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第57話 大学一年生 春8 yui

  結衣 yui


「え? もう彼氏できたの?」


 週明け。

 大学のキャンパス内。


 授業の空き時間に、いつもの仲良しグループで集まり、おしゃべりしていた私は、突然の告白に衝撃を受けていた。


 週末にあったサークルの歓迎会で、知らねえ男子と乳繰り合っていたギャルからの告白だった。


「絶対、できてると思ってた」


 相手を聞いて、みんなが一様に同じことを言った。


「え、二次会でなんかあったの?」


 二次会に行かなかった、綾乃が訊ねる。


「それとも、その前の時点から?」


 私も追撃する。


「ん。週末いっしょに遊ぶ約束して、そっから」


 女たちは、おもむろに腕を組み、深々と頷いている。


 私はそこで、なにか劇的なドラマがあったのだなと、勝手に妄想した。


 そうじゃなきゃ、おかしい。

 あまりに展開が早すぎる。

 もっと、なんかこう、じっくりとお互いの気持ちを確認しあって、ほどよい距離感で見つめ合ったりなんかして、目を逸らしちゃったりなんかして、そういう無数のアイコンタクトとかあった上で、駆け引きに駆け引きを重ねて、彼氏ってできるものじゃないの。


 出会って三日で合体みたいな話じゃ、ないじゃんねえ。


「初彼、なんだよね。気が合うっていうか、なんていうか」


 はにかみながら、ギャルが言う。


「かわいいじゃねえか」


 思わず、口をついて言葉が出てくる。


「同居人が出てるよ、結衣」


 みんなが笑いだす。


「移るんだよね、あれ。方言みたいなものでさ。毎日、いっしょにいるから」


 私は言い訳しつつも、初彼なのに展開早くねえかと思うなどする。

 はじめてって、もっと、なんか、じれじれの、あまあまの、ぴゅあっぴゅあのやつじゃないと、だめじゃないか。

 そんな、週末会ったばかりで、週明けには付き合ってるみたいな、なにがあったらそんなことになるんだ。


 運命の人って、そんな、スナック感覚で出会えるものなのか。


 数多の少女漫画を履修してきた私の妄想力でも、なにがあったのかはイメージできなかった。


「え、もしかして、やった?」


 ひとりのギャルが訊ねると、全員の時間が止まった。

 はにかみながら、否定しないその姿に、私は圧倒された。


 出会って三日で合体じゃん。


 同じ集まりに参加していたってことは、私にもその可能性、あったってこと?


「じゃあ、パーティでもする?」


 ギャルのひとりが言いだした。

 まあ、幸せそうだし、いっか。


 そうやって、私たちはまた、遊ぶ口実を得るのだった。


 ◇


 選択科目の授業を終え、みんなとの待ち合わせ場所に向かって、ひとり歩く。


 遠くのほうで、綾乃が男の子と話しているのを見つけた。

 クラスの子ではないから、他の学部か学科の子かな。


 ずいぶんと、親しげに話している。

 どっかで見たことのあるような顔の男の子だ。


 気のせいかな。


 おとなしそうな綾乃にも、先を越されるのかと思っていると、誰かに声をかけられた。


「神山さん、だっけ」


 振り返ると、慎み深いイケメン、改め、佐倉先輩がそこにいた。


「はい」


 私はそう返事をして、会釈を返す。


「あのときは、酔っぱらっていて、なんか、すみませんでした」


 佐倉先輩は、さわやかな笑顔を、私に向けてきた。

 胸の鼓動が高まるのを感じる。

 これが、恋のはじまり、なんだよねえ。


「しっかり帰れた? ふたりとも」


 私たちの安否を心配してくれていただなんて、佐倉先輩って人は、心までイケメンなのかなと、私は浮かれた。


「大丈夫でした。ただ……」

「なんかあった?」


 佐倉先輩の興味を惹けてうれしい私は、わざとその顔を見つめ、少しばかりじらしてから口を開く。

 我ながら、調子に乗っているなと思った。

 でも、止まらないんだ。

 恋が走り出していたから。


「同居人に怒られちゃいました」

「ああ。女の子と住んでるんだっけ」

「はい。年上のお姉さん、には見えない人ですけどね」


 また、佐倉先輩の興味を惹けた。


 大学に入って、気づいたことがある。

 みんな、女と同居している話をすると、興味を持ってくれることだ。

 なに、なにってなる。

 おかげで、手軽に盛り上がれる話題ができて、友だちを作りやすい。

 玲香の話なんて、無限にできるからね。

 毎日、小ネタが量産されていくんだから。


 玲香には感謝だ。


「怒られたので、お酒は二十歳になるまで、やめておこうと思います」


 佐倉先輩が、ははって笑った。

 笑った顔も、素敵だなと、思うなどした。


「かわいいね、神山さんって」


 聞いてください。

 いま、この人。

 私のこと、かわいいって言いました。


 世界中のみんなに向けて、大声でそう叫びたい気持ちだった。


 要するに、有頂天、だった。


「また、サークルには参加するの?」

「はい」


 私は即答した。

 体験じゃなくて、しっかり入会金も払ったからね。

 なんなら、テニスしてやってもいいぞ。

 きっと、誰よりも楽しめる自信ある。

 私って、そういうやつだから。


「へー。楽しみだなあ」


 私は、胸がときめいて仕方なかった。

 妄想が、止まらなかった。


 そんな私に、一抹の不安がよぎった。


「でも、お酒飲めないってなると、飲み会とか参加できないですよね」


 佐倉先輩は、包容力たっぷりの笑顔で私に言う。


「そういうときはね、『私、お酒飲めないんで』って言えば、誰も無理やり飲ませたりしないから、大丈夫だよ」

「あ、そうだったんですね」


 どうやら私は、断り方を知らなかっただけみたいだ。


「『すぐ吐いちゃいます』って言えばいいんだよ。ゲロ吐かれるのが、いちばん困るから」


 佐倉先輩の口から「ゲロ」なんて言葉、聞きたくなかった。

 そんな下品な言葉、育ちのよさそうな、おまえさんには似合わない。


「普通に飲めない人とか、弱い人もたくさん参加しているからね。俺だって、そんな飲めないし」

「え、かわいい」

「ん?」


 思わず、口をついて出た、私の「かわいい」に、佐倉先輩の顔が大きくほころんだ。


 私はどうやら、お酒に強い体質だったけれど、お酒に弱いとか、弱点があるの、なんか、かわいいなと思ってしまったのだ。

 こんなに完全無欠なイケメンで、私とおしゃべりしていても、おっぱいひとつとして、ちら見してこない、真摯で紳士な人なのに。

 ちら見くらいなら、してもいいんだぞ。

 部屋着姿のあいつと違って、私は乳首浮いてないからね。

 揉むのは、まだ早すぎるけどな。


「結衣!」


 遠くから私を呼ぶ、綾乃の声だった。

 私と佐倉先輩に気がついたみたいだった。


 もう少し、佐倉先輩と、ふたりだけの時間を続けたかったなあ。


「呼ばれたんで、行ってきます」


 そう言って会釈すると、佐倉先輩は、にこっと笑って、私を見送ってくれた。

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