第61話 大学一年生 夏4 yui
結衣 yui
私はいま、佐倉先輩とラブホテルの中にいた。
部屋に入った瞬間、「あ、これ、ラブホってやつだ」と思った。
見たこともないような、大きなベッドが、部屋のスペースの大部分を占めている。
ベッドの脇には、恋人同士がいちゃいちゃするには、申し分なさそうなソファー。
ソファーの前に置かれた、四角いガラステーブル。
ベッドの上から、ふたりで眺めろと言わんばかりに据え付けられた、壁掛けテレビの真っ黒な画面。
カラオケでもできるのか、なんだかよくわからない、見慣れない機械類も置いてある。
二次会で、私は佐倉先輩とふたりでカウンター席に座り、他愛もないおしゃべりをした。
佐倉先輩に、かわいく見られようとは、した。
ふたりきりで、こんなにゆっくりお話しできるなんてって、浮かれても、いた。
「神山さんって、彼氏いないの」とか、聞かれたりは、した。
「いないです」とか、答えたりは、した。
「どのくらい、いないの」とか、聞かれたりも、した。
「彼氏いたことないです」とか、答えたりも、した。
え、どうして、いま、こうなった。
そうだ。
終電がなくなったから、ふたりで始発まで過ごそうと、佐倉先輩に誘われたからだ。
カラオケでも行くのかなって、呑気なこと考えてた。
佐倉先輩がここにしようと言って、入ろうとした建物に、でかでかと「HOTEL」って書いてあるのも見たし、「休憩」とか「宿泊」とか、書いてあるのも見た。
私はそこで立ち止まって、考えるべきだったはずだ。
のこのこと、佐倉先輩のあとを追って、ホテルに入り、ずらっと部屋の画像が表示されたパネルを、佐倉先輩が慣れた手つきで操作して、エレベーターをあがっていくのを、「これって、どういうことなのかな」って思考停止しながら、部屋のドアをくぐってしまった。
重たそうなドアだった。
閉まるときに、どーんと大きな音がした。
靴を脱いで廊下にあがると、左手にはバスルーム。
大きな浴槽と洗い場が見えて、急に胸騒ぎがしてきた。
右手には洗面台と、トイレのマークが貼られた扉が見えた。
洗面台の脇には、脱いだ服をここに入れろと言わんばかりに、プラスチックのかごが重ねて置いてあった。
正面のドアをくぐって、部屋に入ったとき、ぼんやりとしていたイメージが、急にはっきりとして、確信に変わった。
いまから、私って、佐倉先輩と、そういうこと、しようとしているんだ。
え、なんで。
◇
たとえば、この部屋に、防犯カメラが設置されていたとして、私はそのカメラ越しに、自分の姿を覗き見ているような、そんな感覚に襲われていた。
私は、いきなりベッドには、近寄らないほうがいいと、判断したみたいだった。
ガラステーブルの上に鞄を下ろし、ソファーの隅に、浅く腰かけている。
私はひどく緊張して、縮こまっている。
佐倉先輩がなにか言っているけど、あまり意味のある言葉には聞こえない。
「神山さんって、かわいいよね」
そんなことを言いながら、佐倉先輩が、私の隣に腰を下ろしている。
そう言われた私は、どんな感情を抱いていいのか、わからないでいる。
「ありがとうございます」
褒められたので、小さな声で、お礼を言っている。
佐倉先輩が、見たこともない表情をしている。
お酒で頬を赤く染めている。
それとも、私を見て、頬を赤く染めているの。
佐倉先輩が、距離を詰めてくる。
身体が少し、触れあっている。
私は佐倉先輩に、髪をなでられている。
私の身体は強張っている。
ここから、なにが、はじまるのか、っていうか、もう、はじまってた。
佐倉先輩が顔を近づけてくる。
私が身体を後ろに倒して離れようとすると、腕を回して肩を掴んでくる。
自分のことを、他人事のように感じていた私は、佐倉先輩の唇が触れたとき、急に意識がはっきりした感覚になった。
唇が触れあった感触は、何度も妄想したような劇的なものでもなんでもなくて、なんか、べったりした、心地の悪い感触がした。
佐倉先輩の顔が離れ、私の顔に息がかかる。
呼吸が荒くなっているのがわかる。
普段の様子と、全然違う。
至近距離で見つめられても、どういう気持ちになったらいいのか、わからない。
肩に回された腕の力が強くなって、私は佐倉先輩に抱き寄せられた。
佐倉先輩の匂いがした。
学校で出会って、おしゃべりして、最後、すれ違うときなんかに、ほんのり香って、私の胸を躍らせていた、その匂いだった。
「結衣って、呼んでいい?」
耳元で、佐倉先輩が囁いてくる。
なんて答えたらいいのかは、わからない。
どうしていいのかも、わからない。
私はこの人と、どうなりたかったんだっけ。
私はこの人を、受け入れればいいだけなのかな。
「結衣」
胸を押された感触がして、佐倉先輩の右手が、私の左胸の上に置かれているのがわかった。
服の上から、胸を触られた感触は、なんか、押されたって、感じだった。
円を描くように、佐倉先輩の手が動いてた。
私がどうしていいのか、わからないでいるのを察したのか、佐倉先輩は、私をいったん解放して、
「シャワー浴びる?」
と、言ってきた。
突然、日常が戻ってきたように、視界がクリアになって、私は小さくひとつ、頷いた。




