第91話 大学三年生 秋1 yui
結衣 yui
10月。
新学期がはじまり、私はすぐに異変に気がついた。
キャンパス内で、圭太くんと綾乃が腕を組んで歩いているのを目撃したからだ。
あのふたり、幼馴染だって聞いているし、そのくらいはするか。
いや、しないよな。
幼馴染なんていたことないから、知らないけれども。
いったん、私はそれを見過ごした。
綾乃も含め、いつもの女5人で話していても、なんとなく違和感があった。
グループ旅行に途中合流したときに覚えた違和感を思い出す。
なんか、みんなが私に気を遣っているように感じる。
彼氏と別れたとは、まだ誰にも言っていないけど、男の子たちから聞いて知っているとか、なのかな。
「私、彼氏と別れたんだよね」
いつかはそういう話題になるだろうから、自分から言ってみる。
身近に彼氏と別れた人がいないから、こういうとき、どういう反応が返ってくるもので、私も私で、どういう顔をしていいんだか、わからない。
「そうなんだ」
「なんか、残念だねえ」
「もっといい、って前の男が悪いわけじゃないけど、男なんていっぱいいるから」
ギャルたちが、そう励ましてくれた。
みんな、あんまりいつもの元気がなかった。
「暗い話でごめんだけど、私はもう気持ち切り替えてるから大丈夫だよ」
そう伝えると、ギャルたちの顔がようやくぱっと明るくなった。
綾乃は表情を変えなかった。
いつも、冷静沈着な人ではあるけれど、さっきの腕組みを見ているから、私はどうにも引っかかった。
◇
授業の空き時間。
誰と過ごそうかな、なんて考えていると、私がいつも圭太くんと過ごしていたテーブル席で、綾乃と圭太くんが、ふたりで談笑している様子が目に入ってきた。
なんか、恋人同士、みたいだった。
私は隠れるようにその場をあとにして、帰りに綾乃を呼び出して、ふたりで話をしてみることにした。
女の勘ってやつが、うるさいくらいに、私の脳内で警報を鳴らしていた。
◇
「ふたりっきりで話そうよ」
そう言って、私は綾乃をキャンパス近くの公園に連れ出した。
日陰のベンチに並んで座り、遠くで子どもたちが遊んでいる姿を見ながら、話をする。
遠回しに聞く意味もないなと思って、私は直球で訊ねる。
「綾乃って圭太くんと付き合ってる?」
「付き合ってたら、なに?」
こわ、と思わず怯みそうになる。
綾乃の声色に、圧を感じたからだ。
「ということは、付き合ってるんだね」
私は自分に負けるなと言い聞かせながら、応じる。
綾乃が私に微笑みかけてくる。
私は笑い返せる気持ちにはなれない。
「やっと付き合えたんだ。結衣のおかげかも」
私は、あの旅行を抜けていた間に、ふたりの間になにかあったのではないかと疑っていた。
綾乃の言葉でそれを確信できた。
旅行から帰ってきたら、いきなり別れ話のような展開になったのも頷けた。
「結衣がいなくなってくれたおかげ」
鳥肌が立った。
なんか、この人って、友だちじゃなかったんだなと思わされた。
綾乃が勝ち誇ったように、私を見下ろしてくる。
「グループ旅行、抜け出して、彼氏に恥かかせるなんて、人でなしのすることだと、私は思うなあ」
私は歯を食いしばったまま、なにも言えなかった。
言われてみれば、それはそう、かもしれなかったから。
「だからね。私が慰めてあげたの。結衣もちょっとくらい、私に感謝してよ。圭太にひどいことしたんだからさ」
それがきっかけで、急接近したってことなのか。
それで、圭太くんの気持ちが変わって、同居人と別れないなら、私とも別れるって、そういうことだったのかな。
だったら、圭太くんだって、ずるくないか。
私が同居人と別れるって言ったら、綾乃じゃなくて私との交際を継続したってことでしょ。
私は勝手に想像して、圭太くんという人に、むかむかしていた。
ところが、現実は、私の想像の一歩上をいっていたようだった。
「私、あの夜、圭太のこと襲っちゃったんだあ」
綾乃は思い出を噛みしめるように言う。
