知らぬが仏
灰の竜宮城の石浜。霧の中、パチパチと音を立てながら火花が舞っては消えていく。半切りのドラム缶の中では、逃げ出そうとするかのように炎が上がる。
その炎の前に、薄縹夏那は鉄杭を持ち佇んでいた。
朝、柳介の作る狐の窓から覗く、黒い顔に突き刺した鉄杭だ。それを見つめながら何を想うのか、表情からは読み取れない。
「自らを"非情だ"などと、思っておいでですか」
「……そう言いたいの?」
後方から投げかけられた問いに、眉一つ動かすことなく夏那は応える。返答はしない。
「滅相もないことでございます。もしかしたら……その様な自責の念を感じられているのではと、思案しただけでございます」
「…………」
「ですが……"二人で一つ"と言ってお守りを渡されたのは……些か、陰険だったかと存じますが……」
「あの場に、貴方は居なかったけれど?」
「どこの壁や障子にも、耳や目があるものでございます」
盗み見をしていた事を悪びれずに認める相手の言葉に、今度はため息で応える。
十三蛇花枯。十数年前にこの竜宮城に現れた医者を名乗る女。正直、夏那は未だ一切の素性の知れない彼女の全てを信用出来てはいない。
とは言え、彼女には返しきれない恩があるのである。
自称ではあるが医療行為の知識や腕は確かで、初めて此処へやってきた日も、此処に居ついてからも、彼女の治療に助けられてきたのは確かな事実だ。
それに、彼女も常人離れした力を持つ。人間社会での生き難さを感じ生きてきた事を想うと、世間と隔離されたこの空間に留まろうとする心が、夏那には十二分に理解出来た。
それ故に、彼女の不審に感じる行動にも目を瞑っているのである。
それから、同性であり、彼女との会話は嫌いではないし、本人を嫌っているわけではないと本音では思っている事も、また事実であった。
「陰険、ね。……確かにそうね。それでも、最後は自分で決断して欲しかったのよ」
「柳介様と恭奈様は、夏那様の絵図通りの形でお戻りになると?」
「…………きっと、ね」
『二人で一つ』半分は、言葉通りの意味で伝えた。一つのお守りで、二人を護るように。
もう半分は、暗に『お前たちは一人の人間だ』という事を示唆していた。……恭奈は分からないが、素直な柳介は言葉通りで受け取っていただろう。
だが、伝えることに意味がある。
彼を半端だと言ったことも、パーツが足りない状態だと言ったことも、お守りも全て、彼を元の状態に戻したいがため。
「いつもなら、こんな風に悩むことも無いのだけれど」
「……今回は別だと?」
「アレと関係は無い……と、思うのだけれど」
言いながら、夏那は自身の隣へやってきた花枯に手元の鉄杭を見せると、眉をひそめながら花枯は呟く。
「…………なんて、不浄な残穢」
「この残穢の元となったモノに、あの二人は襲われた」
「……なるほど。それは確かに、元の形に戻す事が……得策でございましょう」
夏那は鉄杭を炎へと放り投げる。
ガランと音を立てながらドラム缶に収まった鉄杭に結ばれた、黒い液体の染み込んだ房が燃え、生臭い悪臭が微かに漂う。
悪臭を鼻孔に感じ取った夏那の脳裏に、運河での記憶が過る。
この地で長い間過ごす夏那だが、あの黒いナニカがどの様な因果で現れたのかは分からない。憶測だが、恐らくあの二人が原因のはずだ。
元から何かしらの縁で繋がっていたのか、偶発的に繋がってしまったのか。どちらにせよ、柳介から姉が分離されたことが呼び水となった可能性がある以上、再現性を低めるため、花枯の言う通り元に戻すのが得策である事に変わりはない。
「だとしたら……"自身で決断してほしい"などと……猶予を与えるのは悪手に成りかねない選択だったのでは?」
「…………情が湧いてしまったのよ」
「……貴方らしくありませんね。確かに、此処に人を連れてくるなど、初めての事でございましたね」
「別に、初めてではないのよ。前にも居たわ」
「……初耳でございます」
「その頃にはまだ貴方は居なかったしね……もう、15年も前の話よ」
「その方は今どちらに?」
「さあ?とっくの昔に、この地を離れてるでしょうね」
「……さようでございますか」
花枯はその人物に興味がある様子だったが、ちらりと覗いた夏那の苦虫を噛み潰したような、苛立ちを隠せない表情を見て、それ以上掘り下げるのを止めた。
「柳介様がお戻りになられたら、どうなさるのですか」
「それは彼次第……なんていうのも、甘い選択なのかもね。それでも、彼が元居た場所へ帰るまで、付き合うわ」
「柳介様がお一人で帰られる事が、前提なのですね」
「………………やっぱり私って、非情なのかしら?」




