枯れる花 02
「私はドロテといいます。王都の西側にある川沿いに、小さなカフェを持っているんです。二階が自宅で、庭も少し。一人なのでちょうど良くて」
そこまで一気に言ったドロテは、軽く咳ばらいをしてから紅茶を口に含んだ。
クリスティーヌは、黙って続きを促した。
「去年、ずっと一緒に育った犬が亡くなりました。実家を出るときに、一緒に引っ越してきたんです。すっごく賢い子で。ブロンが亡くなったときには、さすがに仕事にならなくて、何日か店を閉めてしまいました」
「大切な家族だったんですね」
うなずいたドロテは、もう一度喉を潤した。
黒をベースにしたゴシック風味満載な室内を見回しながら少しだけ逡巡し、それから手元に視線を落とした。
「信じてもらえるかどうかわからないんですが、それから怪異が起こるようになったんです。ブロンのお墓に供える花が、夕方には枯れているというか……水分がなくなってバリバリになります。花瓶に入れた水も、日陰に置いているのに完全に水が蒸発して」
そこまで言って、ドロテはふるりと身を震わせた。
「水ですか。花瓶も花も、水が涸れた感じですね」
「はい!そうです、そうなんです。雨が降っていた日でも同じで、本当におかしいと思って」
頷きながら聞いたクリスティーヌは、手元のメニュー表をひっくり返して机に置いた。
「水に関わる怪異はよくあります。霊の仕業でしょうね。まだ完全には悪霊化していないと思われます。早めに対処してあげた方が良いでしょう」
「やっぱり、そうなんですか?」
不安そうに聞くドロテに、クリスティーヌはにこりと微笑んでみせた。
「ほんの少しですが、ドロテさんに影響しているのが見えます。ただ、今のところ心配は無用です」
「えっ?私に影響って、何か悪いことが」
ドロテがそわそわと心配そうに聞くので、クリスティーヌは首を左右に振った。
「いいえ、悪いものは一切感じません。それに、見てわかる変化が花瓶と花だけならかなり範囲が小さいので、影響力も小さいでしょう。ただ、その霊が何か伝えたいのは確かなので、まずは聞くところからですね」
言いながら、クリスティーヌがメニュー表の裏側の文字を指さした。
「ヒアリング?」
「ええ、まずはこれです。その霊に話を聞きます。悪霊化していなければ、案外話ができるものなんです。ヒアリングが銀貨三枚、説得して天に昇ってもらうのに銀貨二枚、合計銀貨五枚程度になります。ただ、話すのが難しかったり、説得が長引いたりすると追加料金がかかります」
「銀貨五枚ですか」
ドロテは眉じりを下げた。
銀貨五枚といえば、日本円の感覚で五千円くらい。
除霊としては実のところ高くないが、効果が確実なのかわからないなら、平民にとっては安いとは言えない。
「まあ、少しお考えいただいてからでも――」
言いかけたクリスティーヌの言葉に被せるように、ドロテが口を開いた。
「ヒアリングだけ、とかそういうわけには……」
それを聞いたクリスティーヌは、眉を寄せた。
「それはやめておいた方がいいですよ。霊というのは、現世に留まっているだけで徐々に存在が歪んで悪霊化してしまうので。あなたの幽霊も、まだ大丈夫ですが時間が経つと悪霊になります。悪霊は、天に昇れないので消滅させる以外に方法がありません」
正確には少し違うのだが、説明が面倒なのでそのように伝えている。
「そうなんですね」
納得したように、ドロテはうなずいた。
「あと、ヒアリングなしというのは難しいです。私の除霊方法は、霊本人の納得が鍵になっていますから」
クリスティーヌがそう言うと、ドロテはハッとしたように顔をあげた。
「霊にも、意志があるんですね」
「はい。悪霊にならない限りは、生前と変わらない思考を持っています。だから説得が通用するんです」
ドロテは何度かうなずき、それからクリスティーヌの目を見た。
「わかりました。怪異をなんとかしてもらえるなら、お願いします」
「任されましょう」
次のカフェの休みの日に訪問することに決めて、クリスティーヌは久しぶりの仕事のために準備を進めた。
十日後、クリスティーヌは西通りの川に面したカフェにやってきた。
木と漆喰で構成されている二階建ての建物は、前世で見たドイツやオーストリアにあったような雰囲気だ。
窓にはレースのカーテンが見え、カフェの入り口には可愛らしい小鳥の置物や花の咲く低木、花壇などで飾られている。
カラフルに見えるが全体的には統一されていて、ドロテのセンスの良さが際立っている。
住居の入り口は裏側だと聞いていたので、そちらに回る。
家の裏側には、これまたきちんと手入れをされた庭が広がっていた。
「うわぁ。私の格好、浮きすぎ……?」
茶色と白、ピンクにオレンジと柔らかい色味があふれる家を前にして、クリスティーヌは思わずつぶやいた。
クリスティーヌ自身は、いつもの格好だ。
さらりと真っすぐ下ろした長い髪はプラチナブロンド。
胸元はすっきりとシンプル風にしているが、バストの下あたりで切り替えが入り、右斜め前にだけタックを取ってあり、ドレープが入る。
ロングスカートの裾はアシンメトリーで、短いところからはちらりとレースが覗く。
全体的には体のラインを拾いつつ、腕まできちんと隠している。
そしてカーブの深い、蝙蝠の羽を思わせる日傘。
服も日傘も、色は真っ黒である。
白い肌とプラチナブロンドが映えるのだ。
こういうものを扱う店は、この国にはない。
実家の伝手を頼りに、御用達のドレスショップに作ってもらったものだ。
デザインは、前世の記憶頼り。
某ブランドのオートクチュールのドレスが、今の自分に似合うな、と思ってしまったのだ。
真っ黒のドレスと聞いて、ドレスショップのオーナーは目を剥いていたが、それを着たクリスティーヌを見て納得していた。
「まさに魔女って感じよね」
今の状況は、主人公の家に突然やって来た悪役のようである。
物語なら、最初の幸せな状態をぶち壊すあたりだろうか。
そんな妄想をしながら、クリスティーヌは居住部分の玄関のノッカーを打ち付けた。
「ようこそ。来ていただいてありがとうございます」
ドロテは、ふんわりしたワンピースを着ていた。
家の雰囲気にぴったりである。
「さっそく、庭を見せてもらっても良いですか?」
「はい、もちろん。今朝も花を供えたんですが、今どうなっているかはまだ見ていなくて」
ドロテは、ちらりと庭の方を見ながら言った。
「待っていていただいても大丈夫ですよ。私が見てきますので」
怖がっていた記憶があったので、クリスティーヌはそう提案した。
しかし、ドロテは両手を握って首を横に振った。
「いえ、待っていても気になってしまうので。ご案内します」
「わかりました」
それが怖いもの見たさなのか、単純に一人で孤独に待つのが耐えられないのか。
なんにしても、ドロテが関わるものであることは確からしいので、クリスティーヌとしては助かる。
案内と言っても、クリスティーヌには実はもう見えていた。
庭の片隅に、綺麗に整えられた部分がある。
日よけの布が木を渡してかけられており、小さな石碑がある。
石碑には、『ブロン』と文字が彫られていた。
葬儀屋も呼んだというし、かなり大切に埋葬したのだろう。
「これはまた、かなり頑張ったのね」
クリスティーヌの目には、異形になりかけた大きな白い犬が、石碑の前で大人しくおすわりしているのが映っていた。




