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第99話 大学四年生 夏4 reika

  玲香 reika


 結衣ちゃんは、私にスマホを買い替えてほしいみたいだった。


「すぐバッテリー切れて、文鎮みたいになってるからね」

「結衣ちゃんからもらったからさ。大事にしてたんだよ」

「そう言うかなと思ったから、これを機会にと思って」

「はい」


 私は結衣ちゃんに、いつも持っててほしいと思ってスマホケースを選んだ。


 アクセサリーとか身につける人ではないし、鞄にじゃらじゃらといろんなものをつける人でもないから、予算的にもスマホケースがいちばんかなと閃いたのだ。


「どんなときでも、繋がっていたいからね」


 小悪魔みたいな顔で、結衣ちゃんが言う。


「はい」


 と、言いながらも、私はどきどきしている。


 お互い、プレゼントを鞄にしまって、ゆっくりワインを飲みながら、おしゃべりを再開する。


 お酒が入って気が大きくなってしまったのかもしれない。

 ワイングラスを持つ、結衣ちゃんの手、きれいだなって思っていた。


 グラスを置き、離れていこうとする結衣ちゃんの右手を、私は思わず、両手で掴んでしまった。


 結衣ちゃんの手に触れたかった。


「ん?」


 どうしたって顔をされて、私はごまかすように、結衣ちゃんの右手をにぎにぎして、マッサージをしてあげる。


「結衣ちゃんの手、ひんやりしてるね」

「それは、玲香の手があったかいだけなのよ。あなた体温高いから」

「手、おっきいね」

「普通よ。玲香がちっちゃいだけ」

「すべすべしてるね」

「褒めてくれてるの?」

「ん。健康的」

「褒めてるのかなあ、それ」

「たくましい」

「褒めてないなあ、それ」

「きれいな指」

「褒めてるか、褒めてるなあ、それは」


 結衣ちゃんの手に触れていると、やっぱりどきどきするなあ。


「わ」


 結衣ちゃんが笑ったと思ったら、今度は私の右手を掴まれた。


「玲香の手はね、ぽかぽかしてる」

「あ、はあい」

「ちっちゃいおててだねえ」

「馬鹿にしてるでしょ」

「なんか、しっとりしてる」

「え、そうかな」

「ぷにぷにしてるわ」

「それ、動物の扱い、だよね?」

「筋肉ないんだねえ、きっと」

「ああ」

「汗、かいてきたね」

「ん」


 私は恥ずかしくなってきて、結衣ちゃんの手から逃げた。


「すぐ汗かいちゃうんだねえ、玲香って」

「きっと、体温がね、高いからだね」

「ふーん」

「冷やさないと、命にかかわるからね」


 結衣ちゃんが笑ってる。


 どきどきが止まらない。

 からだから汗がふきだしてくる。


 上着の胸元を摘んで、ぱたぱたと風を送って、冷やそうとする。


 その動作を、結衣ちゃんに見られて笑われてしまった。

 恥ずかしがっている顔を見られたくなくて、私はうつむいてみせる。


 夏休み、毎日いっしょに遊んでいるのに、頭の中が結衣ちゃんでいっぱいになってる。

 いつも、結衣ちゃんのことばっかり、考えてる。


 結衣ちゃん結衣ちゃん結衣ちゃん。


 私、たぶん、結衣ちゃんに、恋、してるんだと思う。


 そうだ。


 これって、はじめての感覚じゃない。

 高校生の頃も、ネットの向こうにいる「ゆいちゃん」で、頭がいっぱいになってた。


 あのとき、私って、恋、してたんだ。


 一年前の、あの夏の日。

 夜の海岸で。

 結衣ちゃんに抱きしめられたとき。


 結衣ちゃんの愛情を感じて、それを受け入れたときから、私はだんだんと、自分の気持ちがわかるようになってきていた。


 過去に、自分がどんな気持ちだったか、わかるようになった。


 ずっと家にひとりで、さみしかったこと。

 誰にも相手にされずに、悲しかったこと。

 いじめられて、つらかったこと。


 そういう、嫌だった気持ちもたくさん、わかるようになった。


 でも、私は結衣ちゃんの愛情を信じられたから、つらくはなかった。


 結衣ちゃんといっしょにいて、うれしかったことや、楽しかったことも、たくさんわかるようになったから。


「結衣ちゃん」

「ん?」

「好き」


 結衣ちゃんが、また、やばい顔しはじめた。

 渾身の好きが、伝わったと思っていいのかな。


「私はね、大好き」


 私は声をだして笑ってしまった。

 気持ちというか、表現でも上回ろうとしてくるなんて、さすがは文学部だね。


「結衣ちゃん、最近よく『好き』って言ってくれるよね」

「だって、私たち、好き同士でしょ?」

「はい」

「玲香はあんまり言ってくれないね」

「え、そうかなあ」

「文字では伝えてくれるけど、声にだしては、あんまりじゃない」


 どうだったかなあと、振り返ってみる。

 そういうの、声にだすの恥ずかしいから、あんまり言えてないのかもなあ。


「結衣ちゃんは、どうしてそんなに『好き』って言ってくれるの?」

「んふう」


 結衣ちゃんが、甘い吐息としか言いようのない息を吐いた。

 えっちだなと、思ってしまった。


 それから、結衣ちゃんは、思いもよらないことを教えてくれた。


「だって、ずーっと我慢してたから、私」

「我慢?」

「玲香のこと、本気で好きになってしまうこと」


