第76話 大学二年生 冬1 reika
玲香 reika
クリスマス。
結衣ちゃんは、彼氏の家にお泊まりするから、今日は帰らないと言って出ていった。
「晩御飯、どうしようかなあ」
この家に来てからというもの、結衣ちゃんがほとんど毎日作ってくれているから、旅行やらでいなくなる日は、どうしたものかと、いつも悩む。
食費はもちろん、折半している。
たまの外食の値段を思うと、結衣ちゃんって、家計のやりくり上手だなと、感心したりする。
実家にいた頃みたいに、毎日外で買っていたら、私はとっくに破産していたに違いない。
栄養も偏りがひどかっただろうし、結衣ちゃんのおかげで、こうして健康でいられる実感がある。
食べ物って大事だなって、この年になってようやくわかったほどだ。
「ミカミ、ヨルメシ、どう?」
バイト終わり。
結衣ちゃんがいないから、晩御飯どうしようかなって雑談していたら、クォンちゃんが誘ってくれた。
外食は高いけど、せっかく誘ってもらったから、
「いいねえ」
と言って、また道路を挟んで向かいの中華レストランに足を運んだ。
クォンちゃん、このお店、好きなんだなと思った。
◇
「ビール?」
席に着くなり、クォンちゃんが問いかけてくる。
「水」
私が言うと、クォンちゃんがファックってつぶやいた気がした。
こういうお店の飲み物は高いからね。
私はできるだけ、お金を節約しないといけないんだ。
ビールと水で乾杯する。
お料理の注文はクォンちゃんにおまかせする。
にこにこしながら、あれこれ注文している。
私はその姿を見ているだけで、お腹いっぱいになってくる。
「お姉さん、彼氏の家だよね」
「だから、誘ってくれたんだねえ」
むふふと、クォンちゃんが笑った。
「お姉さんね。今夜、ヤルよ」
下品にもほどがあるハンドサインを見せながら、笑ってる。
既視感のある光景に、私も笑ってしまった。
私が笑ったのを見て、もう一度ハンドサインを見せてくる。
「それはいいから」
「ミカミのカノジョ。今夜、ヤルよ」
言われてみれば、そうなるのか。
彼氏の家に、お泊まりなんだもんな。
聖なる夜。
恋人同士。
うら若き男女。
お泊まり。
なにも起きないはずはなく。
乱暴なこと、されてなければいいな。
「お姉さんね。来年、結婚する」
ビールをがぶがぶ飲みながら、クォンちゃんが言う。
空いたジョッキを指さして、店員さんに指図している。
「お姉さん、出ていくよ」
さみしそうな顔で、クォンちゃんが言う。
お姉さんとの暮らしが、終わっちゃうんだなあと、私は理解する。
「ミカミ、私と、どう?」
「いっしょに住むってこと?」
クォンちゃんが、店員さんからビールを受け取りながら、頷いてみせる。
「ミカミ、カノジョに振られたでしょ」
私は思わず、ふっと笑った。
クォンちゃんの中では、振られた扱いなんだ。
「振られたっていうか、彼氏ができたんよ」
クォンちゃんがビール片手に、にんまりしながら言う。
「女は彼氏できたら、彼氏のとこに行くものよ」
ビールを口にしてから、続ける。
「お姉さんの前、いっしょに住んだ子もそう」
実感のこもった様子で、クォンちゃんは言う。
いままで、何人の女性と暮らしてきたのかな。
そして、何人の女性とお別れしてきたのかな。
「あ、私、これ好きだよね」
クォンちゃんが、北京ダックを見て、声をあげた。
店員さんが、注文した料理を運んできた。
テーブルに料理が並んでいく。
クォンちゃんが、追加で紹興酒を注文してる。
北京ダックは二匹いた。
「ミカミ、食べたいでしょ?」
「え、あ、うん」
前回、いっしょにご飯食べたとき、私が食べたそうにしているように見えたのかな。
クォンちゃんは、北京ダックを鑑賞しながら、ほかのお料理をいただく。
私も真似をして、北京ダックはとっておく。
「私、ミカミのこと好きよ」
急な告白に、私は戸惑う。
「あなた仕事できる。いままで、いちばん仕事できる」
