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第77話 大学二年生 冬2 yui

  結衣 yui


 クリスマスの夜。


 彼氏の家の狭いベッドの上で。

 お互い下着姿のまま、彼とふたり、布団をかぶって、並んで横になっていた。


 午前0時をまわっている。


 玲香、もう帰って寝ている頃かなあ。


 圭太くんとのはじめての夜を終え、ほっとした私は、ふとそんなことを考えていた。


 付き合いはじめてから、3か月ほどになる。

 クリスマスに彼氏の家にお泊まりするという時点で、そういうことになるんだろうなというのは認識していた。


 だから、待ち合わせ場所に向かう前、ドラッグストアに立ち寄って、生まれてはじめて、コンドームというものを買った。

 なんか、いろいろあって、どれ買ったらいいんだか、わからなかった。

 ひとつひとつ、まじまじと眺めているところを、ほかのお客さんに見られるのは、なんか恥ずかしかった。

 わからないし、誰にも聞けないから、しっかりしてそうなやつを自分で選んだ。

 自分の身を守るものになるから、しっかりしてないと不安だった。

 女性の店員さんのレジが空くのを待って、こっそり持っていって購入した。


「これで大人になれた。やっと、童貞って馬鹿にされなくなる」


 圭太くんが、ふいにそんなことを言う。


「よかったね」


 喜んでくれているみたいだから、もやもやしつつも、そう応じる。


 私には、処女って馬鹿にされなくなるって気持ちがまったくないから、共感できないけれど、男性社会特有の、なにか劣等感みたいなものがあったのかな。

 それなら、いま言うんじゃなくて、事前に言ってくれたら、可愛げのある話で済んだと思うんだけど。


「結衣、なかなかやらせてくれないから、嫌われてるのかと思った」

「え、そんなことないよ」


 私は圭太くんのほうを振り向いて、とっさに否定した。


「ていうか、やらせてあげないとか、そんなつもりなかったけど」


 私が言うと、圭太くんが眉間にしわを寄せながら言う。


「だって、夜遊ぶの嫌がってたじゃん」


 幾度となく、夜遊ぼうと誘われたことを思い出してくる。

 その都度、晩御飯作らないといけないからって、帰っていた自分を思い出す。


 あれって、そういう意味だったんだ。

 私が鈍かったのかな。


 別に時間とお互いの気持ちさえ合えば、昼間でもよくないか。


 友だちのギャルなんて、たまに授業の空き時間に、彼氏とやってきたとか言ってるけどなあ。


「まあ、終わったことだからいいけどさ」


 圭太くんが、表情を和らげて言う。

 なんだか、もやもやしてくる。


 そんな私に、圭太くんは、にこにこしながら、うれしそうに訊ねてくる。


「どうだった? はじめての感想」


 いきなり襲われたりせずに、しっかり段階を踏んで、なんとなく、そういう合意の上で、この日を迎えたのはよかった。

 だけどさ。

 きちんと避妊してくれるのかな、とか。

 いざってときに、男の子には力じゃ勝てないし、乱暴なことされたりしたら嫌だな、とか。

 いろいろ、不安とか心配は尽きなかった。


 あなたは「やっとやらせてもらえた。これで童貞卒業できたぜ」みたいに、能天気に喜んでいるけどさ。

 私は実績とかトロフィーとか、そういうのじゃなくて、ひとりの人間なんだよね。

 身体の負担だってあるし、人生があるんだよ。


 圭太くんが出してきたコンドームに「超極薄」みたいに書いてあって、「え、これでほんとに大丈夫?」って思って、なんとか空気を壊さないように、それとなく自分が持ってきたものを使いたいって流れに持っていったのとかさ。

