枯れる花 01
ドロテは、たどり着いた建物の前で決心しきれずに立ち止まっていた。
いろいろ試して、近くに住む両親にも相談してみたが、『勘違いじゃないか?』と大して親身にもなってくれない。
「勘違いなんかじゃないわ」
思わず、ドロテはひとりごちた。
昨日だって、朝のうちに新しい花を供えたのである。
間違いのないよう、カレンダーに印までつけた。
なのに、夕方には枯れていた。
自宅は、カフェを併設した小さな家だ。
ドロテが成人してすぐから、必死に働いて買った、可愛らしい小さな二階建て。
その庭で、怪異が起こるようになってしまった。
ドロテが自宅を手に入れて実家から独り立ちするときに、子どものころから一緒だったブロン――ペットの犬を連れて引っ越した。
とても賢い、真っ白な大型犬で、ブロンがいるなら一人暮らしも安心だろう、と両親が言ったほどに仲がよかった。
そのブロンが寿命で死んでしまい、ドロテは一人になった。
怪異が起こり始めたのはそのころだ。
ペット専門の葬儀屋に頼み、ブロンを庭に埋めた。
いつも供えるのは、ブロンと一緒によく遊びに行った丘に咲く花だ。
それこそ庭や野に咲いている、ありふれた花である。
当然、怪異の原因になどなりそうもない。
花屋が売るものでなくとも、普通ならきちんと処理して水に差しておけば数日は持つ。
にもかかわらず、店を閉めてから様子を見に行くと、朝供えたはずの花が、からっからに乾いているのだ。
はじめは、少し花がしおれるくらいだった。
『日当たりが良すぎるのが良くないかもしれない』と考えて、墓の上に日よけをかけてみた。
まったく関係なく、花がしおれていた。
気づけば、花びらに触れるだけで崩れるほどに枯れてしまうようになったのだ。
そんな魔法など聞いたことがないし、呪いなどおとぎ話だ。
ドロテの知る魔法では説明のつかない、恐ろしい事象である。
「絶対、怪異だもの」
自分に言い聞かせたドロテは、この店の噂を聞いたときのことを思い出した。
ドロテのカフェにやって来たのは、成人前後とみられる女性たちだった。
主な客層は、彼女たちのような若い女性だ。
その日やってきた彼女たちも、楽しそうにいろんなことを話していた。
楽しく過ごしてくれる空間を提供できることが、ドロテのやりがいなのだ。
そのうちの一人が、ささやくように友人たちに告げた。
「ねぇ、知ってる?南の裏通りにある『あやしや本舗』っていうお店のこと」
「なにそれ?」
「本舗って、お店のことよね?ちょっとダサいけど」
首をかしげる友人たちに、その女性は楽しそうに告げた。
「幽霊が見える人が集まるお店なんですって!店主は幽霊を見るだけじゃなくて、悪霊を消滅させられるユニーク魔法持ちだって噂なの」
声は抑えられているのだが、興奮した女性の声に交じる息の量が多い。
話す本人は気づきにくいのだが、ささやき声は案外遠くまで届くのだ。
「え、幽霊?怖いー」
「そういう雰囲気のお店っていうだけじゃないの?」
怪異に悩まされているドロテは、キッチンに立ったまま思わず聞き耳を立てた。
「それが、本当に悪い幽霊を何とかしてくれるらしいの!あたしの同僚のお母さんのイトコの旦那さんが、眠れないほどの霊障に遭っていたのを解決してもらったって聞いたわ」
口元に手を添えた女性は、意味深に目を見開いてうなずいた。
「えぇー。本当に?それに、霊障なんて小説の中の話でしょ?」
「でも、死者が魔力に反応しやすいっていう話は私も聞いたことがあるわよ」
きゃわきゃわと話す女性たちの話題は、本当に幽霊がいるかどうかという議論に変わり、そのうち仕事の愚痴大会になっていった。
ちらりと聞いただけの『あやしや本舗』のことが、ドロテの記憶にはしっかりと残っていた。
