表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/108

第72話 大学二年生 夏5 reika

  玲香 reika


「ああ、お母さん。これから、電車乗るとこだから」


 私はスマホの通話を切って、電車に乗り込む。


 9月。


 私は、お母さんの実家へ向かっていた。


 お盆休みに結衣ちゃん家の家族旅行に参加した私は、お酒も入って、とんでもない醜態をさらしてしまったけれど、結衣ちゃんのおかげで、持ち直すことができた。


 家に帰ってくると、手紙が届いていた。

 差出人の名前を見るまでもなく、筆跡でお母さんだとわかった。


 私と連絡がつかないことに、ようやく気がついたみたいで、大学に連絡したのか、あるいは、私がなんらかの情報を残していたのか、この住所を割り出して、手紙を送ってきたみたいだった。


「おじいちゃんが、危篤だって書いてある」


 なんの手紙なのか、訝しがる結衣ちゃんに、私は手短に伝えた。


「たぶん、お葬式をやることになるから、おばあちゃんの家に集まる準備をしておくように書いてある」


 手紙には、お母さんの電話番号も書かれていた。


 私は行きたくなかった。


 お母さんにも、お母さんの親戚の人にも、会いたくなかった。


 おばあちゃんは、気難しい人だと認識していた。

 お父さんとの離婚調停中に、お母さんとふたり、おばあちゃんの家でいっしょに暮らしたことがある。

 もう当時のことは、あんまり覚えていないけれど、おじいちゃんも、おばあちゃんも、こわかった印象があった。


「お葬式は行ったほうがいいよ」

「行きたくないなあ」

「行かなきゃだめだよ」


 結衣ちゃんは珍しく、強い調子で言う。


「バイト休まなきゃいけなくなるし」

「それでも、行かないとだめ」


 和室の座卓を挟んで、結衣ちゃんとしばらく見つめ合う。

 見逃してくれないものかと、私は目で合図を送ってみる。


 結衣ちゃんは、まじめな顔で言う。


「人間の評価というものはね」


 なんか、壮大なことを言いはじめた。


「最終的には、『お葬式に来てくれた人』、『お葬式に来てくれなかった人』、このふたつに分かれるんだよ」

「はい」


 結衣ちゃんは、説き伏せるように続ける。


「いい? 玲香。それまでの点数なんて、ぜーんぶ、無意味なの」

「えぇ」


 じゃあ、それまでの点数ってなに、と私は思う。


「『お葬式に来てくれなかった人』は、自動的に、マイナス100点になるわけ。それまでが、プラス100万点だったとしてもね」

「加算じゃなくて、上書き保存ってこと?」


 結衣ちゃんは、首を縦に振って続ける。


「人の評価は原則として、マイナス評価の場合は上書きよ。プラス評価は加算だけどね。要するに、コツコツドカンなわけ。最後になにが起きたのかが、いつだって重要なの。最後に起きた出来事で、マイナス評価を得ると、それまでの加点は無意味になってしまうわ」