いままで、あのお店に来た人で、いちばん長続きしてるって、言いたいのかな。
確かに、あのお店じゃ、クォンちゃんが最古参で、私はその次だ。
ツートップって、わけだ。
「仕事、好きなの?」
クォンちゃんが、訊ねてくる。
「好きじゃないよ。タイヘン」
なんたって、深夜以外のいろんなシフトに入っているからね。
「ほかの仕事しないの?」
「慣れてはいるし、あのお店、シフトたくさん、空いてるから」
実のところ、私はコンビニの仕事以外、やったことがない。
続けられるかどうかもわからない仕事に、挑戦していられるほど、余裕がない。
バイトなんて、どこも時給制なんだから、長い時間働いたもん勝ちだし。
コンビニは24時間365日、休みがないから都合がいいんだ。
クォンちゃんが、悪そうな顔で笑っている。
なんか、下ネタでも言いそうな気配だなと、私はにやつく。
「稼げる仕事あるよ。こういうのとか」
きったねえハンドサインを、私に見せてくる。
「そういうのはしない」
「そう?」
どうもこうも思わないんだけど、私には、向いていないと思っている。
「人と肌を触れあわせたりするの、抵抗があって」
「ん?」
意味が伝わらなかったみたいだ。
なんて言えば、伝わるかな。
私は首をひねって考える。
「カノジョだけ。ほかの人とはノー」
結衣ちゃんが、私にとって、特別なだけなんだ。
「おほー」
伝わったと解釈していいのかな、その反応。
「振られて、かわいそうね」
「うるさいよ」
クォンちゃんが、がははって下品に笑う。
紹興酒をくいっとやってから、まじめな顔で言う。
「私もお姉さん、好きだからわかるよ」
「経営者のヨメになるんじゃなかったの?」
「だから、経営者のヨメになるでしょ?」
「ああ、順番の問題なんだ」
お姉さんと結ばれないから、経営者のヨメなんだ。
謎に納得させられてしまう。
「そうよ」
クォンちゃんは、にこっと笑うと、北京ダックを棍棒のように持ちあげて、こっちを見てくる。
「ミカミも、好きになれそうよ」
私も、クォンちゃんの真似をして、北京ダックを棍棒のように持ちあげる。
きつね色にこんがり焼かれた、2羽のアヒルが、向かい合ってる。
「誘ってるってこと?」
「そうよ」
クォンちゃんが、北京ダックの尻に噛みつく。
私もいっしょに、北京ダックの尻にかぶりつく。
ジューシーな肉の旨味が、口の中いっぱいに広がってくる。
「お姉さん、出て行ったらね」
「あ、それも、順番の問題なんだ」
咀嚼して、もう一度、反対側の尻を、ふたりで噛む。
「大事でしょ? 順番」
結衣ちゃんとお別れすることになったら、私ってなにを選ぶんだろうな。
結衣ちゃんのいない生活なんて、考えられないな。
いつか、考えないといけないんだよな。
結衣ちゃん、彼氏できたし。
私もいつまで、お金がもつのかわからないし。
クォンちゃんといっしょに暮らしたら、毎日どんな感じになるのかな。
「まだカノジョ、いるから」
「ふーん。私もお姉さん、いるよね」
私たちは、たぶん、お互いの同居人に思いを馳せながら、そのまま黙って、北京ダックにむしゃぶりついた。
◇
「今日だけだよね」
そう言いながら、クォンちゃんは、またしても奢ってくれた。
年下には奢らないといけない文化とか、クォンちゃんの国ではあるのかな。
今日のバイト代、ただみたいなものになっちゃうと思うんだけど。
クォンちゃんは、そんなのどこ吹く風で、お会計しながら、陽気に母国語の歌を口ずさんでいる。
支払いを終えて振り返ると、後ろで見ていた私に、にこっと笑いかけてくる。
私は深々と、お辞儀をしてみせる。
「ミカミ、待ってるぞ」
別れ際、クォンちゃんはそう言って、私に投げキッスしてきた。
陽気なお姉さんだなと思って、私は笑って手を振った。
今日はお酒を飲まなかったから、私は自転車を漕ぎ、結衣ちゃんのいない家へと帰っていった。