そしてカフェが休みの今日、王都の南側の裏通りをあちこち歩きまわり、蔦の絡まる怪しい建物を見つけた。
看板を何度も確認して、ここがその店であることもわかっている。
蔦の這う建物の前で尻込みしていたものの、ドロテは一つ息を吸い込んで手を握りしめた。
(ここまで来たんだから)
自分の城を守るためだ、と思い切って、『あやしや本舗』と書かれたプレートがかかった怪しげな扉をノックした。
◆◇◆◇◆◇
「はーい、どうぞ」
ノックの音が聞こえたので、クリスティーヌは読んでいた本にしおりを挟みながら答えた。
どうやら客らしい。
魔法で扉を開くと、驚いた女性がぽかんと口を開いていた。
仕掛けは上々である。
風魔法と思われがちだが、実は魔法ではない。
扉に細工をしてあり、クリスティーヌの定位置の壁側、客からは見えないところにスイッチがある。
扉には紐がつながっていて、スイッチを上にすれば紐が引かれ、下にすれば紐が緩む。
原始的な機構部分を隠せば、勝手に開く扉のできあがりだ。
子どもだましだが、意外とこういうしかけが効く。
「今のは……?」
客と思しき女性は、扉とクリスティーヌを見比べて目を瞬いていた。
クリスティーヌは、ゆっくりと頷いてみせた。
「ただの自動開閉扉ですよ。さあ、こちらへどうぞ」
ゆったりとした仕草で向かい側のソファを示すと、女性は覚悟を決めるように両手を握りしめてから店内に足を踏み入れた。
女性の後ろで、扉がゆっくりと閉まっていった。
この店に来る客のほとんどは、冷やかしか、そういう雰囲気を味わいたいだけの自称霊能者だ。
彼らには、ホラー風味のコンカフェを提供しているつもりでいる。
クリスティーヌの服の好みがゴシック系なので、せっかくならばと内装もそれっぽく整えてある。
その雰囲気がまた、彼らにウケているようだ。
クリスティーヌは、日本で天寿をまっとうした記憶のある転生者であった。
ゴシック系の服が好きなのは、今の自分の姿にとても似合うからだ。
前世では、ひらひらとは程遠い服装しかしていなかった。
「いらっしゃいませ。まずは温かいお茶でもどうぞ」
魔法でお茶を淹れてカップに注げば、女性は目を丸くしてそれを見ていた。
普通の人は、魔法を使えるといっても竈に火を入れるときや、飲み水を出すとき、手の届かないところを掃除するときなど、ある程度決まった使い方をする。
呪文も定型化しているし、動作も決まっている。
しかし、クリスティーヌは呪文なしで魔法を使っているし、お茶だって魔法で淹れてサーブまでしてしまう。
なお、知り合いには才能の無駄遣いだと言われた。
カップを両手で持った女性は、お茶を一口含んでから、ほっと息を吐いた。
温かくて甘い飲み物は、緊張をほぐすのだ。
「お客様、こちらは『あやしや本舗』です。幽霊に関するご相談ですか?それとも、依頼のお見積りですか?」
クリスティーヌは、女性が依頼者だとほとんど断定するように言った。
女性は、カップを両手で支えたまま目を見開いた。
「わかるんですか?」
クリスティーヌは肩をすくめた。
実のところ、ただの営業用のセリフである。
とはいえ、なんとなくコンカフェを楽しみに来たのではないことはすぐに察せられた。
女性の表情は、どこか追い詰められていたのだ。
女性はカップを机に置き、背筋を伸ばした。
「今日は、妙なことが起こる原因が幽霊かどうかを聞きたくて来ました。もし原因が幽霊なら、なんとかしてもらえると聞いています」
思ったとおり、久しぶりの霊障の顧客だったらしい。
クリスティーヌはゆったりと微笑んだ。
「わかりました。まずはどういったことが起こるのかを伺いましょう」