 そんなのひどいと思って、私は食ってかかる。


「それって、理不尽じゃない?」

「真理よ」


 結衣ちゃんはきっぱりと言う。


「そして、人生最後のイベントが、お葬式ってわけ」

「そこで、最終評価が決まるんだね」


 結衣ちゃんは、いつだって、常識に詳しい。

 私は納得させられた。


「結衣ちゃん」

「なに」

「私、お葬式、行くよ。ううん。評価を、勝ち取りに行く」


 私はまんまと乗せられて、お葬式に行くことになったのだ。


「あ、でも、着ていく服がない」


 喪服とか、持ってなかった。


「妹にあげた私のお下がり、実家から持ってきて貸してあげる。あいつが中学の頃に着てたのだから、玲香ならサイズ、ぴったりだと思う」


 妹ちゃんに、旅行中に交換したLIMEで直接、お礼を伝えると、かわいいスタンプを送り返してくれた。


 ◇


 お葬式は、大きな会場を借りて行われた。


 おじいちゃんは、その昔、お兄さんといっしょに会社を興した人だったみたいで、その会社の従業員の人たちが、受付なんかの仕事を任されていた。


 親戚の人たちは、お母さんに誰も寄ってこなかった。

 お母さんも、誰とも目を合わせなかった。


 お母さんが、ひとりになってしまうので、私はお母さんの横をついてまわった。

 お母さんとも、特に話すことはないので、黙ったままでいた。


 妹ちゃんに借りた服は、ほんとうにぴったりだった。

 なんか、結衣ちゃんのお家の匂いがして、ほっとさせられた。

 結衣ちゃんに、抱きしめられている、みたいだった。


 会社の人たちは、私たちのことなど知らないので、気ままに雑談したりできた。

 おじいちゃんが会社を興したのは昔の話だから、会社の若い人はみんな、おじいちゃんのことを知らないみたいだった。


「玲香ちゃん?」


 お通夜が終わり、お食事をいただいた後、お母さんがトイレに立ったとき、ひとりで座っていると、知らないおばさんに話しかけられた。


「おばちゃんのこと、覚えてない? お母さんのお姉さん」

「あ」


 顔とか、まったく覚えていないけど、近所に住んでいるお母さんのお姉さんの家に、小さい頃、よく出入りしていたのは覚えている。


「玲香ちゃんを連れて、不倫相手のところに、夜逃げみたいに出ていったから、心配してたのよ」


 お母さんは、私が7歳のとき、一度、私とお父さんを捨てていなくなった。

 連れ戻されてきたらしいお母さんは、お父さんと離婚することになった。


 お母さんは、離婚調停が終わった後、私を連れて新幹線に乗り、あの町へ向かった。


 あの日、お母さんに言われた言葉が、頭に響いてくる。


『お父さんも、お母さんも、あんたを引き取りたくなかったけど、かわいそうだと思ったから、私が引き取ることにしたわ。だから、ちゃんと、私の言うことを聞きなさいね』


 お母さんは、他人に対しては、つまらない嘘ばかりつく。

 三上さんに対してだって、そう。

 なんなら、離婚歴なんてないものと、吹聴していたりする。

 離婚の原因は、お父さんの浮気ってことになってる。


 だけど、私には絶対に嘘をつかない。

 やさしい嘘をつく、労力を払わない。


 あの言葉は、要するに、「いい子にしていなさい」と言いたいだけのものだったと、いまでは思っている。

 生まれ育った町も、暮らしも、ぜんぶ捨てて、知らない町に、幼い私を連れて行くつもりだったから。


 だけど、そのとき、あの子は死んだんだ。


 知らないアパートの一室にたどり着いた私に、お母さんは、


『いまから、新しいお父さん、来るから』


 と、言った。


 現れたのが、三上さんだった。


「虐待されたりしていないか、心配してたのよ。そういう事件って多いじゃない? 大丈夫だった?」


 おばさんに訊ねられて、私は我に返った。


「なにもされてないです」


 私が答えると、おばさんは、ほっとした顔をしていた。

 そんなこと、いまさら知ったところで、なんになるのかなとも思った。


 ただ、この人が、知りたいだけじゃないかと思った。


「学校はちゃんと通わせてもらえた?」

「はい」


 義務教育までは、だけどね。

 高校は自分から、一度、行かない選択をしていたから。

 その後は、自己責任って感じだった。

 そのあたりは、お母さんのせいではなく、私の世間知らずが悪いんだ。


「まだ、付き合ってるの? あの男と」


 どう答えるのが正解なんだろうと、私は思った。


「はい」


 どうでもいいやと思って、私はそう答えた。

 おばさんは、臭いものに蓋をするとき、みたいな顔をした。


 お母さんが戻って来ると、おばさんは、挨拶もくれずにいなくなった。

 お母さんは、私とおばさんがなにを話していたのかを、聞きもしなかった。


「今日、おばあちゃんの家に泊まるわよ」


 私は、集まった人たちが帰るのを待って、おばあちゃんと、お母さんと、三人でタクシーに乗り、おばあちゃんの家に向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