第56話 大学一年生 春7 reika
玲香 reika
家に帰ると、いつものように、結衣ちゃんが晩御飯を用意して待っていてくれた。
食後にいただいたデザートを開封する。
プラスチックのスプーンを使って、ちびちび食べる。
「これ、ソースにブランデーかなんか入ってるね」
お料理上手なだけあって、結衣ちゃんの味覚はしっかりしている。
「ほんのり、アルコールの匂い、するよね」
私もそれっぽく応じてみせる。
結衣ちゃんが、スプーンを咥えたまま、なにか言いたそうに、私の目をじろじろ見てくる。
「お菓子やデザートに入っているお酒くらいなら、いいんだよ」
私は降参した。
「えー。昨日、だめって言ってたけどなあ」
結衣ちゃんは、そう言いながら、にやにやと笑った。
私も食べながら、笑っていた。
「玲香」
食べ終わって、洗い物でもはじめようかと思ったら、まじめな顔をした結衣ちゃんに、呼び止められた。
私も、思わず真顔になる。
「お酒は二十歳になってからにします」
結衣ちゃんは、少しだけ頬を赤くしながらそう言った。
「はい」と、私が返事をすると、
「言いにくいこと、言ってくれて、ありがとう」
結衣ちゃんは、あまりにお清楚すぎる所作で頭を下げ、そう伝えてきた。
こっちのほうが、恐縮してしまうみたいだった。
やっぱり、結衣ちゃんって、はちゃめちゃに、いい子だなと思った。
ご褒美に、レイくんから、なにかひと言と思ったけれど、いいやつが思い浮かばなかった。
「はい」
それだけ言って、私は洗い物をはじめた。
◇
「玲香。なんか鳴ってるよ」
洗い物をしていると、結衣ちゃんに声をかけられた。
流しの水を止めると、私のスマホの着信音が聴こえてきた。
「詐欺師かな」
私はそう直感した。
店長とはもはや他人だし、結衣ちゃんは目の前にいたから。
もうひとり、私のスマホの番号を知っている人物がいたのを忘れていた。
お母さんだった。
私はお行儀悪く座卓に腰かけて、着信状態のスマホを見つめる。
向こうから連絡してくるっていうのは、あまり想定していなかった。
私になにか用があることになるとは、思えなかったから。
いっしょに住んでいたときだって、会話なんてほとんどなかった。
どうしゃべっていいのか、あんまりわからない。
このまま、着信が鳴り止まないのは、結衣ちゃんに迷惑だと思って、私は電話に出た。
「なに?」
私が訊ねると、お母さんはジャブも打たずに、いきなり本題に入ってきた。
お母さんって、そういう人だったよね。
私はそう思いながら聞く。
「あんたさ、ちょっとお金貸してくんない?」
私はすぐさま、自分がいま、いくらお金を持っているのかを考える。
ネットバンキングのアプリを開けば、すぐにでも答えはわかる。
でも、私はちょくちょくチェックしているので、見なくったって、ほぼわかっていた。
「え、貸すっていくら?」
絶対に返ってこない、と思いつつ、私は訊ねる。
「20万くらいでいいよ」
くらいでいいよってなに、と思いつつ、私はさらに訊ねる。
「え、なんで?」
お母さんのため息が、スマホから聞こえてくる。
いろいろ思い出して、嫌な気持ちになる。
「いや、あの人がまた仕事辞めてさあ。今月、きついんだよね」
あの人というのは、三上さんのことだ。
理由は知らないけれど、ここ数年、転職を繰り返しているようだった。
定期的に、仕事へ行かず、家にいる時期があった。
ずっとリビングで、テレビか水槽を見ながら、お酒を飲んでいるし、わざわざ近寄らないから、どういう事情があるのかは知らないけれど。
「次の職場、見つけてから辞めろって、いつも言ってるんだけどねえ。いま、無職だからさあ。あんた、お金あるんでしょ? 貸してよ」
あるけど、ないんだよ。
毎日吸ってるたばこ、やめてからそれ言いなよ。
私はそう思いながら、「はい」と、短く答えた。
お母さんだって、毎日、朝早くから遅くまで働いて、大変なのだから仕方ない。
「振込先教えるから、メモ取って」
「あ、ネットで振り込めるから。スピーカーにするね」
そう言って、私はスピーカーに切り替えて、ネットバンキングのアプリを開く。
お母さんに言われるがまま、指定された口座に20万円を振り込む。
振り込め詐欺みたいだなと、私は思った。
やっぱり、詐欺師からの電話だったじゃねえか。
「今度返すから。ありがとね」
用が終わると、お母さんは電話を切った。
お母さんはこうやって、誰かからお金を借りて、それで借金があるんだなと、私は実感した。
私が貸している限り、利子はつかないから、ほかの誰かに借りられるよりも、いいのかもしれないとも思った。
ぼーっとしていると、床が軋む音がして、私は振り返った。
結衣ちゃんが、ダイニングに立って、こっちを見ていた。
「あ、ごめん。うるさかった?」
結衣ちゃんがいるのも忘れて、スピーカーにして、お母さんと話してしまっていた。
結衣ちゃんは首を横に振った。
「あ、洗い物!」
私は急に思い出して、立ちあがった。
「やっておいたよ」
結衣ちゃんが言うので、私は頭を下げる。
電話に夢中になって、結衣ちゃんが洗い物の続きをしてくれていることに、気がつかなかった。
どうせ、あのお金は返ってこない。
スマホアプリに表示された預金残高を見て、私はつぶやく。
「バイト増やさなきゃなあ」
結衣ちゃんが、気の毒そうな顔で、私を見つめていた。




