第79話 大学三年生 春 yui
結衣 yui
2月。
玲香は進級できるか、瀬戸際に立たされていたらしく、試験期間中は、バイトも休んで連日、あの眼鏡の男の子を呼んで、勉強に励んでいた。
眼鏡も人がいいのか、玲香のことを煽り散らかしながらも、彼女の勉強に、根気強く付き合ってくれていた。
私が醸しだす、玲香に手だしたら、お前わかってるよなオーラを感じてか、眼鏡はいつも私にびびってた。
試験が終わった日、さすがにいっぱい付き合わせて申し訳ないからと、私たちは三人で食卓を囲んだ。
「酒池肉林ですねえ」
とか、眼鏡が言い出したので、
「おまえ、そういうとこだかんな」
と、玲香が即座に注意していた。
「ふひひ」
と、眼鏡はひと鳴きして、帰っていった。
なんか、ご褒美もらったみたいな顔してた。
変態だなこいつ、と思った。
◇
春休みの玲香は、バイトで大忙しだった。
変則的なシフトで、日中は家にいたり、いなかったりした。
私は彼女にシフト表を共有してもらって、家で過ごす時間を合わせるようにした。
彼女がいない時間帯には、積極的に圭太くんと過ごす予定を入れた。
そうして、あっという間に春休みも終わり、私たちは無事、三年生になった。
◇
6月。
授業の空き時間。
キャンパス内のいつもの場所で、私は仲良しグループの面々と、テーブルを囲んでいた。
「グループ旅行かあ」
「彼氏も連れてきてさあ」
「いいね」
「去年も行きたかったんだよねえ」
私はギャルたちと、夏休みにグループ旅行をしようと盛り上がっていた。
去年は、私と綾乃に彼氏がいなかったから、誘いにくかったらしい。
「綾乃もはやく彼氏作りな。まだ間に合うから」
「抱ーけ! 抱ーけ!」
「むしろ、はよ抱かれろ」
野次が飛びはじめた。
「みんなと旅行はしたいから、独り身でさみしいけど、思い出作りに参加したい」
綾乃も乗り気だった。
ギャルたちが、綾乃をもみくちゃにしている。
「いつ行く?」
「9月はインターンシップある」
「じゃあ、8月かあ」
なんとなく、予定が決まってゆく。
ギャルたちの勢いは誰にも止められないんだ。
今年は妹が大学受験の年だから、家族旅行もない。
妹は高3になったら、人が変わったように、まじめに勉強していて、なにやら玲香に理系科目をLIMEで教わったりしているときもあるらしい。
「ド派手にやろうよ」
「そんなの当たり前でしょ」
「地味にやる意味?」
「来年は予定合うか、わからないからねえ」
行き先を考えたり、やりたいことを言い合ったり、わいわいやっていると、ひとりのギャルが、立ちあがって両手を横に広げ、注目せよの合図を送った。
みんな、黙って彼女に注目する。
「みんな、絶対、別れるなよ。誰か破局したら中止になっちゃうから。なにがあっても、あと2か月は耐えろ」
時間が止まった。
一瞬の静寂の後、ときが動き出す。
『確かに』
みんなの声が重なった。
そこから、みんなの彼氏との交際状況について意見が交わされた。
やれ喧嘩している最中とか、やれいまが絶頂期だとか、なんなら、婚姻届も用紙だけは持ってるとか、いろいろだった。
「結衣のとこは、まだ一年経ってないけど、どんなん?」
「やりまくり?」
「ゲスいわあ」
私は苦笑いしながら、なにを発言すべきか考えてみる。
せっかくだから、みんなの意見を聞いてみたいところだった。
「喧嘩もたまにはあるよ」
みんなが興味深そうな顔をしている。
「結衣って、喧嘩するイメージないわ」
「温厚にもほどがあるもんねえ」
「彼氏の前では、鬼になるってこと?」
ギャルたちは、好き勝手なことを言ってくる。
喧嘩の理由なんて、だいたい、玲香にまつわることだ。
どうしても、玲香が絡むと感情的になってしまう。
「みんなはさ。彼氏と喧嘩したとき、どうやって仲直りしてる?」
ギャルたちが顔を見合わせる。
やがて、ひとりが口を開く。
「仲直りックスっしょ」
今日いちばんの笑い声がキャンパス内に響き渡った。
身も蓋もない結論に、私も笑うしかなかった。
「え、やるでしょ? 結衣も」
あんまり、そういうの言いたくないんだよね。
私は苦笑いするしかなかった。
まだ、そこまで、あけすけにはなれない。
どうしても、恥を感じてしまう。
そういうのは、暗黙の了解としていただきたい。
「嫌がってるよ、結衣が。やめな」
