第100話 大学四年生 秋~冬 yui
結衣 yui
9月に入ると、玲香は大学から呼び出しがかかって、夏休みだというのに学校に行きだした。
「結衣ちゃんとの夏休みが楽しすぎて、卒業研究のことを忘れてた」
玲香はどうやら、卒業研究の中間発表があるとかで、忙しく学校と家を往復しはじめた。
学校に行くときの玲香は、以前までの中学生スタイルだった。
「かわいいのいっぱい持ってるのに」
単に私が着てるとこ見たいから言うと、
「こっちのがね、むしろ浮かないんだよ」
玲香はそんなことを言っていた。
髪型だけおしゃれなお姉さんの、アンバランスな中学生が誕生していた。
私たちは、そうやって、いつもの日常生活へと戻っていった。
◇
10月。
卒業に必要な単位も取り終えていて、ゼミだけという状態の私とは対照的に、玲香は研究室に入り浸りながら、まだ必要な単位が残っていて、授業も気が抜けないみたいだった。
たまに早起きするついでとか言って、早朝のバイトに行ったり、どうしてもってヘルプを求められたと言って、夕方のバイトに入ったりもしていた。
もうバイトする必要はないらしいのに、お店のために続けていて、義理堅い人だなと思うなどした。
私はやることもないし、卒業したら大学のようなところで学ぶ機会もないからと、卒業のためには特別必要でもない授業を時間割に埋めて、気楽な気持ちで授業を聞くということをしていた。
それはそれで、学び多いことだった。
大学がはじまると、あっという間に時間は過ぎた。
玲香はお休みの日になると、いつも、かわいい服を着ていた。
ほんと食べちゃいたいな、こいつと思いながら、私はそれを舐め回すように眺めてやった。
いつもはパンツスタイルだけど、お休みの日はいつもスカートなんだねえ、玲香たん。
スカートをはくのが、好きなのかな。
かわいいのとか、女の子らしいのが好きだって、言ってたもんねえ。
スカートから伸びる、インドアで、運動不足で、日光を浴びていない、かわいいあんよ。
ちょっとスカート短すぎるんじゃないかなあ。
おじさんには、ふとももが、えっちすぎると思うんだよなあ。
「結衣ちゃん、変態だねえ」
「え、なんでよ」
「どこ見てるか、わかるよ」
「えー。そんな変なとこ見てたかなあ」
腕を叩かれた。
スキンシップ多くて、助かる。
そんなふうに、私たちは、いつもふざけあって笑った。
日常、だった。
毎朝、おはようと言い合って、いっしょに食卓を囲んで、寝る前におしゃべりをして、おやすみと言い合って眠る。
そういう、私たちの日常を続けていた。
大切な毎日だった。
3月にはこの物件の更新時期がやってきて、私たちはここを更新せず、別々の暮らしをはじめてゆく予定だった。
私はそのとき、どうするのかな。
ひとまず、実家に帰ればいいのかな。
部屋はあるし、家族のこと大好きだし、職場も近いし。
さみしいな。
そうなったら、三上玲香はいずれ、誰かのものになってしまうのかな。
そんなの、やだな。
◇
冬休みがきて、クリスマスにケーキを食べて、お正月は玲香を連れて実家に帰って、妹を巻き込んで三人で初詣に行く。
帰ってきたら、今度は玲香のお父さんのところに、ふたりで行く。
お父さんは治療がうまくいっているそうで、ほんの少し痩せたような気もするけれど、元気そうだった。
お父さん本人は、
「墓穴に肩まで浸かってるからさあ」
と、また笑えないジョークを飛ばして自虐してきたけれど、親子ふたりで、げらげら笑っていたから、大丈夫そうかなと、私の目にはそう見えた。
◇
冬休みが明けると、玲香は卒業研究のラストスパートみたいで、研究室に入り浸りになっていた。
私は家で玲香の帰りを待ちながら、ひとり考えていた。
三上玲香に自分の気持ちを伝える、その方法を。
全身全霊の、本気の愛情をいま一度ぶつけて、なにが返ってくるのか、知りたい気持ちを抑えられなかった。
私は三上玲香と結婚したい気持ちでいた。
女の子同士だから、いわゆる結婚はできないけれども、それと同じことがしたかった。
それには、一定の覚悟が必要だということは理解している。
いまの私には、その覚悟があると言い切れる。
彼女が隣にいない人生なんて、考えられないから。
人生のパートナーになりたかったし、私をそういう存在に、選んでほしかった。
三上玲香が、私を選んでくれるのかを、知りたかった。
それを伝えるのにふさわしい場所は、家じゃないんだよなあと考えていた。
日常生活の場で伝えても、真剣さが伝わらないのではと妄想した。
ここで、いっしょに暮らしたいと伝えて、一度は振られてもいるわけだし。
だから、私は提案した。
「お互い、卒業が決まったらさ。ふたりで卒業旅行しようよ」
「いいね、楽しそう」
玲香はすんなり、了承してくれた。
そういえば、ふたりきりで旅行って、はじめてだなと思った。
「ふたりで、いい温泉旅館とか、泊まろうよ」
なんか、新婚旅行みたいと、脳内が一瞬にしてピンク色になってきた。
「どんなのだろう、結衣ちゃん家の家族旅行で行ったようなやつかなあ」
「のんびりできて、癒やされるよ」
「長い大学生活の疲れを取ってしまおうってわけだね」
「そういうこと」
玲香は卒業研究やらで、疲れているのかもしれないけれど、私は暇だからピンピンしていて、むしろ元気あり余ってるんだけどね。
その結果がこれってわけ。
晩御飯を食べて、シャワーを浴びて、おやすみの前に、私たちは玲香の部屋のパソコンを使って、連日連夜、旅行の計画を立てる。
「露天風呂付きの客室っていうのは譲れないよねえ」
私は豪語する。
「え、でも、お値段張るし、大浴場のほうがお風呂も立派だよ」
玲香は温泉旅館のホームページの画像を、ひとつひとつ眺めながら言う。
「わかってないねえ」
「私みたいなのは、初心者の浅知恵ってこと?」
私はふふんと笑って、自説を披露してやる。
「かわいい玲香たんの裸を、ほかの女に見せたくないじゃない」
玲香は畳にのけぞって笑った。
「結衣ちゃん、さすがにあなた、変態すぎる」
畳に仰向けに倒れ込んだ、玲香のTシャツがまくれて、かわいいお腹とおへそがあらわになる。
私はいたずら心をくすぐられて、そっとお腹を触ってみせる。
「わ」
玲香はびくっとして畳を転げ回った。
有線マウスのケーブルが抜けて、パソコンがぽこんと鳴いた。
「敏感だねえ、玲香たんは」
玲香は起き上がって、畳に正座している私をどんっと押し倒してきた。
「まったく、えっちなんだから、この人は」
文句を言いながら、玲香はマウスを拾ってケーブルを刺した。
パソコンがぽこっと鳴いて、私も身体を起こして、また正座の姿勢になる。
玲香は胡座をかいて、パソコンを操作しながら言う。
「でも、ふたりきりで入れるなら、そっちのほうがいいね」
「えっちなこと、考えてるんでしょう?」
「ちーがうから」
また玲香にどーんと押し倒される。
私は即座に身体を起こしてみせる。
「ほかのお客さんいないなら、気にせず、いくらでもおしゃべりできるなって」
「ああ、そっちね」
「結衣ちゃん、おしゃべりだから」
「え、そっちでしょ、おしゃべりなのは」
そうやって、いつものように、ふざけあったり、じゃれあったりしながら、私たちの卒業旅行の計画は、完成してゆくのだった。




