第97話 大学四年生 夏2 reika
玲香 reika
大学四年の夏休み。
「これぞ、人生最後の夏休みだねえ」
結衣ちゃんが、そんなことを言った。
私たちは、その言葉を合言葉に、ふたりっきりで、とにかく遊び倒した。
結衣ちゃんの行きつけの美容室。
私は生まれてはじめて、美容師のやつに髪の毛を整えてもらって、自分ではできないようなアレンジをたくさん加えてもらった。
人に、特に男性に、髪を触られることに対して、慣れないのもあって抵抗感がすごくて、ちょっと寒気がしたけれども、小粋な雑談で気を紛らわせながら、なんとか逃げ出さずに耐え抜いた。
結衣ちゃんは、これを定期的にやっているのか。
俺の結衣に、美容師のやつ。
「え、かわいい、好き」
できあがりを見て、結衣ちゃんが褒めてくれたから、美容師のやつのことは、ぜんぶ許した。
結衣ちゃんが好きだったと言ってくれた、ボブスタイルの、私が自分でやるようなざくっと切り落としただけの断捨離ボブじゃない、プロの美容師にしかできないようなスタイリングをリクエストした。
私はあんまり髪を短くされると、少年みたいになってしまって、女の子らしさを失ってしまうから、そこは要注意とさせてもらった。
私はかわいらしくて、女の子らしいものが好きなんだ。
髪型にうるさい私が、事細かに要望を伝えたら、美容師のやつには「こいつ、うるせえ客だなあ」の顔をされたけれど、できあがりを見たら、きちんとプロなんだなと納得させられた。
◇
私たちは、買い物デートをたくさん重ねた。
いちばんやったし、それはもうこすり倒した。
お互いに、買いたいものがたくさんあったし、都内各地のおしゃれ買い物スポットに出没しては、きゃっきゃ騒ぎながら買い物をした。
「女の子とのデートって楽しい」
結衣ちゃんは、終始、うふうふしていた。
私は結衣ちゃんに相談しながら、生まれてはじめて、お化粧道具を買い揃えた。
早くやってみたくて、その日は家に帰るまでわくわくしっぱなしだった。
つい、奇行に走りたくなって、結衣ちゃんのまわりを、どっかの部族みたいにぐるぐる回って、わくわく感を表現していたら、さすがに呆れた顔をされた。
「なんか、あんま変わらないね」
家に帰り、結衣ちゃんといっしょにお化粧をしてみたけど、評価はいまいちだった。
自分が見ても、あんまり変わらないなと思った。
結衣ちゃんを見ていると、文学少女から都会のお姉さんにまさに「変身」って感じがして、私もさなぎの状態から、なんらかの形態に変化できるものと思い込んでいた。
「玲香って、童顔だからかねえ」
「お化粧しなくても、元から整った顔立ちしてるもんねえ」
がっかりする私に、結衣ちゃんが、懸命にフォローしてくれた。
「もっとド派手にすればいいのかな」
「それだと、ミュージシャンみたいになっちゃうでしょ」
「リコーダー担当って席あるかな? 楽器それしかやったことない」
「おまえさん、目的変わってるからそれ」
そんなことを言い合って笑ったけれど、お化粧道具は宝の持ち腐れ感がすごかった。
◇
長年、押さえつけていた欲望が爆発してしまった私は、とにかく服をたくさん買ってしまった。
結衣ちゃんに連れられて新しい街を訪れるたびに、なにかしら買った。
「いつも、かわいいの選ぶねえ」
「私ね、かわいいのとか、女の子らしいのが好きなんだよ」
「好きで中学生をやってたわけじゃ、なかったんだねえ」
「あれは機能美ってやつだよ。バイトあるし、自転車乗るからね。動きやすくないとさ」
「スカート似合うんだねえ。かわいらしい。夏が似合う女の子って感じがする。麦わら帽子とか、かぶせたら完成だわ」
「なんといっても、8月生まれの女だからね。結衣ちゃんもだけど」
「パンツスタイルしか見たことなかったから、新鮮だわ」
結衣ちゃんに褒められて、私は調子に乗っていた。
調子に乗りすぎて、買いすぎてしまった。
着る時間のほうが足りなかった。
服が入り切らなくなって、タンスをふたつも買った。
座卓とパソコンしかなくて、広々としていた私の部屋が、急に狭くなってしまった。
◇
お互いに8月生まれの私たちは、いつも遅く誕生日を迎える、結衣ちゃんの誕生日にふたり分をお祝いする習慣だった。
晩御飯がちょっとだけ豪華になったり、ケーキを食べたり、ふたりで年齢を数えあって、おめでとうって言い合う、そんな質素なお誕生日会をしていた。
今年は結衣ちゃんが、こんな提案をしてきた。
「今年の誕生日さ。プレゼント贈り合おうよ。そんでさ、外でお食事しようよ」
「いいね」
私も乗り気だった。
結衣ちゃんと遊ぶ動機になるなら、なんだってよかった。
「ほんとは一年生の頃から、ずっとやりたかったんだよね」
結衣ちゃんはそんなことを言う。
「そう言ったら、玲香にとってはストレスかなって思って言えなかった」
私は当時の自分を振り返ってみる。
「結衣ちゃんの言うとおりかも」
きっと、結衣ちゃんの好意を受け取ることに、戸惑ってしまっただろうな。
「でしょ」
結衣ちゃんって、ずっと私のこと理解しようとしてくれてたんだなあ。
こんな子、もう二度と巡り合えないだろうなあ。
私って、薄っすら世の中の人に嫌われている節があるし。
おとんくんいわく、顔が世の中を舐めている、らしいから。
そんなの、どうすりゃいいのって思ってたら、結衣ちゃんからも、
「玲香ってさ。鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔が、真顔だよね」
って、最近やっと言えたぜって顔で、言われたばっかりなんだ。
あれはどういう意味なんだって顔で、結衣ちゃんの目を見つめていると、結衣ちゃんはにこっと笑って言う。
「お互いに学生だからさ。予算は5000円までと決めておこうよ。こういうのは際限ないし、金額の差があると、お互いにもやもやしちゃうからね」
結衣ちゃんって、ほんと、お育ちがよくて、いい子だなあ。
「さすが結衣ちゃんは、人の気持ちがわかる子だね」
「どゆこと。褒められてうれしいけども」
「どんなの渡すかは、当日までのひみつにしておこうね」
「そりゃ、もちろんでしょ。食事の場所は、私が決めてもいいかな」
「はい」
お店は結衣ちゃんが決めてくれることになった。
「いいお店、知ってるんだよね、私」
結衣ちゃんは、なにかいいアイデアを持っているみたいだった。




