第78話 大学二年生 冬3~春 yui
結衣 yui
大晦日。
私はまた、圭太くんの家で過ごした。
記念になる日には、なるべくいっしょに過ごしたいという彼の提案だった。
私はそれを受け入れた。
玲香はいつもどおり、バイトに行くから、彼女にとっては普段と変わらない一日だし、記念になる日なんて、たかがしれているから、365日のうちの数日だけ、という考えだった。
日付が変わったら、ふたりで初詣にでも行こうかな、なんて考えていたけど、圭太くんはベッドの中から出たくないみたいで、結局、初詣には行けなかった。
翌日も圭太くんの家に泊まり、連日いっしょに過ごしたら、それなりに仲が深まった実感もあって、このやり方は正解なのかなと、私は思った。
元旦の日は、一日中、圭太くんの家で過ごしていた。
コンビニに買い出しに行くくらいで、ほぼ、寝正月だった。
明けて2日。
ようやく家に帰った私は、冬休みが終わるまで、夜は玲香といっしょに家で過ごし、昼間は実家に帰ったりして過ごしていた。
結局、初詣は妹を捕まえて、ふたりで行った。
玲香は忙しそうだったから。
彼女は昼も夜も働いていた。
それにもかかわらず、疲れた様子も見せず、いつものようにふざけていた。
昼間は学校で、夜にバイトのほうが、昼夜バイトよりもよっぽど疲れると言っていた。
普段よりも、むしろ元気そうなのは、そういうことかと気づかされた。
ということは、学校がある時期は、しんどかったりすることもあるのかなと、思い至った。
空き時間に、図書館とかで寝ていることもあるって「ガリ勉くそ眼鏡」が言ってたし、家にそういう空気を持ち込まないようにしているんだなと、私にはわかった。
圭太くんも、冬休みの間は実家に帰省していたので、気兼ねせずに玲香と過ごすことができた。
彼氏の顔色をうかがいながら、同居している女との時間を作るというのは、慣れないのもあるけれど、窮屈だなと感じていた。
彼氏ができるまでは、そんなこと考える必要もなかったのに。
圭太くんには、わざわざ言わないけれど、煩わしい気持ちも、正直に言えばあった。
だから、圭太くんの提案には、大いに困らされた。
◇
「なあ、結衣。来年から俺といっしょに住まない?」
2月。
春休みを前にした、昼下がりのキャンパス内。
青空の下、外のテーブルに向かい合って座り、ふたりきりで、食後のおしゃべりをしていると、圭太くんがそう言いだした。
それとなく、いっしょに住みたいとか、同棲したいとか、匂わせられてはいた。
当然、それは大学を卒業してからの話だと思って、私は、はぐらかしていた。
あんまり具体化させたくなかった。
まだ、そんなこと、具体的に考えたくなかったから。
それが、とうとう直接的な表現で、ぶつけられてしまった。
「いま住んでる物件の、更新の案内が来てさ」
実を言うと、それは私にも届いていた。
同居人の名前も書く必要があるし、玲香の大学が春休みになってからでもいいかなと思っていた。
彼女の大学のほうが、春休みに入るのが遅いから、まだ、もう少し先の話のつもりだった。
さっさと済ませて、アリバイを作ってしまえばよかったなと、私はとっさにそう思った。
この春で、玲香との同居を解消するつもりなんて、私にはまったくない。
正直にそう言ってしまうと角が立つから、なんて言ったものかと、私は頭を悩ませた。
「圭太くんのとこって、ひとり暮らし用でしょ?」
「別にわかんなくね? ふたりで住んでもバレないでしょ」
「わかっちゃったら、どうするの? 私に実家へ帰れって言うわけ?」
だいたい、荷物入り切らないと思うんだけど。
どうやって暮らせって言うのよ。
まさか、毎日やりたいだけじゃないでしょうね。
前はいろんなデートしてくれたけど、初体験を済ませてから、そればっかりなんだから。
いくら、若くて性欲あり余ってるって言ったって。
「更新しないで新しいとこ、ふたりで探すのもあり」
「そんな簡単に言うけどさ。初期費用とか、引っ越し代とか、どうするの」
「インターンシップの給料あるし。春休みバイトしてもいいし。ふたりで協力してさ」
不可能でもなさそうなところが、小賢しいな。
「え、なに、嫌なの?」
顔に出てたのかな。
私は笑顔を作って応じる。
「私は、圭太くんのこと、ちゃんと好きだと思ってるよ」
「もっと、結衣といっしょにいたいんだよ」
そう言われてしまうと、無下にもできないと思ってしまうのだった。
私は、圭太くんの目をじっと見つめて念じてみる。
圭太くんとは、末永くお付き合いしていこうと思っているけれど、それとこれとは別問題だっていうのが、どうか伝われ。
「なんでそんなに、三上玲香とかいう女に固執するの?」
険のある言い方をするなあ。
玲香のことになると、急に。
私が綾乃のことを言うのとは、まったく意味が違うと思うんだけど。
「女の子といっしょに住んでちゃだめなの?」
「だめってわけじゃないけどさ」
私は落ち着かなくなってきて、自分の髪をもてあそぶ。
「前から思ってたんだけどさ、友だちにしては、距離感おかしくね?」
「え、だって、友だちじゃないから」
