第83話 大学三年生 夏4 yui
結衣 yui
4泊5日。女5人、男4人のグループ旅行。
仲良しグループの女5人と、その彼氏たちという一団だった。
学部が違うけれど、みんな同じ大学の同級生だった。
そんなの盛り上がらないわけなかった。
夏だし、大所帯だから、目いっぱい騒いでも構わないところにしようと、東京を離れ、自然豊かな涼しい場所を求めて、私たちは旅に出た。
公共交通機関を使うより、男子に車を出してもらったほうが、移動中も大騒ぎできていいということで、車2台に分かれて旅をする。
道すがら、自分の彼氏はもとより、他人の彼氏とおしゃべりするのも、なんだか、友だちの知られざる一面を知ることができたりして、おもしろかった。
男にしか見せていない顔というのが、どうやら、みんなある。
旅を楽しみつつも、私は玲香のことが気になっていた。
あんなに感情を爆発させた彼女を見たのは、はじめてだったから。
一生懸命、働いて蓄えていたお金も、なくなってしまったみたいだった。
私は、彼女の精神状態が心配でたまらなかった。
情緒不安定になって、変な気を起こしたりしないかどうか、気がかりだった。
玲香は、出会った頃よりは、だいぶ、表情があるようになってきていた。
とはいえ、はっきりと感情を表に出さない人だから、ほんとうはどんな気持ちでいるのか、わからなかった。
私は、彼女にどうしてあげたらいいのかわからなくて、せめて、そばにいてあげたいと考えていた。
彼女のそばを離れているのは、不安でたまらなかった。
私はトイレ休憩などの、ふとしたタイミングで、玲香と連絡を取った。
他愛もない会話をするだけでも、声を聞くだけでほっとした。
昼間は観光やアクティビティを楽しんで、夜は温泉旅館に泊まる。
複数の部屋に分けると、かえってよからぬことが起こりかねないとか、誰かが言いはじめた結果、9人いっしょに泊まれる大部屋だ。
そんなの盛り上がらないはずないわけで、私たちはべろべろになるまで飲み明かした。
最後まで立っていたのは、私だった。
みんな、酔いつぶれたけど、まだこれからだと思っていた。
いっしょに飲む相手がいなくなってしまった私は、文句を言いながら、お水をがぶ飲みして、眠りについた。
◇
2日目。
みんなが二日酔いに苦しむ中、特に体調不良などなく、すっきり目が覚めた私は、
「よく眠れたなあ」
なんて言いながら、玲香に「おはよう」の挨拶をしようと電話をかけた。
それはもう、鬼電した。
玲香は電話に出なかった。
昨日、「おやすみ」の挨拶をしたときは、
「なんかもう、結衣ちゃんのおいしい手料理を食べ慣れちゃったからさ。あんまり外のご飯、食べる気がしなくって」
とかなんとか言って、不用意に、私をときめかせてきやがったくせに、おかしいじゃない。
急遽、バイトでも入ったんだろうと思って、私はLIMEで「おはよう」のメッセージを送っておいた。
温泉旅館をチェックアウトし、私たちは今日も新たなアクティビティへと向かう。
その車中。
後部座席に圭太くんとふたりで座っていると、声をかけられた。
「さっきから、なに見てるの?」
既読がつかないか、返信がきていないか、気になって、さすがにスマホを見すぎていたみたいだった。
「あ、なんでもない」
「なんでもないわけなくないか」
圭太くんに、スマホを握りしめた手を掴まれて、画面を覗き込まれた。
玲香に「おはよう」と送っている画面が表示されている。
圭太くんが目線をあげて、私の顔を覗き込む。
「別に浮気とかじゃなかったでしょ」
圭太くん側の感情がわからないので、私はごまかそうとした。
「ここでも、同居人が上なんだ」
圭太くんは、優先順位のいちばん上がなんであるかに、やたらとこだわる。
