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第63話 大学一年生 夏6 yui

  結衣 yui


 ホテルを出て、スマホを取りだすと、通話が繋がったままだった。


 玲香は通話を切らずに待っていてくれたみたいだった。


 お金がなくなってしまったことを伝えると、タクシーで帰ってくるよう、アドバイスしてくれた。


「タクシー乗れた。1時間はかからないって」

「はい」


 いつもの聞き分けのいい返事が返ってきて、私はなんだか、安心した。


「じゃあ、マンション着いたら、お金持って下りるから、また電話して」

「待って」

「ん?」

「切らないで」


 私は、玲香と、ずっと繋がっていたかった。 


「でも、結衣ちゃん、電話代」

「かけ放題だよ」

「はい」


 私はふっと笑ってしまった。

 やっと、緊張が解けたような気がした。


「あのさ、結衣ちゃん」

「なに?」

「スピーカーにして、勉強しててもいい?」


 そうだった。


 玲香はバイトを減らして、試験勉強、頑張ってるんだった。

 それなのに、私はいったい、なにをしているのやら。


「いいよ」

「はい」


 なにかおしゃべりしたいわけではなかった。

 ただ、この人と、繋がっていたいだけだった。


『結衣ちゃん。帰ってきな。そんなやつ捨ててさ』


 その言葉を受け取ったときの、忘れがたい気持ちが、ずっと胸の中で渦巻いていた。


 スマホを耳に当て、目を閉じてシートにもたれかかる。


 ノートの上をペンが走る音。

 教科書やノートのページをめくる音。

 座卓の上をペンが転がる音。

 消しゴムを落とす音。

 鼻をすする音。

 髪の毛をわしゃわしゃしている音。

 うーんとうなる声。

 なにこれぇって小さくぼやく声。

 はぁってため息を吐く音。

 よいしょって言って、足を組み替える音。


 生活音や、息づかい。


 タクシーに揺られながら、私は三上玲香の立てるすべての音に耳を澄ます。


 懐かしいなって思う。


 あのときと違うのは、しっかりと映像が目に浮かぶこと。


 やっぱり、この人のこと、好きなんだなって思った。


 ◇


 マンションに着くと、玲香が部屋着のまま出迎えてくれた。


 正直、なにか羽織ってきてほしかったけど、真っ暗だし、よく見えないからいいかと思って、私はタクシーの窓からお金を受け取り、支払いを済ませた。


 家に帰ってくると、玲香の部屋の明かりだけがついていた。


 私は、真っ暗な自分の部屋に鞄を放り投げると、いつもそうするみたいに、まるで自分の部屋みたいに、玲香の部屋にあがり込んで、布団の上に腰かけた。


 このままじゃ眠れない気がして、私は少しだけでも、玲香とおしゃべりしようと思ったのだ。


 座卓が端に寄せられ、教科書やノートも片付けられている。

 勉強を終えて、私のことを寝ないで待っていてくれたんだなとわかった。


 玲香はキッチンのほうに向かうと、冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取りだして、私に渡そうと持って歩いてきた。


 私が顔を見上げると、玲香はぎょっとしたような顔をした。


 玲香は私に水の入ったペットボトルを差し出すと、そのまま、私の正面に腰を下ろした。


「おいしい」


 ただの冷たい水だけど、やたらとおいしかった。

 のどが渇いていたことも、忘れていたみたいだ。


「なんか、みじめな気持ちになっちゃって」


 恋だなんだと浮かれていたのが、馬鹿みたいだなと思っていた。

 まわりがどんどん先へ進んでいくから、ひとりで焦っていた。


 私って、いつもそうなんだ。


 最初は器用で楽しくて、でも、すぐ伸び悩んで壁にぶつかって、無惨な敗者として散ってゆく。

 そういう人生なんだ。

 今回も、同じだった。


「逃げずに受け入れられたら、そのほうが幸せだったりしたのかなあ」


 思い描いたような恋愛ではなかったにせよ、いずれ、私だって、誰かとそういうことを経験して、大人になっていくんだ。

 佐倉先輩に憧れを抱いていたのは事実なんだし、あの人は悪い人ではないと思うから、私に勇気がなかっただけなのかもしれないとも、感じていた。


「そんなことないよ」


 私に逃げろと言ったのは、玲香だった。


「結衣ちゃんは、大切にされるに値する人だと思うから、私はもっと結衣ちゃんのことを、大切にしてくれる人と、付き合ったほうがいいと思う」


 また、涙が出そうになる。


 この人が、私のことを、そういうふうに思ってくれているって、知らなかったから。


「泣かせたり、こわがらせたり、しない人」


 ほんとうは、そう言っている、あなたこそが、私の初恋の人なんだよ。

 なんで、女の子なんだよ、玲香。


 なんだか、玲香の顔を見ていられなくて、私は体育座りの膝に顔を埋めた。


 畳がすれる音が聞こえて、玲香が私のそばにきた気配がわかる。

 体育座りで丸まっている私の背中を、玲香がそっとなでてくれた。


「こわかったね。結衣ちゃんは強かったよ」


 そうやって、いつも、私の気持ちに想いを寄せてくれるんだ。


 だけどさ、玲香。

 玲香の気持ちはどこにあるの。

 なにを、感じているの。

 どうして、それを、私に見せてはくれないの。


 私は知りたくて、顔をあげた。


 いつもと同じ、顔をしていた。

 なんだか、無性に、悲しくなった。


 泣きそうな気持ちで見つめ合っていると、玲香はいつもみたいにおどけようとした。


「おまえにそんな顔は似合わない」


 そう言いながら、はじめて会ったあの日みたいに、玲香は私を押し倒そうとした。


 覆いかぶさってきた玲香を、私は布団の上に押し倒した。


「結衣ちゃん?」


 上半身を起こそうとした彼女の唇を、私は無理やりに奪った。


 私は我慢できなかった。

 この人の心を揺り動かしたかった。

 一線を踏み越えたとき、どんな顔をするのか、見てみたかった。


 本気の愛情をぶつけたとき、なにが返ってくるのかを、知りたかった。

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