第98話 大学四年生 夏3 reika
玲香 reika
結衣ちゃんの誕生日。
「どんなお店かは、行ってみてのお楽しみ」
にこにこしながら、そう話す結衣ちゃんに連れられて、私は東京駅を降りた。
いつ来ても、この駅はどこ歩いてるんだか、わからないなあと私は思う。
新宿駅よりはましだと、私も都会に染まっているから、理解しているけどね。
「今日の格好、特にかわいいね」
エスカレーターをいっしょにあがっていると、振り返った結衣ちゃんが私の全身を見下ろしながら言う。
なんか、まじまじと全身を見られると、恥ずかしいものがある。
「恥ずかしい?」
「はい」
結衣ちゃんが、やばい顔してた。
その顔ね、ご両親に、見せられないよ。
「最近の玲香、表情豊かになってきたね」
「え、そうかなあ」
エスカレーターを降りてはまた乗るを繰り返しながら、私たちはおしゃべりしつつ、ビルを上にあがってゆく。
「私は玲香の表情に詳しいからね。なんたって、もういっしょに住んで四年目だから」
「そんなになるんだねえ。ゲームの中で出会ってからだと、七年目かあ」
人生の何分の一だろう。
私は24歳になったばかりで、結衣ちゃんは今日で22歳だから、三分の一よりはちょっと少ないくらいかな。
「昔の玲香はね、笑ってるか虚無ってるかしかなかった。ちなみに虚無は鳩豆だから」
「んふ」
どんなやつだよ、それって思ったら、笑ってしまった。
自分のことを言われているのにもかかわらず。
「かわいい笑顔」
結衣ちゃんにかわいいって言われると、うれしくて胸がきゅってなる。
エスカレーターを降りた結衣ちゃんが、フロアの奥に進んでいく。
このフロアにあるお店に向かうみたいだ。
なんか見覚えがあるなと思った。
お店の前に来てわかった。
はじめて会った日、結衣ちゃんに連れられて行った、あのお店だった。
全面ガラス窓で、明るくて開放感があって、まるで恋人たちが語らうのにふさわしいような、そんなおしゃれな、あのお店。
店員さんに、予約の名前を伝える結衣ちゃんの後ろ姿に既視感があった。
そういえば、今日の結衣ちゃんは、あの日と同じ服を着ている。
一瞬、私も同じの着てくればよかったかなと思わされた。
でも、あの中学生スタイルより、こっちのがかわいくて好きだから、この姿を結衣ちゃんに見てほしいなと、私はすぐに思い直した。
◇
「うわ、懐かしい。謎の料理。いま見てもわからん」
おしゃれなこと以外、なんの料理なんだかわからない名前が並んだメニュー表。
私が言うと、結衣ちゃんが声をだして笑ってた。
「また結衣ちゃんにおまかせかな」
「えー。難しいんだよなあ、そう言われると」
どんどん記憶が蘇ってくる。
「あのとき、結衣ちゃんさ、『苦手な食べ物とかある?』って聞いてくれたの。うれしかったなあ」
そうだ。
あのとき、私はうれしかったんだ。
「結局、二種類注文してくれてさ、『食べられなかったら交換しよ』って言ってくれて、あれすっごくうれしかったなあ」
誰かが私のことを考えてくれてるってことが、きっと、うれしかったんだ。
「じゃあ、今回もそうしよっかな」
結衣ちゃんが、にこにこしながら呼び出しボタンを押して、店員さんを呼ぶ。
「おとなだからさ、せっかくだし、なにか飲もうよ」
私たちは、おしゃれぶって、飲んだこともないワインを注文してみることにした。
結衣ちゃんが店員さんとおしゃべりしている声をBGMにして、あたりを見回してみる。
窓の外の景色は、もはや見慣れた東京の街という雰囲気だ。
あのときは、どんな感想を抱いていたっけな。
結衣ちゃんのことばっかり思い出す。
景色の感想なんて、覚えていない。
「このお店ってさ、どうやって決めたの?」
「ん。思い出の場所だから」
「あ、そっちじゃなくて、はじめて来たときのことね」
「ああ」
結衣ちゃんは天を仰いでから、にやにや笑いだした。
「妹とふたりで、きゃあきゃあ言いながら、レイくんとの初デートの場所を探したんだよ。ここを見つけたのは、妹だったかなあ」
「妹ちゃんって、どこまで私たちのこと知ってたの?」
「え、ぜんぶ知ってるよ、たぶん。私たちにプライバシーとかないから」
私は思わず、笑ってしまった。
「妹の部屋のパソコンで、レイくんとゲームしてたし」
「あ、そうだったんだ」
確かに、後ろから見てたとか、言われたな。
女だと思ってましたよとも言われて、鋭い妹ちゃんだなと思わされたっけ。
「妹ちゃんは、結衣ちゃんを泳がせたんだね」
私が言うと、結衣ちゃんが目を見開いて身を乗り出す。
「あいつ、いっつもそうなんだよ。姉を泳がせて、高みの見物を楽しんでくる」
私は、げらげらと笑った。
「この前なんて、『お姉ちゃんって、くそおもしれー女じゃん?』とか言われた」
「それ、妹ちゃんのせいも、多少あるね」
結衣ちゃんも、けらけら笑った。
「姉妹ってさ、そういうとこ、あるんだよねえ」
「じゃあ、妹ちゃんのおかげで、私たちは出会えたのかな」
結衣ちゃんは、顔に指を当てて、首を傾げてから、
「そうかも」
と、納得するように声を漏らした。
◇
お料理の味は、おいしいんだけれども、結衣ちゃんの手料理には勝てないんだよねって私はそんなことを思う。
あのときみたいに、ふたりでおしゃべりしながら、いつの間にか食べ終えた。
食後にとワインが運ばれてきたので、ふたりで昼間から乾杯する。
グラスのかちんって音が、おしゃれに聞こえる。
「思ってたのと違う」
ぶどうジュースみたいなのかと思ったけど、そんなことなかった。
なんか、発酵してますってアピールがすごくて、ちょっと苦手な部類だった。
「苦手? おいしいけどなあ」
結衣ちゃん、あなた、お酒はだいたいおいしいって、いつも言ってないか。
馬鹿舌とかでは、ないんだよねえ。
あんなにおいしいお料理作れるから、味覚はしっかりしてそうだけども、ことアルコール類に関してはさあ。
「プレゼント、そろそろいっちゃう?」
待ち切れない顔で、結衣ちゃんが言う。
私たちは、お互い、にやにやしながら、鞄からプレゼントを取りだす。
『お』
包装紙に包まれたそれが、同じようなサイズの四角いものだったので、ふたりの声がシンクロした。
交換しあって、お互いに開封してゆく。
出てきたものを見て、私たちは、げらげらに笑いあった。
「同じになることあるかねえ」
結衣ちゃんが、呆れた調子で言う。
「びっくりしたねえ」
私もやや呆れつつ応じた。
これじゃ、自分で買ったのと変わらなくて、プレゼントにならないみたいだ。
「ま、色違いではあるかな」
「そうだね」
自分の分を買うとしたら、私もこの色を選んだかもと思ったけど、それは野暮かなと思って黙っておいた。
結衣ちゃんが、私の好きな色を想像して選んでくれたことに、意味があった。
私たちは、お互いに、スマホケースをプレゼントしたのだった。