私にとってのいちばん上が、圭太くんであってほしいと、彼が考えていることもわかる。
私は、圭太くんをないがしろにするつもりがないことを、伝えようとする。
「彼女、最近、元気なくしてるからさ」
ふーんという顔で、圭太くんは黙ってしまった。
言いたいことを言うと、喧嘩になる空気を感じたのだと思う。
グループ旅行中だから、さすがに控えただけで、普段だったらなにか言われてた。
私が悪いのかな。
私が悪いのか。
「ごめん」
もう、圭太くんのいる前で、スマホ開けないなと思った。
彼氏なんだから、いっしょに玲香のこと、心配してくれるとか、どうしてあげたらいいか、いっしょに考えるとか、そういうのって、期待したら、だめなのかな。
「なにかあったの?」
って、私は聞いてほしかった。
◇
トイレ休憩とかで、ひとりになれるタイミングに、私は何度も既読にならないか、電話が繋がるかどうか、確認した。
いずれも、連絡はつかなかったし、未読のまま反応もなかった。
夕暮れどき、私たちは今日も、温泉旅館へとたどり着いた。
これから温泉に入って、あがったら宴がはじまると、みんなわくわくしていた。
二日酔いなんて、なかったことになっている。
温泉に入るため、男性陣と離れたタイミングで、私はもう一度確認した。
やっぱり、連絡はつかなかった。
胸騒ぎがして、仕方なかった。
どうしても、気持ちを落ち着けたくて、私は「ガリ勉くそ眼鏡」を頼ることにした。
SNS上での彼の投稿を見る限り、昼間は学校の図書館で勉強していたみたいだし、私たちの家の付近にはいるはずだと期待した。
『おとんくんさ。玲香のバイト先に、いまから行けたりする?』
共有してもらっているシフト表を見る限り、バイト先にいるはずだった。
有能眼鏡は即レスを寄越してきた。
『いいですけど、どうしろと?』
『玲香いるか、見てきてくんない?』
『3分くらいかかります』
『え、好き』
『僕の貞操を狙うのはやめてください』
『うるせえ』
『ふひ』
文字のやりとりでも、ふひ、なんだ。
みんなが温泉に入っている間に、返信を待つ。
3分と言わず、2分くらいで返ってきた。
ダッシュで行ってきたのかな。
あの中学生みたいな、半袖短パンのスポーツ刈りの眼鏡姿で。
『いませんでしたよ』
出勤してないってこと?
それはおかしい。
『うちのインターホン鳴らしてもらうことってできる?』
『三上さんの家ですか?』
『そう』
『何号室です?』
『305』
『10分くらいかかります』
『好き』
『好きの押し売りはやめてください』
『うるせえ』
『ふひ』
私はまた返信を待つ。
玲香に直接連絡もしてみるが、反応はない。
15分くらいかかってようやく返信がきた。
『反応ありませんでしたよ』
入れ違い、なんてことないよね。
いないのもおかしいんだけど。
体調崩して、寝てたりするのかな。
『おとんくんさ。一生のお願いしてもいい?』
『一生のお願いが、ほんとうに一生のお願いだったことなんてあります?』
『うるせえ』
『ふひ』
こんなお願いは、さすがに申し訳ないかなと思って、ここでやめようかと思った。
しかし、この眼鏡は私の想像を絶する、神眼鏡だった。
『なんでもいたしますよ』
不覚にも、ちょっときゅんとした。
彼なりに、玲香の安否が心配になってきているのかな。
『私、これから温泉入るんだけどさ。私があがるまででいいから、定期的にインターホン押しながら、玲香が帰ってこないか見ててくれない?』
『所要時間、どのくらいです?』
『できるだけ急ぐ。30分くらいほしい』
『そんなもんでいいんですね』
『ほんとにありがとね』
『興奮しますね』
『おまえ、そういうとこだぞ』
『女子大生の温泉』
『ふひ』
なんか、途中入れ違いになったけど、ありがたく、私は温泉に向かった。




