第93話 大学三年生 冬~春 yui
結衣 yui
あっという間に冬休みがやってきて、二年ぶりに玲香とクリスマスを過ごすことになった。
「結衣ちゃん、去年は彼氏の家にお泊まりしてたね」
「黙ろっか。ケーキまずくなるから」
私の部屋で、晩御飯のあと、ふたりでケーキをいただいていた。
一年生のとき、調子に乗ってホールケーキを買ってきて失敗したから、今回はしっかり食べ切れるやつにした。
玲香は口元に生クリームをくっつけたまま、きゃっきゃ笑っている。
「そういう玲香は、あの日、なにしてたの?」
ふふんと玲香は得意げな顔をみせてくる。
「北京ダックをこう、ね」
蛮族みたいにフォークを持ちあげて、ケーキに食らいつく。
「それって、北京ダックの食べ方じゃなくて、骨付き肉の食べ方だよね」
「尻に噛みつくんだよ」
玲香は、げらげら笑っている。
クリスマスと言えば、チキンという発想だったのかな。
アヒルじゃなくて、七面鳥じゃなかったっけ。
「バイト先のおもしれー女とふたりで、ね」
「どんな女よ」
そんな交友関係、聞いたことない。
「年上のお姉さんといっしょに住んでる女。お姉さんが結婚して出ていったら、いっしょに住まないかって誘われてる」
「え、だめだよ、そんなの」
玲香は笑ってるけど、この人、ふらっといなくなりそうなタイプだから、心配だわ。
「玲香には、私がいるんだからね」
「はい」
いつもの返事なのに、なんかきゅんとした。
「おもしろかったけど、結衣ちゃんといっしょのクリスマスのほうが好き」
「わたしも!」
うれしくて、おっきな声、出ちゃった。
いつからだろう。
旅行から帰ったあとくらいかな。
お父さんと会ってからかな。
お金の問題が解決してからだったかな。
玲香は徐々に表情が豊かになってきて、ときどき、自分の感情を言葉に出して伝えてくるようになった。
私はそれが、たまらなくうれしかった。
幸せな気持ちでいっぱいだった。
そのせいか、だんだんと、自分の気持ちを抑えていることが、苦しいと感じるようになってしまった。
いつまで我慢していられるか、そういう段階にあった。
◇
大晦日。
私は玲香を連れて、実家に帰省した。
今年は、妹が受験生で家族旅行は中止だったし、パパやママと過ごす時間が少なかったなと思って、いっそ玲香も連れてきて、いっしょに過ごしちゃえという天才的な発想だった。
家族ぐるみのお付き合いだからね、もはや。
実家では、数学の勉強を見てほしいという妹に玲香を取られてしまったけど、あまりにもずっと部屋にこもっているから、様子を見に行ったら、ふたりで妹の推しのイケメンたちを眺めて、きゃっきゃと盛り上がっていた。
晩御飯のとき、玲香がうっかり別れた彼氏のことをぽろっとしゃべりそうになって、私はひやひやした。
なんとか、目で殺して黙らせることができた。
圭太くんとのお付き合いのことは、最終的に振られてしまったのもあるけれど、パパとママに聞かせられる内容があんまりない。
きっと、醜態をさらすだけになってしまう。
いろいろな意味で、未熟だったなと、我ながら反省しているくらい。
綾乃とうまくいっているみたいだから、私はもうすっかり忘れたつもりになっている。
なんだかんだ、仲良しグループの女5人はうまくやっている。
綾乃は友だちの彼氏を寝取るやべーやつという共通認識が生まれているけれども。
それでも、普通に友だち付き合いをやっているから、綾乃という女はほんとうに図太い。
人からどう思われようが関係ねえという、その強靭なメンタルだけは、尊敬に値すると思っている。
私も少し、見習いたいと思うなどしている。
晩御飯を食べ終わり、みんなでおしゃべりしていたら、あっという間に新しい年がやってきた。
