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第96話 大学四年生 春3~夏1 reika

  玲香 reika


「なんか、なにやりたいのか、わかんなくなっちゃった」


 私は大学の図書館で、おとんくんを捕まえて、就活の相談をしていた。

 おとんくんは院進するから、就職活動はしていないけれど、そういう相手のほうが、客観的な意見を得られると思ったからだ。

 この眼鏡は忖度なしの、忌憚のない意見という名の煽りをいつも私にしてくるから、そんな意見を聞きたいときには、ちょうどいい。


「そもそも、やりたいことなんてあったんです?」


 第一声からそれは、眼鏡バッキバキにしてやろうかなと、思わないでもない。

 私が温厚な人間じゃなかったら、間違いなく、この中坊は視力を失ってる。


 今日も、半袖短パンにスポーツ刈りで、眼鏡をくいっとあげて、怪しむように私を見てくる。


「ゲームとか作る仕事、してみたかったんだよ。ゲーム好きだったからね。大学に入ってから、忙しくてやれてないけど」


「遊ぶのと作るのとでは、別じゃないです?」

「作ったことあるんです?」

「そもそも、作り方、知ってます?」


 怒涛のごとく煽り散らかしてくる。

 こいつが面接官だったら、たぶん、圧迫面接で訴えられてる。


「作ったことはないけどね。興味のある仕事のほうがいいのかなと思って。やってみないと、興味が持てるのかさえ、わからない仕事が世の中には多いからさ」

「結構、頭、回るんですねえ」

「ちゃんと、業界研究、してるからね。おとんくん、やったことないでしょ、業界研究」

「僕はいま、そういうフェーズではないので。三上さんは得意なんです?」

「ん。自己流」

「それがいけないんじゃないです?」


 がははっと、私は笑った。

 おとんくんも、うっふっふと笑った。


「なんかさ。ゲーム業界の面接って、あんまりいい思いしなかったんだよね」

「どんな悲しい事件が?」

「私さ、ゲームに救われてきたとこあるから、そういう体験をお話しするんだけどさ」

「いいじゃないですか」

「『ゲーム好きなのは当たり前なんだよね』みたいな、眠たい顔されるわけ」

「でしょうねえ」

「なんなら、直接言われたりもするし、『で、あなたになにができるんですか』みたいな、スルーを決め込まれることさえある」


 おとんくんは、にやにやしていた。

 私を煽る言葉が、100通りくらいは思い浮かんでそうだった。


「なんか、純粋に、この人たちといっしょに働くの、嫌だなって思っちゃって」

「落とされている以上は、ただの負け惜しみですよね?」


 私はおとんくんの眼鏡をもぎ取る。


「パワハラはやめてください」

「これがお前の世界の解像度だよ」

「名言みたいに言って、正当化するのはやめてください」


 私はおとんくんの顔に、眼鏡を戻してやる。

 おとんくんは、眼鏡をくいっとあげて、私に言う。


「あのですね、三上さん。ゲームっていうのは、いまや個人でも作れる時代なんですよ。特に、三上さんが好きなレトロゲームみたいなのは、ひとりでも作れたりするわけです。企業に入ってゲームを作るったって、自分の作りたいゲームなんて、そう簡単に作らせてもらえないですよ」

「私の業界研究が間違いだと?」


 おとんくんは大きく頷いて続ける。


「企業の一員になったら、まずは組織で認められて、それなりの地位を得て、会社を説得して、予算を獲得して、チームを率いて、ようやく作らせてもらえる話なんですよ。それだけじゃないですよ。あなたはチームリーダーなんです。好きなことばかりやっていればいいわけじゃないんです。チームの士気が下がってしまいます。人においしいところを譲って、仕事のモチベーションを高めてもらわないといけない。結果、あなたは誰もやりたくないような仕事ばかりを拾うはめになる。このジレンマが、三上さんにわかるんです?」


 私はぐうの音もでなかった。


「おとんくん、業界研究、してるねえ」

「僕もゲームは好きなんで。三上さんも、ゲームを作りたいなら個人でやればいいと思いますよ」


 そう言って、おとんくんは眼鏡をくいっとあげてみせる。


「ほかにやりたいことがない私は、どうやって就活すればいいんだろうねえ」


 私の疑問に、おとんくんは即答してみせる。


「得意なことを仕事にしたらどうです?」

「それまたどうして?」

「仕事なんて、何十年とやる話ですから。苦手なことを続けるのって、よほど好きでもない限り苦痛ですよ。得意なことは、好きになれなくても、続けていくことはできますよね?」


 私は納得させられた。


 バイト先から、数日以内に飛ぶ人たちを思うと、いかに苦手なことや、やりたくないことを続けることが困難なのかは、想像に難くない。


「三上さん、プログラミングだけは異常に得意でしたよね? 僕より成績よくてびびらされたのを憶えています。あなた変わってますから、人間より、機械と話すほうが得意なんでしょうねえ」