 穴、空けられてたらどうしようとかまでは、疑ってはいないけれども、それだって頭の片隅にはあって、心配になるわけだよね。

 上手に空気を壊さないように振る舞ったとは言ってもさ。

 そういうの見て、なにも思わなかったのかな。


 圭太くんの発言は、無神経すぎるよ。


 レイくんなら、三上玲香なら、絶対にそんなことしない。

 いつも、私の気持ちに寄り添ってくれる。


 あとからあとから、もやもやした気持ちがわいてきて、私はそんなことまで、考えてしまう。


「ん。よかったよ」


 私は取り急ぎ、そう応じてみせる。

 なんとか、もやもやを振り払おうとする。


「なんだよ、それ。もっとなんか、雰囲気のある感想っていうか。そういうのないわけ?」


 汚い言葉が出そうになって、私は黙り込む。

 私が息を吸い込むと、圭太くんはそのまま続ける。


「正直に言ってくれていいんだよ。俺たち付き合ってるんだからさ」

「じゃあ、圭太くんはどうだったの?」

「え、そりゃ、気持ちよかったってなるけど」


 私は呆れて、ふっと笑った。


 圭太くんって、こう言っちゃなんだけど、人の気持ちがわかっていないだけで、悪気はまったくない無邪気な人なんだな。


 要するに、悪意のない正直者だ。

 普段なら、どちらかといえば、それはいいところとして映っている、とは思う。


 でも、いまそれは違うんだよね。


 たとえば、私が圭太くんと同じ、悪意のない正直者だったとして、求められた感想を述べるなら、


「なんだこんなもんかと思った」


 っていう感想になるわけで。


 そんなこと言ったら、圭太くんは傷つくだろうから、私は言わない。

 だからと言って、私がいま、傷ついたことが、なかったことにもならないんだよね。


 これって、伝わってないのかな。


 私が黙ったまま、圭太くんの目をじっと見つめていると、圭太くんは私の髪をなでてきた。

 そのまま、キスをしようと顔を近づけてくるから、私は思わず、圭太くんの胸に顔を埋めて逃げてしまう。

 頭をなでられながら、もやもやを消化しようと努力する。


 悪気がないのはわかっているだけに、なにも言いようがない。

 愛されているのも感じはする。

 言葉どおり、圭太くんは、私をいちばんに優先してくれているらしいのも、わかる。


 私は大きく息を吸いこんで、ふうっと吐いてみせる。


 こういったすれ違いや違和感だって、時間をかけて、じっくり関係を深めていけば、お互いが歩み寄って、やがては解消していくものだと、そう思った。


 まだ、付き合いはじめて、3か月に過ぎないから。


 もやもやが募るばかりなのも、健全じゃないし、はじめての夜が悪い思い出で終わってしまうから、私は圭太くんの腕の中から抜け出して、話題を変えることにした。


「圭太くんの家族ってさ。どんなだった?」

「ん?」


 家族の話題になると、圭太くんがうれしそうな顔をした。

 なんとなく、仲の良い家族なのかなっていうのは、漏れ伝わってきている。

 言葉にするなら、どんな感じなのかなって思った。


「普通だよ。結衣ん家は?」

「普通かなあ」


 普通ってなにって思いながら、私も思わず、そう応じてしまった。

 普通じゃわからないなって、圭太くんも、そこで気づいたみたいだった。


「父はサラリーマン。母は専業主婦。父は昔ながらの男らしい気質で情に厚い。男たるもの、女を食わせてなんぼと思っているし、俺も同意してる。自分もそうしたい」


 プロフィールを読みあげるみたいな調子に、私はふふっと笑いながら、


「お父さんを尊敬しているんだね」


 と、感想を漏らす。


 圭太くんは、イエスともノーとも言わずに、照れくさそうに、はにかんだ。


「親から愛された記憶ある?」


 私が訊ねると、圭太くんは、なんだこいつという顔をした。


「え、なに? 臨床心理学科だからって、なんかそういう心理学のレポートでも出てんの?」


 まじめに訊ねたのに、はぐらかされて不満顔をしていると、圭太くんもまじめな顔になって答えてくれた。


「わからんけど、愛されてはいたんじゃね? 人生でいちばん長く、いっしょに過ごした人ではあるし。母ちゃん専業主婦なのもあって、子どもの頃なんかは、いつもいっしょにいたわけだから」


 当たり前の回答というか、普通だなと思って、私も聞いておいて、反応に困ってしまった。

 その様子を見て、圭太くんが続ける。


「ひとりっ子だしな。親ってそういうもんでしょ。だから普通だよ」

「溺愛されてた? ひとりっ子だから」


 うちは姉妹だから、妹がかわいがられているのを見て、嫉妬した記憶もあるし、ときどき、ママからそれを指摘されたりもする。


「特別、溺愛された記憶はないかな。どっちも厳しい人ではあったし。溺愛っていうのはさ、綾乃みたいな家のことだよ。あいつに聞いてみたらいい」

「は? なんでそこで綾乃?」


 私は下着姿のまま、布団からがばっと抜け出して、圭太くんを見下ろした。

 ベッドの上で、ほかの女の名前を出すとか、許されざることでしょ。


 圭太くん、あなた、無神経にもほどがある。


「あ、いや、幼馴染だからさ」

「そういう問題じゃないんだよ」


 私は怒って、ベッドを飛び出すと、もう今日はこいつとはそういうことはしないと固く誓って、服を着ることにした。


 ◇


 夜が明け、朝が来て、私は帰り支度をしていた。


「もう帰るの? 学校もないんだし、まだいたら?」

「家でやることあるし。またいつでも、圭太くんとは遊べるからさ」


 別れ際、さみしそうな顔をしている圭太くんに、申し訳ない気持ちにもなりながら、私は家路を急いだ。


 私は玲香に、「おはよう」の挨拶をしたかった。


 早朝、動き出したばかりの電車に乗り、家に着くと、玲香はまだ寝てた。


「ふふ。かわいい寝顔」


 私も二度寝することにした。


 私と玲香がこの家で過ごす時間は永遠ではない。

 いつかは、お別れしなくてはならない。


 終わりが決まっていない、終わる予定のない、圭太くんとの関係とは、根本的に違うのだ。


 三上玲香は、女の子だから。

 私も女だから。


 私たちは女同士だから、いつかこの関係は、終わりになってしまうんだ。


 玲香の寝顔を見つめながら、そんなことをひとり考える。


「ん」


 物音がしたせいか、玲香が起きてしまったみたいだ。


「あ、結衣ちゃん」


 半開きの目で、玲香が言う。

 私はその顔を、かわいいなと思って微笑み返す。


「おはよう、玲香」

「ん。おかえり、結衣ちゃん。おはよう」


 どうして、こんなにも、心が満たされるのだろう。

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