思わず口をついて出てきた言葉に、圭太くんは黙った。
逆にややこしくなるかなと、言ってから私は気づいた。
ごまかそうと思って、現実的な話にすり替えてみせる。
「同居をやめたら、彼女に迷惑をかけることになる。もともと、彼女の節約のためにはじまった同居だから」
「なんで、結衣がその女の生活の面倒を」
「その女って言うのやめて」
玲香を馬鹿にされている気がして、つい強い口調になってしまったことを反省した。
「それは悪かったけど、なんで結衣が養うみたいになるのって言いたいだけ」
棘があるなと思ったけど、冷静に話す必要があると、私は自分を落ち着かせて応じる。
「お金はしっかり折半しているし、養ってなんかないよ。むしろ、玲香のほうが、私より、はるかに自立しているし。たぶん、玲香は、私なんていなくても、普通にひとりで生きていける人だし」
なんで、こんなこと言わされなきゃいけないんだ。
「え、じゃあ、共依存みたいなこと?」
「どこに依存性があるの。しっかり、お互いに自立しているでしょ」
圭太くんは頭をわしゃわしゃしている。
言葉が出てこないときの、彼の癖だった。
私も自分の髪をもてあそびながら、ざわついた心を落ち着けようとする。
「玲香さんって人にさ。俺、会ってみたいんだけど」
「玲香は忙しいから。そんな暇ない」
「いつも晩御飯いっしょに食べてるなら、俺も混ぜてよ」
「嫌だ!」
ふたりの時間を誰にも邪魔されたくなくて、私は強く拒絶してしまった。
圭太くんのことが嫌いなわけでも、好きじゃないわけでもないのに。
申し訳ないから、手でも握ろうと思ったら、逃げられてしまった。
「ごめん。玲香との時間は、私にとって大事だから、つい。おっきな声だしてごめん」
圭太くんは、大きく息を吸い込むと、あきらめが入った顔をして言う。
「どういう関係なの? 全然、わかんねえ」
圭太くんは、眉間にしわを寄せて、苛立ちを抑えているのか、貧乏ゆすりをはじめた。
玲香との関係を小馬鹿にされているように感じて、イライラしてくる。
「どういう関係だっていいでしょ。私たちの関係に、名前つける必要なんてないし」
私は、疑われているというのは、わかっている。
なんで、疑う必要があるのかは、まったくわからないけれど。
友だちでもない同居人の女と、自分という男、どっちを選ぶのかと問われて、同居人の女を選んでいるのが私だ。
その上、その人に会わせないとも言っている。
たぶん、圭太くんは、自分をないがしろにされていると思っている。
そう感じさせてしまったなら、申し訳ないとは思うよ。
でもさ。
あなたとの時間と違って、あの子との時間は有限なんだよ。
それこそ、いずれ結婚とかしたら、パパとママみたいに圭太くんとは、何十年といっしょに暮らしていくことになる。
死ぬまで、いっしょに暮らしていくことになる。
あの子との暮らしは、お互いに、いましかできないことなんだよ。
私は、それをわかってほしかった。
「玲香は女の子だし、私たちは女同士だから、ずっといっしょにいられるわけじゃないんだよ」
声に出したら、勝手に涙が出た。
涙を見せるのは、なぜか口惜しくて、私は必死に上着の袖で、涙を拭った。
圭太くんは、私がはじめて目の前で泣いたから、戸惑っていた。
黙らされたって感じだった。
彼の青ざめた顔を見て、涙は女の武器とは、よく言ったものだと、急に冷静にそう思った。
「玲香とは、圭太くんと付き合うより、ずっと前からいっしょに暮らしているの。せめて、卒業までは続けさせて」
圭太くんは、なにも言えなくなっていた。
「どうせ、そこで終わりになるんだから」
そう言って、私はその場を立ち去った。
いっしょにいても、気持ちを立て直せる自信がなかった。
◇
午後の授業の終わり頃、LIMEで圭太くんからメッセージが届いていた。
『さっきは無理なこと言ってごめん。俺はただ、結衣といっしょにいたかっただけだからさ』
私はほっとして、メッセージを返す。
『私も圭太くんのこと好きだから、それだけはわかってほしい』
すぐに既読になって、いつものスタンプが送られてきた。
玲香のことで、言い合いになったり、喧嘩になったりするのは、私にとって、いちばんつらいことだった。
◇
家に帰ると、私はすぐに賃貸契約の更新書類にサインをした。
夜中、玲香がバイト先から帰ってくると、私は晩御飯の仕度をしながら、
「玲香。座卓の上に書類あるから、同居人の欄に名前書いておいて」
と、簡単に伝えた。
「はい」
と、いつもの返事が返ってきた。
「え、更新料なんてあるの。あこぎすぎない?」
書類を読んで驚いている玲香に、私は笑って応じる。
「最初にそう聞いてたでしょ」
私が言うと、
「週休、減るんだけどお。あ、もうなかった」
玲香はそう自虐しながら、げらげら笑ってた。
私も、笑うしかなかった。
私が笑ったことに、玲香は満足そうだった。
晩御飯を食べ終わり、玲香が洗い物をしている間に見てみると、いつの間に書いたのか、「三上玲香」と、独特のきたない字でサインが書かれていた。
それを見て、私はふっと笑った。
2年前、はじめて賃貸契約を申し込んだ日が、ひどく懐かしかった。




