第60話 大学一年生 夏3 yui
結衣 yui
大学入学当初、連日遅くまで遊び歩いた仲良しグループの女たち。
同じクラスの仲間でもあるから、いまでもしっかり交流はあって、学内では相変わらず、いつもいっしょに行動している。
みんな明るく、いい子で、心を許せる、気の合う仲間たちだ。
彼女たちとは、学校の外で遊ぶ機会は減ってしまった。
私と綾乃以外、みんな彼氏ができてしまったからだ。
誰かしら、彼氏と遊ぶと言って欠けてしまうから、みんなで気安く集まれる機会も、すっかり減ってしまったと感じる。
彼氏のいない者同士、綾乃とふたりで行動する機会が自然と増えていった。
ひとつ年上の綾乃は、不思議な女だった。
恋愛に興味がないわけではなく、好きな人がいるらしいことも、みんなで聞き出したけれど、その人が誰で、どんな人物なのかは、まったく教えてはくれなかった。
「ほかの女、近づけさせたくないから」
と言って、秘密主義を貫いている。
そのときの目つきは、ちょっとどころではないくらい、怖かった。
時として、胸の内に鋭いナイフを隠し持っているような、そういう怖さを感じさせる女だった。
独占欲の強い女なんだと、私たちの間では認識されている。
普段は賢くて、穏やかで、やさしくて、面倒見がよくて、いいお姉さんでもあった。
だから、恋愛関係の話になったときにだけ見せるその姿は、際立って異質だった。
私はといえば、相変わらず、佐倉先輩に夢中だった。
というより、佐倉先輩と恋に落ちて、どうにかなってしまう妄想に、夢中だったのかもしれない。
◇
試験期間への突入を前にして、サークルで夏休み前、最後の集まりが開かれた。
新入生歓迎会のときに、いろんなお酒を飲まされた、あのサークルOBが経営しているお店が会場だった。
私は仲良しグループの女5人と、その彼氏たち3人も加えて、テーブルを囲むことになった。
試験がはじまったら、遊んでいられなくなるし、試験が終われば、夏休みになる。
みんなと集まって騒げる機会も、この先しばらくは訪れないのかもしれない。
そう思って、私たちは、いつにも増して盛り上がった。
なにを話したのかも、もはや覚えていないけれど、お酒の入ったギャルどもが、人前だというのに、彼氏といちゃいちゃしはじめたり、しまいにはチューとかしちゃったりして、うらやましいなこいつらと、思うなどした。
私も、そういうの、してみたかった。
そういうの、まったくないまま、夏休みを迎えようとしているんだなと思った。
高校時代の友だちにも、続々と彼氏ができているという噂は、小耳に挟んでいる。
大学に入ってから、お互い忙しいというのもあるけれど、なんか、疎遠になってきた。
友だちは、どんどん先へ行っているのに、私は置いていかれたまま。
妄想だけが、捗り続けている。
私も、そういうの、ずっと憧れていた。
なんなら、思春期の頃から、ずっと憧れていた。
だからというわけではないけれど、憧れの佐倉先輩との関係を、少しでも進めたいなと思って、はじめて二次会にも参加してみることにした。
今日はクラスのみんなとばっかり、おしゃべりしてしまって、なんなら、恋人同士のいちゃいちゃを、見せつけられただけのような気もするし、恋の成分が足りないんだよねって思っていた。
ギャルたちは二次会には行かず、彼氏の家に泊まるとか、自分の家に連れ込むとかなんとか言い残して消えていった。
ひとりで行くのは心細いから、綾乃に助けを求めようと思ったけれど、いつの間にかいなかった。
いつもは二次会まで行かずに、いっしょに帰っている私が、突如として、二次会行きたいオーラを出したのを察して、一足先に逃げたんだと思う。
「まったく世渡り上手な女だぜえ」
私はひとりで二次会に参加し、佐倉先輩を見つけると、隣のポジションをキープして、臨戦態勢に入った。
◇
はやく告白してこいよ。
いくら慎み深いイケメンだといっても、待ちくたびれたぞ。
私はそんなことを思いながら、佐倉先輩の整った顔を見つめて、飲みたくもないウーロン茶を、できるだけ、かわいく飲んでいた。
二次会の会場は、立ち飲み屋さんだった。
一次会でたっぷり食べたり飲んだりしているから、ちょっとしたおつまみを食べながら、ゆっくりまったり、自由に店内を歩き回りながら、思い思いの相手と、おしゃべりって空気だった。
なるほど。
ギャルたちは、こういうところで、彼氏とかいう生物を捕獲してきたんだなと思うなどした。
先輩たちに囲まれながら、おしゃべりをする。
みんな、私の同居人に興味津々だった。
玲香の話をすると、手軽に興味を惹けて、知らない人と話すときには、取っ掛かりとして便利なのだ。
「それ、神山さんとその人は、どういう関係なの」
ふいに、そんなことを聞かれもする。
カジュアルに聞かれるけれど、案外、いちばん難しい質問だったりする。
「腐れ縁というか。まあ、なんかそういう」
そんなとき、私は毎回、違った答えを返す。
これといった正解が、見いだせているわけではないから。
その都度、思いついたことを口にしていたら、いずれ正解に行き着いたりするのかなって、そう思いながら。
「なんで、実家から通わずに、いっしょに住んでるの?」
それは、三上玲香という人を、知ってしまったからなんだけど、そんなこと言っても、伝わるわけがないのだ。
「自立したかったので」
パパとママは、そう説得したからね。
「へー。しっかりしてるんだねえ」
なんか褒められた。
「同居人と比べたら、全然、自立なんて、できてないですけどね」
あの人は、精神面だけじゃなく、経済的にも自立している人だから、比べるまでもないんだ。
なんなら、お母さんのことも支えているし。
そういうところは、年上のお姉さんって感じるんだよなあ。
「それでも、立派だと思うなあ」
佐倉先輩が褒めてくれた。
世界中のみなさん、聞きましたか。
私の顔を見て、佐倉先輩が微笑んでいる。
お酒の入った少し赤らんだ顔が、かわいくもある。
なんかもう、玲香の話とか、いいんだよ。
もう、数え切れないほど、いろんな人と、その話はしてきたんだから。
家に帰れば、いくらでも、あの人とおしゃべりできるんだし。
私は誰よりも、あの人のことを知っている自信、あるし。
誰よりも、あの人のことを想っている自信、あるし。
そんなことより、いま、私に必要なのは、恋、なんだよ。
佐倉先輩も、絶対、私のこと好きでしょ。
私の気持ちだって、気づいているはずでしょ。
隣にいる意味を、理解しているはずでしょ。
じれったくなってきた私は、この慎みがありすぎる、奥手な男性との関係を前に進めるためには、積極性が必要だと判断した。
私はこのとき、佐倉先輩という人のことを、ひどく誤解していたのかもしれない。
「私、佐倉先輩とふたりでおしゃべりしたいです」
勇気を持って、一歩踏み出したら、なにが起きるのか。
私はわかっていなかった。
私の頭の中では、佐倉先輩が、私の脳内シミュレーションの、どのパターンで急接近してくるのか、それだけが焦点だったから。
「ん。いいよ」
佐倉先輩はそう微笑んで、私をカウンター席に連れ出した。