綾乃が止めてくれた。
やっぱり、綾乃はこのグループのお姉さんだ。
「ごめーんね、結衣ちゃん」
「セクハラしてごめーんね」
ギャルたちが私のところに集まってきて、わちゃわちゃしてくる。
「恥ずかしいだけで、嫌がってはないから」
「あ、まんざらでもない感じ?」
「おい」
私が釘を刺すと、ギャルたちはまた、げらげらと笑いだした。
みんな明るくて、下衆な話が大好きな人たちだけど、案外、同じ人とずっと付き合っていたりして、まじめなとこあるし、気の合う仲間たちに出会えてよかったなと、改めて、私はそう思った。
◇
「ほぼえっち漫画じゃん」
玲香の部屋で、いつものように寝る前のおしゃべりをしていると、グループ旅行について、玲香は真っ先にそう口にした。
私は畳の上で、日課の筋トレをしながら、笑ってしまった。
「楽しい旅行になるといいね」
腹筋を中断して、玲香の顔を見ると、玲香がこっちを見ていて、にこっと笑った。
「だから、8月中に、何日か家あける予定」
「結衣ちゃんの部屋も掃除しておいてあげる」
玲香が布団の上で、足をばたばたさせながら言う。
「ありがと」
私が言うと、玲香の足がおとなしくなった。
立ちあがって、筋トレの後のストレッチをしていると、玲香が訊ねてきた。
「結衣ちゃんの彼氏ってさ。どんな人?」
「ん」
そういえば、玲香とはまったく彼氏の話をした覚えがないな。
聞いてほしいとも思わないし、聞きたいとも思わないかなと考えていた。
あんまり知られたくない気持ちも、ちょっぴりあった。
「素朴な雰囲気イケメンって感じ」
どんな種類のイケメンかを知りたいのかなと思って、言葉を選んでみた。
「結衣ちゃんのタイプって、そういう感じなんだ」
どっちかと言わなくても、佐倉先輩みたいな少女漫画の王子様のような、バチバチに光り輝く、圧倒的イケメンのが好みなんだけど、どっちも玲香は会ったことがないから伝わらないか。
「タイプってわけではないかな」
「え、そうなの。そういうものなんだ。好きになったことも、付き合ったこともないからなあ。結衣ちゃんより、ふたつもお姉さんのくせして」
玲香は布団の上で、ごろごろ動き回りながら、言う。
Tシャツの裾がまくれて、白いお腹と、かわいいおへそが、ちらちら見えてる。
乳首こそ、見えてたの教えてあげてから、見えないように気を遣っているのがわかるけど、相変わらず、無防備な女だ。
絶対、あの眼鏡の前とかで、それやるなよ。
注意すべきか迷いつつも、まじめな話をしているので、私は見逃してやる。
「この人とは、将来がイメージしやすいなって考えただけ。いっしょにインターンシップ頑張って、その熱に浮かされてたのも、だいぶ、あるけどね。ときめきとかでは、ないんだよ」
「理性とか、理詰めってこと?」
そうなのかな。どうなんだろう。
理系女子らしい表現に、ぱっと返答できなかった。
「ときめきがなくても、はじまるものなんだねえ。結衣ちゃんのほうが、よっぽどお姉さんみたいだ」
玲香が布団から身体を起こして、私を見る。
私も、ストレッチをやめて、畳に腰を下ろす。
「私、えっち漫画で得た知識しかないから」
そう言うと、玲香は、けらけら笑いながら、また寝転がった。
それが言いたかっただけかよと、私も笑った。
「無理して付き合うようなものじゃないよ」
自分は彼氏を作っておいて、おかしな話だけど、なんか玲香に彼氏できるとか、嫌だった。
玲香は笑ってた。
罪悪感を覚えて、私は話題を変えることにした。
「そういえば、最近やらないね、あれ」
「え、なに?」
「えっち漫画に出てくるイケメンの物真似。あんなに、こすり散らかしてたのに」
玲香は、うはって言って笑った。
「結衣ちゃん、流行にはね、必ず、終わりがあるんだよ」
「えー。あれ、好きだったんだけどなあ」
玲香は、ふふふって言いながら、布団をかぶりはじめた。
「たまにはやってよ」
玲香が布団の中から、こっちを見る。
布団をめくって、なにかを言おうとして、やめて、頭から布団をかぶった。
「なんか、生々しいからやめとく」
「どういう意味よ」
私は思わず、のけぞって笑った。
「おとなになったってことかな」
「ますます、どういう意味よ」
ふたりで笑っていると、玲香はそのまま、寝る体勢に入ってしまった。
私は電気を消して、「おやすみ」の挨拶をした。




