猫の足跡があつた、朝の雪
プロローグ
部屋の窓から外を覗くと時々、積もった雪に足跡が残っている。
点々と規則的に並ぶ小さな痕。
始めは狐だと思っていたけれど、薄ら雪にはっきりと残された肉球の形を見ると、どうやら猫らしい。野良猫だろうか。姿を見たことは無い。
気まぐれに家の庭を訪れる猫は、ワタシにとって自由の象徴だった。
自らに庇護を与える存在を持たない、厳しい冬を独り生き抜く猫。
母の庇護の下、温かい部屋の中で生きるワタシ。
獣と人の生き方を比べたってどうしようもないが、そうせずにはいられなかった。
ワタシの生き方に自由は無い。
食事も、着る服も、聴く音楽も、髪型も、体重も、友人も、進路も、一切合切を母の決定に従わなくてはならない。
母の満足のいく結果を出す事だけが、ワタシの使命。他者よりも優秀であればあるほど、母は喜んだ。ワタシの頭を撫で、褒めてくれた。母は笑顔でいてくれた。
だから、努力が出来た。おえかきも、かけっこも、お勉強も、美しくあることも。母を喜ばせるためならば、なんだって頑張れた。
そんなワタシの生き方が、母の傀儡でしかないと気がついたのは11歳の頃。
友達と遊ぶことに夢中で、門限を破ってしまった日。
近所の公園まで、母がワタシを迎えに来た。迎えに来てくれたことが嬉しくて、自らが決め事を破ってしまっている事にも気がつかずに母に駆け寄ると、母は鬼の形相でワタシの頬を叩いた。
耳がキンとして音が遠くなって、母がワタシの友達になにか怒鳴っている事だけが分かった。そのまま引きずられながら公園を後にして、遅れてきた頬の熱さと痛みに涙があふれた。
その日からワタシに友達はいない。その友達から送られたプレゼントも、全て捨てられてしまった。
母曰く、同じ塾に通う塾生の一部だけが、ワタシの友人らしい。その友人よりも成績が劣ると、食事が無くなったり、一晩中反省文を書かされる。
母曰く、全てはワタシのため。全ては、ワタシの未来のため。
いつも通りのある日の朝、部屋の窓から庭を見下ろす。猫の足跡が残されているかを確認するのが、日課になっていた。
足跡は無かった。その代わりに、黒い塊が雪に埋もれかかっている。
一匹の猫が、黒い体毛をボサボサにして、死んでいた。
ワタシの自由が、死んでいた。




