↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/108

第95話 大学四年生 春2 yui

  結衣 yui


 6月。


 私は妹の部屋のベッドに横たわっていた。

 高校時代まで、いつもそうしていたように、妹の部屋に我が物顔で居座っていた。


 妹はゲーミングチェアに座り、ヘッドセットをして、画面に怒声を浴びせている。


 懐かしい光景だけれども、ずいぶん、おっきくなったもんだなあ。


 妹はこの春から、私がかつて不合格となった国立の女子大に入学して、女子大生をやっている。

 新しい友だちもたくさんできて、少しだけメイクや服装が派手になった気もする。


 身長もいつの間にか抜かれているけれど、妹は「解釈違いだから」と言って、認めたがらない。

 手を頭に乗せて比べようとすると、断固拒否してくる。

 目線の位置が、私より明らかにちょっと高いから、数センチほど抜かれているのは明らかだ。


 我が妹ながら、この人はなんでも望んだ結果を掴み取ってきて、すごいやつだなあと思う。

 誇らしくもあるけれど、それに比べて私って、いつまでもぱっとしないなと思う。


 中学受験もそう、部活もそう、大学受験もそう、今回の就職活動だって、そうだった。


 第一志望の企業は最終面接で落ちた。


「あの会社、最終で落ちる人とかいないらしいから、大丈夫じゃない?」


 友だちのギャルからはそう言われていたのに。


 結局、先に内定していた第二志望に決めて、私の就職活動は終わった。


 恋愛に関しても、同じだった。


 いちばん欲しいものだけ、手に入らない人生なんだ。

 たぶん、この先も、ずっとそうなんだ。


 妹の怒声をBGMにしながら、スマホを握る。

 私を振った女とのLIMEを開く。


『迷走してる』

『はやく玲香ちゃんのいるお家に帰りたいよ』

『ごめんね、結衣ちゃん、好き』

『そこは、大好き、でしょ』

『欲しがるねえ』


 お昼過ぎのやりとりを眺めて、ひとり悦に入る。

 今日は好きって言わせてやったぞ。

 あいつは文字だと、案外、カジュアルに好意を伝えてくれる。


 玲香は就職活動が難航しているみたいだった。


 不器用な人だから、ああいう、まじめな面接とか苦手なのかなあ。

 発作のように、すぐ、ふざけたりしそう。

 二浪しているのと同じ年齢だし、そのあたりも影響しているのかな。


 お互いの就職活動が終わらないことには、私は帰れない約束なのだった。


「会いたいなあ」


 ビデオ通話とかじゃ、満足できないんだよね。

 実在感が乏しいっていうか、解像度が低いっていうか。

 なんか、ラグかったりもするし。


 なにより、玲香ちゃん特有の「かわゆさ」が足りないんだよなあ。


「玲香さんに会いたいの?」

「わ」


 ベッドの脇に妹が立っていて、私はびっくりして飛び起きた。

 いつの間にか、ワンゲーム終わって、席を立ったところみたいだった。


「お姉ちゃんが会いたいって言ってますって、送ってあげようか」

「やめなさい」


 妹は笑いながら、冷蔵庫に飲み物を取りに行って、また戻ってきた。

 ゲーミングチェアに腰かけて、私とおしゃべりする姿勢になる。


「お互い好き同士なのに、いっしょになっちゃいけないなんてねえ」


 妹は、私のすべてを知っている。

 私たち姉妹の間には、個人情報保護法なんて適用外なのだ。


「自分の人生を大切にしなさいって怒られた」


 実際は、怒ってはなかったけども。

 まじめに諭されたって感じだった。


 私だって、同じことを考えて、ずっと玲香のこと本気で好きになるの我慢していたし、それこそ、彼氏とか作ったりもして、自分を騙す努力はしてた。


 そういうの、やればやるほど、自分がいかにあの人のことを愛しているのか、気づかされてゆくだけだった。


「愛、なんだけどねえ」


 私がつぶやくと、妹がぎゃははと汚く笑いはじめた。