見たこともない、とろけた顔をしている。
「幸せだったなあ。大好きな圭太とはじめて繋がれて。みんなにバレたらどうしようって興奮しちゃった。声、我慢できなくて」
女たちがよそよそしかったのは、そういうことか。
「たぶん、それバレてるんだと思うよ」
綾乃は頬を染め、とろけた顔で私に笑いかける。
「グループ旅行、参加してよかったあ。普通、彼氏いない女をひとりだけ誘うかねえって思って、馬鹿にされてるのかとも思ったけど、圭太がいるならと思って、みじめなのを承知で参加したらこれだもん。神さまっているんだなって思ったわ」
なんかもう、理解を超えているなと、私は思った。
「友だちの彼氏を寝取っておいて、よくそんなこと」
「寝取ったのはどっちよ!」
私が言い終わる前に、綾乃が大声でかぶせてきた。
遠くで遊んでいる子どもたちが、いっせいにこっちを振り向く。
「圭太は最初から、私のものなんだから。あの人のはじめては私になるはずだった」
常軌を逸しているなと思った。
ただ、それが逆に興味を惹かれもした。
「圭太くんと綾乃って、幼馴染って聞いたけど、ほんとはどういう関係なの?」
なんかもう、怒りとかなくなって、私は訊ねた。
「家族ぐるみの付き合い。物心ついた頃からの。幼稚園から、ずーっとおんなじ学校。あいつが国立落ちて、浪人するって言ったから、私は受かってたけど、あいつに付き合って落ちたことにして浪人したし。次の年、また私は受かったのにあいつは落ちて。それで、いまの大学にあきらめて入るって言うから、また落ちたことにして。いっしょだねって慰めあいながら、地元から出てきたってわけ」
好きな人のために、そこまでするんだ。
聞きながら、綾乃という人がこわくなってきた。
「さすがに、二回目は受かれよって、私も思ったけどね」
私たちは同時に笑った。
それだけは、さすがに、おもろい。
「浪人ってさ。あんまり学力伸びないんだわ。あいつも馬鹿だし」
そこまで執着するほど好きな人を、平気で馬鹿扱いできる綾乃から、正妻の余裕、みたいなものを私は感じてしまっていた。
「いい当て馬になったわ。おかげで圭太といっしょになれた。ただ彼氏がほしい、恋愛がしてみたいだけの女に引っかかって、ほんとうの愛を知らずに生涯を終えるなんて、圭太があまりにもかわいそうだもの。結果的によかったわ。これからは、私がいーっぱい愛してあげるから」
彼氏がほしい、恋愛がしてみたいだけの女。
率直に、圭太くんと付き合った頃の私だなと思った。
友だちやってただけあって、私のことをよく知っている。
内心、ずっと見下されていたようなのは、不愉快ではあるけれども。
「私は自分の人生を投げ捨ててまで、圭太と添い遂げようとした。あんたにそれができるとでも言うの?」
私は圭太くんのために、そこまではできないとわかっている。
「綾乃の言うとおりかな。圭太くんは、綾乃と結ばれてよかったんだと思う」
屈服せざるを得ない私に、綾乃が勝ち誇った顔で見つめてくる。
その顔が、だんだん、とろけてくる。
たぶん、圭太くんとの将来を、妄想してる。
私と似ているところがあるのかもな、この女。
とろけた顔で、綾乃が嘲笑う。
「結衣にはわかんないでしょ。本気で人を愛する気持ち。教えてあげよっか」
「いらない!」
言われっぱなしに腹が立って、私はそう啖呵を切った。
「私にだって、本気で愛してる人くらいいるから!」
「へー」
どう見ても、綾乃は信じていなかった。
なんか言ってらあ、くらいの、高みの見物って顔だった。
「それって、パパとかママのことでしょ?」
馬鹿にした顔で、綾乃が挑発してくる。
私が家族を愛していること、よく知ってるじゃねえかよ。
私はベンチから立ち上がり、舐め腐っている綾乃の正面に立ちふさがってみせる。
「三上玲香っていうの。覚えといてね」
綾乃は、にんまりと笑った。
私はこんなやつ置いて、さっさと愛する女のもとへ、帰ることにした。




