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第90話 大学三年生 夏11 reika

  玲香 reika


 9月。


 私はバイトを頑張るべきかどうか、迷った末に、夕方のシフトにはできるだけ入らないようにした。

 結衣ちゃんもインターンシップがあって、昼間いないことが多くなるということだったから、その予定を共有してもらって、できるだけ同じ時間にバイトを入れるようにした。


 私はこの夏で、大学生活を終わりにするつもりでいた。


 金銭的に継続が難しかったから。


 死ぬ気で頑張れば、なんとか継続できるかもしれない。

 だけど、そうしたら、結衣ちゃんと過ごす時間がなくなってしまう。


 結衣ちゃんと過ごす時間は、いまの私にとって、いちばん大切な時間だった。


 結局、だめでしたってなるくらいなら、期限を決めてしまって、その中で結衣ちゃんと過ごす時間を増やすほうがいいかなと思ったのだ。


 働き詰めで、疲れてしまったのもある。


 結衣ちゃんは、そんな私に合わせてくれたのかどうかはわからないけれど、彼氏さんに会うために出かけることがなくなった。


 私のせいだったら、申し訳ないなと思ったけれど、今月で終わりと考えたら、そのくらい許されるよなと思って、甘えさせてもらうことにした。


 ◇


 9月末。


 結衣ちゃんとふたりでお昼ご飯をいただいて、のんびりおしゃべりしていると、私のスマホが鳴った。


「お父さんかな」


 私は和室に放り投げてある鞄から、充電が切れそうになっているスマホを開く。


 お母さんだった。


 どうせ、たいしたお金は持っていないから、私は気軽に電話を取った。


「お母さん? なに?」


 お母さんは、いつものように本題から入る。


「あんたの口座、教えて」

「え、なんで」


 ついに、私の口座を売ろうとしているのかと思った。


 お母さんは想定外のことを言ってくる。


「お金返すから」


 私は思わず、固まってしまった。

 黙っていると、お母さんはようやく説明をはじめた。


「お母さんに借金返してもらってさ。あんたに借りた分も、私が預かってるから、いまから振り込むよ。いま、銀行に来てるから」


 お母さん、そういうのってさ。

 事前に言ってから銀行、行くべきじゃないの。


「多めに預かったから、ちょっと色つけてあげるよ」


 お母さんはそんなことを言いだす。

 それってさ、ちょろまかしたって認識で、合ってるんだよね。


「いや、貸した分だけでいいよ」

「え、そう? あんたには感謝してるから、ありがたく受け取りなよ」

「あのね、お母さん。そういうとこだよ。もっと計画的にお金使いなよ」

「なに? うるさいわねえ」


 これ以上言うと、返済の話がなかったことになりそうなので、私は自分の口座情報を読み上げた。


「いったん、切るわ」


 そう言って、一方的に電話を切られた。


 結衣ちゃんが、眉をひそめながら、畳に上に座ってこっちを見ていた。


「なんかお金、返してくれるらしい」

「え、よかったね」


 結衣ちゃんは驚いた顔で、かぶせるようにそう言った。


 私はネットバンキングの画面をリロードしながら、入金を待つ。

 まだ信用できない気持ちがある。


 そのうち、ほんとうに数字が変わって、私は自分の目を疑った。

 すぐさま、電話がかかってくる。


「いま、振込処理して、銀行出てきたとこ」

「入金されたよ」

「あ、ほんと? 便利ねえ」


 お母さんは、ネットバンキングをやっていない。


 あんまり便利にすると、使いすぎるのだろうから、手数料もったいないと思うけど、実店舗に縛られていてほしい。


「そういえば、この間、あんたの友だちがうちに来たわよ」

「ああ」


 結衣ちゃんは、お母さんから聞いて、あの海岸に来たと言っていたっけ。

 お母さんって、そういうの憶えてるものなんだって思った。


「あんたも、たまには帰省しなさいよ。全然、こっちに帰ってこないじゃない」

「え、帰ってきてほしかったの?」

「当たり前でしょ。あんた、私の娘でしょうが」


 お母さんって。


 そこで、私は急に、実家での最後の夜、お母さんがハンバーグを作ってくれたことを思い出した。


「お母さん、そういうのさ」

「なに?」

「もっと、声にだして言ったほうがいいよ。わかんないから」


 お母さんって、なにか用がないと、娘に話しかけちゃいけないものだと思っているのではないだろうか。

 そういう、自分との約束を、頑なに守っているだけの人なんじゃないだろうか。


 私は、お父さんの話を思い出して、ふとそう思い至った。


「あっそ、じゃあね」


 お母さんはそう言って、電話を切った。


 たぶん、次もなにか用事がない限り、お母さんからは、なにも連絡してこないだろうなと思った。


 たまには、私から意味もなく電話でもしてやるか。

 嫌がらせのように。


 お金は二度と貸さないけどね。

 少なくとも、在学中は。


 そんなことを思って、私が笑っていると、結衣ちゃんと目が合った。


「結衣ちゃん、私、バイトあんまりやらなくてよくなったわ」

「え、うれしい」


 そう言って、結衣ちゃんも喜んでくれた。


 なんなら、いますぐバイト辞めたっていいな。

 よっぽどの無駄遣いをしない限り、卒業まで大丈夫だ。


 クォンちゃんもおもしろいお姉さんだし、いきなり辞めたら、オーナーさんが死んじゃいそうだから、負担のない範囲で、バイトも細々とは続けようかな。


 急に予定が白紙になったみたいで、私はしばらく、ぽかんとしてしまった。


 そんな私を、結衣ちゃんがうふうふしながら見つめてくる。


「いっぱい、いっしょにいられるね」


 結衣ちゃんにそんなことを言われると、私の胸はどきどきして、なんだか、いてもたってもいられない気持ちになってしまうのだった。

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