「ぎりぎり誹謗中傷のような気がするけれども。私、高度な数学とか物理とかわかんないから、きっと、たいしたもの書けないよ」

「三上さん、業界研究が足りないですよ」


 眼鏡の奥の小さな瞳が光を放ってみえてくる。


「研究室じゃあるまいし、そんな高度な学術的知識を要求するプログラムを書かされることなんて、世の中、そうそうあるもんじゃないです」

「それなら、私でもやれるかなあ」

「もともと、ゲームのプログラムを書く仕事をするつもりじゃなかったんです?」

「ん。私はね、企画を考える仕事をしたかったんだよ」

「え、それって、ミスマッチじゃないです?」


 いいこと聞けたから、眼鏡は奪わないでやるか。


 それから、私は業界を絞って就職活動を再開し、ぽろぽろと内定を得られるようになった。

 どれも同じにしか見えなかったので、選考過程で、いちばん雑談が盛り上がった会社に決めて、就活を終えた。


 もう夏休みに入る頃だった。


 ◇


 8月。


 就職活動を終えた報告をすると、結衣ちゃんが4か月ぶりに帰ってきた。


 毎日連絡は取り合っているから、久しぶりに会ったという気はしなかったけれど、ビデオ通話とか写真じゃない、生身の結衣ちゃんは、いい匂いがして、私を包みこむようなオーラを感じた。

 結衣ちゃんは、私よりひと回りほどおっきくて、水泳やってただけあって、健康的なむっちり感を醸しだしている女の子だから、余計にそう感じるのかもしれない。

 正面とか、真後ろに立たれると、物理的に包みこまれる感、あるからね。


 久しぶりに会った結衣ちゃんは、イメージチェンジ、というより、元に戻ってた。


「文学少女スタイルになってる」


 結衣ちゃんは、白いブラウスに紺青のジャンパースカートを身にまとった、懐かしの文学少女スタイルで帰ってきた。


 18歳だったときと違って、お化粧をしていて、眼鏡じゃなくてコンタクトだし、髪もおとなっぽくアレンジされてはいるけれど、確かにあのときの雰囲気をまとっているように感じられた。


「ふふ。もう少女ではないけどね」


 結衣ちゃんは、にっこり笑って自分の部屋に鞄を下ろす。


「あと半年もすれば卒業だし、大学生らしくするより、社会人になる前に、思う存分、好きな格好とか、好きなことをしてやろうと思って」


 くるっと回って、スカートをひらめかせながら、結衣ちゃんが微笑んだ。


「玲香も昔、似合ってるって言ってくれたもんね」

「いまは懐かしい気持ちかな」


 私が言うと、結衣ちゃんは私の上着を掴んで、にこっと笑い、首を傾げながら、


「好き?」


 と、訊ねてきた。


 好きと言うまで、私の上着を掴んで離さない圧を感じながら、


「ん。好き」


 と、私もにこっと笑って応じた。


 結衣ちゃんは、うふうふしながら、持って帰ってきた荷物の整理をはじめた。

 結衣ちゃんって、かわいいなって、私は改めてそう思った。


「社会人になっても、お互い都内だし、いつでも会えるね」

「うん」


 同居を続けたいと言ってくれた結衣ちゃんに、自分から同居はできないって言ったくせに、結衣ちゃんの口から、別々の暮らしをする将来像の話をされると、なんだか胸が苦しくなってきてしまうのだった。


「就活も終わったんだしさ、買い物デートとかしようよ。玲香、かわいい服とか好きなんだって言ってたよね」


 あとは卒業研究くらいだし、お金も余裕がある。


「やっちゃおうかな」


 私は長年の夢が叶うような気持ちになってきた。

 ずっと、見ないふりして、我慢してきたから。


 制服がかわいいあの高校、入りたかったんだよなあ。

 かわいい服を身にまとったら、無敵になれる気がして。


 私に花言葉をくれた、あの子が通っていた学校だ。


 お母さんに入りたいって言ったら、うちは借金あるから私立は無理って言われてあきらめたんだ。

 だったらもう、高校とか行かなくてもいいやって思って、そこから、私の人生はこの道に繋がったんだなあ。

 世間知らずで、余計な苦労をしてしまったと思ったけれど、こうやって、結衣ちゃんと知り合えたから、無駄じゃなかった。


 そんなことを考えていると、結衣ちゃんはにやにやと笑って、


「派手にやろうよ」


 と、悪魔のように囁いてきた。


 期待に胸膨らませる私に、結衣ちゃんが耳元で囁いてくる。


「もう中学生は卒業だね」

「結衣ちゃん、耳くすぐったい」


 私が思わず、身をすくめながら言うと、結衣ちゃんは悪い顔をして笑った。


 私は自分の姿を、改めて眺めてみる。


 いま着ているこの服も、なんなら、ほんとうに中学から着ていた。

 中3からずっと、身長も止まって、サイズ変わってないし、動きやすくて生活には困らなかったから。


 私の大学は地味な理系男子ばっかりで、結衣ちゃんみたいな爆イケ女子大生スタイルよりも、むしろこの中学生スタイルのほうが、馴染んではいた。


 社会人になる前に、好きな格好や、好きなことをするという考えに、私は素直に共感した。


 ようやく、自分の人生がはじまったような、そんな気持ちになれた。

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