探してみます」

「…………」


 母親は目を合わせない。


「何か、失踪当時の娘さんの特徴を聞かせていただけませんか?例えば……服装は制服ですよね?」

「ええ、最後に見た娘は制服姿でした」

「髪型とか、他に身に着けていそうなものとか」

「髪は、背中にかかるくらいに揃えていて……」

「好きだった場所とか、執着……気に入っていたものとかはありませんか?」

「…………」

「……芙蓉さん?……あの、娘さんの容姿が分かるような写真などお借り出来ませんか」


 聞くと、母親は椅子から立ち上がり、何も言わずふらふらと居間から離れて行った。きしきしと階段を上っていく足音が微かに聞こえる。

 そうしてしばらくしてから今度は階段を下る音。

 居間へと戻った母親は、また夏那の向かいの椅子へ腰かけ、何かを夏那の前へと差し出した。名刺ほどの大きさの、一枚の薄いクリーム色のカードだった。


「……学生証」

「娘の物です。それでいいですか?」


 小さなカードの端には、学生服姿の女子生徒の顔写真が張り付けられている。大人しそうな、整った顔立ちの少女。どこか物憂げで、他人に興味のなさそうな表情は目の前に座る母親に似ている。

 顔写真の横には小さな文字列。学校名、学年、生年月日、そして生徒名。


「芙蓉……ユウ、さん」

「スグルです。優と書いてスグルと読みます」


 まさか、学生証を渡されるとは思いもしなかった。進級時に撮影した写真だろうから、半年以上も前のものだ。髪も肩にかからない程度の長さしかない。

 笑顔で写るような、最近撮られた家族写真を出されると想像していたので面食らってしまった。これでは顔しか確認出来ないし、身長や体格も分からない。


「……お借りします」

「後は、何を教えればいいんですか」

「娘さんの事に限らず、何か……不可解な出来事が起こったりはしていませんか?」

「…………娘の失踪以外に、不可解な?出来事?」


 母親の態度が段々と適当な、早く終わらせたいような、そういったものになり始めていた。

 今日、これ以上はこの母親から娘の情報を得られる気がしない。……きっと次に会った時もそうだろう。 

 夏那は手元のコーヒーを飲み干し、もう帰ると母親に伝えると、彼女はすっと立ち上がり夏那を玄関へと先導した。


 薄手のコートを羽織り、ブーツの靴紐を結ぶ。

 振り返ると母親が釈然としない表情で夏那を一瞥し、頭を下げた。

 

「……それじゃあ、どうぞ、よろしくお願いします」

「はい。何かわかれば、ご連絡します。……あ、庭を見て行ってもいいですか」

「……庭ですか」

「娘さんが倒れていた場所を見ておきたくて」

「……どうぞ。玄関を出て、左手に回れば庭ですから」


 夏那が振り向く前に扉は閉まり、程なくして内側から鍵をかける音が聞こえた。

 どうも母親から好ましく思われない結果になってしまったらしい。

 まあ無理もないだろう。あの母親のような、極めて現実的で真面目な人間にはオカルトなんて到底信じられない話で、それに縋ろうとしている自分自身さえも馬鹿馬鹿しく思えたのだろう。夏那を詐欺師のように感じたのかもしれない。

 それでも、オカルト専門家なんて肩書の夏那を頼ったのは、それだけ娘の行方を案じているからだろう。


 言われた通り、左手へ回り庭へと向かう。居間のカーテンは閉じられていた。

 車一台を止められるくらいの広さの庭。元は駐車場として使われていたのかもしれない。


 庭の中心の真上にある窓を見上げる。あれが娘の部屋の窓だろう。

 あそこから娘は落下したのだとすれば、それは事故だったのか、故意だったのか。先程の母親の態度を鑑みるに、後者の可能性もありえるのかもしれないと思う。息苦しく、孤独だったのではないかとも。

 あの母親は『娘の予定は全て把握していた』と言ったが、それ以外は娘の事を答えられなかった。

 決して大きくはないが、二階建てで庭付きの、母と娘が二人で暮らしていた立派な一軒家。父親が不在な理由は聞いていない。

 血の繋がりがあるとは言え、自分自身に興味のない大人と二人きりだった娘の心中を、夏那は少しだけ理解できる気がした。


 高さを確かめるように数歩後退して、窓と雪の残る庭を交互に見る。

 残雪の様子を見るに、庭がこの家の雪捨て場だったのだろう。であれば、娘の失踪当時はかなりの高さに除雪した雪が積み上げられていたはずだ。

 二階の窓から、雪山まで。上手く着地すれば、雪がクッションになって大した怪我をすることもなく、その後まもなく移動することも不可能ではないだろう。


「ああ、それじゃあ靴は履いていなかったはずね」


 独り言を呟く。

 事故で転落してしまったのだとすれば、何故そのまま姿を消したのか。母親が警察から言われたように、気絶したところを連れ去られた……と考えるのも、無理のない推測だろうか。


 実は、娘の目撃証言がある。それが本当に失踪した芙蓉優《ふよう すぐる》である確証はないし、夏那自身が見たわけではないので母親には黙っていた。あの状態の母親に不確定な情報を伝えるつもりは初めから無かったが、正解だったと思う。


 橋渡し役からの情報だった。行方不明の張り紙の少女に似た顔を見かけたというもので、同じような証言がいくつか集まったらしい。

 だがそれだけでは夏那に繋げられることは無い。その情報をオカルトたらしめる理由があるのだ。

 目撃されたのは、決まって夜。暗闇の奥から、生気のない真っ白な顔が覗いてくる。その口から空気が漏れるような音が聞こえたかと思うと、ぐるりと、顔があり得ない角度に回転し、そしていつの間にか消えている。その顔が芙蓉優に似ていた。といった話だ。

 その目撃情報はちょっとした怪談話として、ごく一部にだが広まりつつあるらしい。

 極めて最新の、怪異。

 夏那の追う事象である可能性がある以上、無視は出来ない。 

 だからこうして橋渡し役を介して連絡を取り芙蓉家を訪れたのだが、これ以上の母親からの協力が望めないこの件は、難航しそうだ。


 庭を後にしながら、次なるアクションは何を選択するべきかを思案する。

 二カ月も前のことで、娘の体に触れていたであろう雪も解けてしまった今では残穢も感じ取れない。


「手がかりは怪談話と学生証のみ……か」


 溜息交じりに漏らすが、オカルトとはこういうものだ。手探りで細い糸を探し出して、束ね、根源へと辿っていく。どんなに難しくてもやることは同じ。

 とにかく夏那は別行動をしている相棒と合流するべく、目撃情報のあった踏切へと向かうことにした。

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