私は玲香といっしょに、妹の合格祈願も兼ねて、三人で初詣に出かけた。
「玲香はなにをお願いした?」
「ん。結衣ちゃんと健康に過ごせるようにって」
この女は、ほんとうに気安く私をたぶらかしてくる。
私もおんなじ、なんだよなあ。
「お姉ちゃん、その顔、やばいよ」
妹に指をさして笑われて、私は正気に戻るのだった。
翌日、家に帰ってくると、玲香はお父さんの顔でも見に行こうかなと言い出した。
「いいね。お父さんも、顔見せてあげたら喜ぶんじゃない」
玲香はもじもじしていた。
うれしいのかなと思っていると、
「結衣ちゃんもいっしょに来て」
と、上目遣いでお願いしてきた。
「かわいいから、行ってあげるかあ」
「ほんと、やったあ」
そう言って、子どもみたいに笑っていた。
どうやら、ひとりで会いに行くのは、まだ緊張するみたいだった。
結構、頻繁にLIMEで近況報告しているみたいなのに。
玲香のお父さんは、まったく変わっていなかった。
病気で通院しながら自宅療養中らしいから、変わっていないのはいいことなのかなと思った。
ふたりは他愛もない話をしながら、ときどき、お母さんの悪行を思い出して言い合っては、表情をころころ変えながら、憤ったり笑ったりしていた。
ふたりで過去の出来事の答え合わせをしているみたいだった。
◇
冬休みが明けると、就活の準備もはじまって、私も玲香も忙しくなってきた。
玲香は学校の授業も、単位がたくさん残っている関係で大忙しのようだった。
図書館で勉強してから帰ると言って、帰りが遅くなる日も増えた。
2月に入って、試験期間になると、連日、「ガリ勉くそ眼鏡」が我が家に招かれていた。
もはや、風物詩だった。
はじめて来たときは、味見だけして晩御飯を食べずに帰っていった眼鏡も、いまや、さも当然のような顔で、私たちと食卓を囲んでいた。
興味もないから、知らなかったけれど、この眼鏡も地方から出てきて、ひとり暮らしをしている眼鏡だったみたいで、
「人が作った料理って、やっぱりおいしいですねえ」
とか言い出すから、
「びっくりしたあ。変態的なこと言ったのかと思った」
と、玲香に笑われていた。
「料理で変態って、女体盛りくらいしか知りませんよ」
笑いながら話す眼鏡は、案の定、
「おまえさ、そういうとこだよ」
と、指摘されて「ふひ」っと鳴いていた。
そんな眼鏡の助けもあって、玲香は無事に試験を乗り越えられたみたいだった。
◇
春休みに入ると、私たちは就職活動に追われた。
私と玲香では、専門分野が違うこともあって、エントリー先の企業はまったくかぶらなかった。
それでも、ああでもない、こうでもないと言い合いながら、ふたりでエントリーする企業を吟味していくのは楽しかった。
「入ってみないと、勤務地がわからない会社も多いんだねえ」
ふと、玲香がそんなことを言う。
玲香は、私たちの同居が、いつまで続くと思っているのかな。
私はこの先も、ずっと続けていたかった。
心から、三上玲香という人のことが、好きで好きでたまらなかったから。
高校生の頃から、ずっとこの人のことが好きだった。
この人のいない人生なんて、考えたくもなかった。
ずっとそばにいたいし、そばにいてほしかった。
三上玲香がレイくんだったら、男の子だったらと考えたことは、数限りなくある。
だけど、私は、三上玲香が女の子だとわかっていても、誰にもこの人を渡したくなんてなかった。
綾乃がそうしたように、私は自分の人生を投げ捨ててでも、三上玲香といっしょに生きていく道を選びたかった。
この気持ちを胸に秘め続けたまま、彼女の隣にいることが、私にはどうしてもできなかった。