 こっちはまじめなんだよと、私は目で抗議した。


「パパみたいなこと言うんだね、玲香さんって」

「確かにパパみたい。まあ、私よりお姉さんではあるからね」


 妹は、なにかを思い出した様子で手を叩いた。


「そういえばさ。はじめて玲香さんが挨拶に来た日、パパが玲香さんに『娘をよろしくお願いします』って頼んでたわ」

「え、そんなことしてたの?」

「まじめな顔で頭下げてたから、印象に残ったなあ」


 私はそこで、いくつか腑に落ちたことがあった。

 お酒を飲んできて注意されたのとかも、きっと、パパがお願いしたせいだったんだ。


「パパにお願いされたから、そうしなきゃって思ってる節もあるのかもなあ」

「律儀なんだねえ、玲香さんって」

「律儀っていうか、人との約束を大事にする人みたい」

「いいじゃん。私、玲香さんみたいな人、好き」

「おれの三上玲香、な?」

「あ、はあい」


 私もそれはいいところだと思っているし、玲香たんの好きなところのひとつでもあるんだけど、やることが極端なとこもあるからなあ、あの人。

 私が考えていると、妹が囁いてくる。


「パパのお願いが影響しているんだとしたらさ。玲香さんの本心はまた別にあるってことにもなるんじゃない?」

「んん?」

「お姉ちゃんに、好きって言ってくれたわけでしょ? 玲香さん」

「はあい」


 私は照れくさくなってくる。


「それはパパのお願いとは関係ないことだから、やっぱそうなんだよ」

「やっぱそう思う?」


 私は、にやにやしながら、妹の用意した船に乗ってみる。

 すると、妹は変なことを言いだした。


「お姉ちゃんってさ。くそおもしれー女じゃん?」

「ん?」

「ん?」

「え?」

「あ、自認は普通の女でした?」

「なにが言いてえ」


 妹がうはっと笑う。


「私は普通でしょ。凡庸の権化だし、平均に収まっていく運命力で言ったら、私に勝てる人間なんて、そうはいないでしょうよ」

「ああね」

「あんたは天才肌だと思うよ」

「いやいや」


 妹は鼻で笑いながら否定する。


「私はお姉ちゃんという勇気ある挑戦者がいてくれたおかげで、自分の可能性を信じられただけなのよ。お姉ちゃんがあれだけやって落ちたなら、自分はもうちょっとやれば受かるかな、とかね。お姉ちゃんが先に当たって砕けてくれたから、その骨を拾えたってわけ。こーれ、感謝してます」


 私はベッドに寝転がったまま、女豹のごとく手招きする。


「こいよ。なで回してやるから」

「あ、結構です。もう、大人なんで」


 もう私より大きいし、お姫様抱っことかしてやれないな。


「おれの腕じゃ、もう、おまえさんを支えきれねえわ」

「老いたな、結衣」

「年のせいではないのよ。ていうか、なんの話?」


 ふたりで笑うと、妹がまじめな顔に戻ってから、諭すように言う。


「お姉ちゃんね。普通の人は、ネットで知り合った誰かもわからん人と、いきなり同棲しようと思ったりしないよ? いくらイケボで誘われたからって。私だってそんなことしない。お姉ちゃんは、普通じゃないの。ほかにも、余罪はたくさんあるよね?」


 私は笑いをこらえるしかなかった。

 なんも言えなかった。


「お姉ちゃんはよく、玲香さんのこと変な女みたいに言うけど、どっちかと言えば、お姉ちゃんのほうが変な女なわけ。玲香さんは一般常識に欠けているところがあるかもしれないけど、お姉ちゃんより社会常識はあるからね」

「おまえさん、なにが言いてえ」


 妹はにやにやしながら、続ける。


「常識なんかに囚われてないで、わが道を突き進めってことよ」


 その言葉は、すぐには私の中に入ってはこなかった。

 時間をかけて、徐々に浸透していくことになるのだった。


「突っ走れよ、結衣。誰もおまえさんの暴走は止められねえよ」


 妹は、私の幸せを願って、その言葉を贈ってくれたみたいだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。