 それは、本気で好きって思ってくれてるってことだよね、と私は浮かれてしまった。

 浮ついた気持ちのまま、続きを聞く。


「私、生半可な気持ちで『好き』って言ってないからね。私は自分の『好き』が本物だって、これは恋だって、しっかり自覚した上で言ってるんだから」


 結衣ちゃんは胸を張ってみせる。


 どういうことかと首を傾げていると、結衣ちゃんは、こいつわかってないなという顔をして、私を説き伏せようとしてきた。


「だいたいね、玲香。レイくんという男の子に恋をして、それが三上玲香という女の子の姿で現れた私の気持ちを想像したことある?」


 私は想像しながら、どうしても口元が緩んでしまう。

 結衣ちゃんの視線が痛い。


「その三上玲香に恋してるんだって、気づかされた私の気持ちにもなってみてよ。男の子が好きなのか、女の子が好きなのか、三上玲香という人が好きなだけなのか、恋愛がしてみたかっただけなのか、わからなくもなるでしょうが」

「はい」


 私はそう応じるしかなかった。


「レイくんという人は、どうかしていたね」


 私はすべての責任をレイくんに負わせることにした。

 結衣ちゃんは、楽しそうに笑ってた。


 それは、私たちの青春の1ページだった。


「私たちは女同士だから、これは決して叶わない恋なんだと思っていたけど、そうじゃなかったから、レイくんのことは許してあげようかな。ちゃんと好き同士にはなれたからね」


 そう言って、結衣ちゃんはワイングラスを片手に微笑んだ。

 私もワイングラスを手に取り、グラスを鳴らして、もう一度乾杯した。


 なんか、もう一度、乾杯しちゃった。


 ふたりでワインを飲み、グラスを置くと、結衣ちゃんが改まった顔で言う。


「玲香は気づいてなかったかもしれないけど、私だって玲香は女の子だから、私とはいっしょになれないんだって悩みは、ずっとあったんだよ」


 同じことを、私はいまも考えていた。


 私と結衣ちゃんは、いつかはお別れしなくちゃいけない関係なんだって。


 結衣ちゃんといっしょに暮らすのは、大学卒業までにすると、自分とそう約束していた。


 結衣ちゃんは、私より、ずっと前から、同じことを考えていたみたいだった。

 その上で、いっしょになりたいと言ってくれた、結衣ちゃんの気持ちに思いを馳せてみる。


『自分との約束なんか、いくら裏切っても、誰にも咎められないですよね?』


 遠くのほうから、花言葉をくれた、あの子の声が聞こえた気がした。


 ◇


 ワインのせいなのか、結衣ちゃんの好きをたくさん浴びたせいなのか、お店を出て、エスカレーターを降りて、地上を並んで歩きはじめたとき、私は勇気を振り絞って、結衣ちゃんの手を握ろうとした。


 手が触れると、結衣ちゃんが私の顔を覗き込んできた。


 手がぶつかっただけって思われてそうだったので、私は結衣ちゃんの手をぎゅっと握ってみせる。

 結衣ちゃんが、にこっと笑った。


「恋人つなぎしよっか」


 そう言って、結衣ちゃんが指を絡ませてくる。

 思わず、身体がぴくっと跳ねてしまう。


 恥ずかしいから気づかれないように、私は手に力を込める。

 結衣ちゃんも、握り返してくれた。


「なんたって、友だちじゃないからね、うちら」


 そう笑って、結衣ちゃんが歩きだした。


 改札を通り抜けるとき、一度、手が離れる。


 なにも言わずに、また結衣ちゃんが手を引いてくれる。

 また、指が絡んできて、くすぐったくなる。

 力を入れてごまかす。


 手を繋いだまま、空いている電車に並んで座る。

 私たちが手を繋いで座っているのを、たくさんの人が、ちら見していく。


 見世物じゃねえぞと、私は心の中で威嚇してみせる。


 お客さんがたくさんいるし、恥ずかしいからおしゃべりせずに黙って座る。

 結衣ちゃんが手をにぎにぎしてきたら、やり返す。


 姿勢よく座っていると、結衣ちゃんが私の肩に頭を預けてくる。

 結衣ちゃんの匂いがして、安心感に包まれる。

 結衣ちゃんに抱きしめられているときの匂いがする。


 私って、変態かもなあと思っていると、いつの間にか最寄り駅に着いた。


 改札を抜けるときに、また手を離す。


 先に抜けて待っていると、結衣ちゃんが駆け寄ってきて、すぐに私の手を取る。

 今度は、私から指を絡ませてみる。

 結衣ちゃんが、やばい顔で、うふうふしてる。


 私たちは、子どもみたいに、繋いだ手を大きく振って歩く。


「玲香って、肌が触れあったりするの、苦手なのかなって思ってた」

「ん。苦手だよ」


 私が言うと、結衣ちゃんの手の力が弱まったので、私はそうじゃないよとぎゅっと力を入れる。


「カノジョだけ。ほかの人とはノー」


 私はクォンちゃんとの会話を思い出して、そう言って笑った。


「え? 私って彼女?」


 結衣ちゃんが肩を寄せながら、うれしそうに言う。

 私はクォンちゃんのことを説明しようとした。


「両想いだから、彼女かあ」


 結衣ちゃんが納得したように言う。

 確かにそうなのかと私も思う。


「彼氏、ないなったねえ」


 どっちも彼女になっちゃうなあと思って、私がそう言うと、結衣ちゃんはおもしろそうに、けらけらと笑った。

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