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第54話 大学一年生 春5 yui

  結衣 yui


「結衣、二次会行くよね?」


 見慣れた顔のギャルたちが訊ねてくる。

 すでに酔っぱらっているのか、みんな顔が赤い。


「私、帰るわ」


 お酒で気が大きくなったのか、普段なら仕方なくついて行くはずなのに、私はさくっと断っていた。

 そんな自分にちょっとびっくりした。


 正直に言えば、私は早く帰って、三上玲香の顔を見たかった。

 あの女の成分が、圧倒的に足りないんだよなあと思っていた。

 あいつも、このサークルに入ってくれたらよかったのにと、思っていた。


「えー」

「なんでえ」


 不満の声が噴出する。

 ノリが悪いと言われているのだ。


「家に、女、待たせてるからさあ」


 私が言うと、ギャルたちが、玲香を思い出したのか、ぎゃははっと声をだして笑う。


「別にいいじゃん」

「もう寝てるでしょ」

「結衣、行くよ」


 ギャルたちが、私の腕を掴もうとしてくる。

 私はひょいっと避けてみせる。


「私も帰ろうかな」


 綾乃が、助け舟を出してくる。


 綾乃は一浪しているから、仲良しグループの中で、唯一、ひとつ年上で、落ち着いた雰囲気を漂わす女だった。

 歓迎会に集まったイケメンたちにも、愛想笑いこそすれ、まったく、なびいていなかった。

 玲香みたいに、彼氏いらないタイプなのかなと思ったほどだった。


「あ、じゃあ、いっしょに帰ろう」


 私は綾乃の腕を掴んで、絶対に帰るぞという姿勢を見せた。

 ギャルたちはあきらめて、二次会へと向かう先輩たちに駆け寄っていった。


「俺も帰るから、駅まで送っていくよ」


 振り返ると、私に恋の予感をさせた、慎みのあるイケメンがそこにいた。


 この人は王子様だと、私は認識した。


 ◇


「佐倉先輩」

「ん?」


 私はうれしくなって、綾乃と腕を組んで歩きながら、知ったばかりの王子の名前を意味もなく呼んでみる。

 お酒を飲んで、ハイになってしまっていたのかもしれない。


「佐倉先輩って、出身はどこなんですか」

「都内だよ。実家から通ってる」

「わ。いっしょです」


 私は大げさに喜んでみせる。

 先輩が微笑んでいる。


 私は恋のはじまりを、それはそれはもう、ビンビンに感じていた。


「私、文京区なんですよお」


 お酒の力を借りて、私は積極的におしゃべりしていく。


「じゃあ、帰り、途中までいっしょかなあ」

「それがですねえ。残念ながら、逆方向なんですう」

「あ、そうなの?」


 佐倉先輩のイケメンすぎる顔に見惚れて、私はにやにやしてしまう。

 玲香の言葉を借りるなら、こんなのえっち漫画に出てくるイケメンじゃん。


「結衣は、女の子とルームシェアしてるからね」


 私の代わりに、綾乃が答えてくれる。


「なんか、ひょうきんな女性。二歳、年上らしい」


 綾乃が言うと、佐倉先輩がははっと笑った。


「佐倉先輩にも見せてあげたいなあ」


 なに言ってるんだろうなって、自分でも思ったけど、止まらなかった。


「じゃあ、楽しそうだね。ルームシェア」

「ほんと、そうなんですよう。毎日、笑顔がたえなくて」

「うらやましいなあ。俺、実家、出たことないからさ」


 佐倉先輩って、ご両親にかわいがられているんだろうな。

 私といっしょだな。

 こんなイケメンがすくすく育ったら、そりゃ、かわいがっちゃうよなあ。


「今度、泊まりにきます?」


 私って、なに言ってるんだろうな。

 それじゃ、ほんとにえっち漫画じゃん。

 三人ではじまっちゃうやつ。


「いや、それはさすがになあ」


 佐倉先輩が引いていて、ちょっと冷静になれた。

 さすが、慎みのあるイケメンだった。


「結衣、酔ってるでしょ」


 綾乃がすかさず、フォローしてくれた。

 綾乃がいてくれてよかった。


 ふたりきりだったら、このまま、佐倉先輩を連れて、月まで行ってしまうところだった。


 佐倉先輩は笑ってくれていたから、冗談と受け取ってくれたみたいだ。


 駅に着くと、私は佐倉先輩と別れ、綾乃といっしょに帰りの電車に乗った。


「結衣って、見かけによらず、積極的なんだねえ」


 電車の中で、綾乃にそう言われて、私は正気を取り戻した。


「いや、全然そんなことないはず」


 お酒ってこわいなと、生まれてはじめて、そう思った。


 ◇


 家の玄関を開けると、部屋で横になっていたらしい玲香が、ばたばたと起きだしてくるのを感じた。

 私がいつも玲香を出迎えるから、彼女もそうしなきゃいけないと思ったのか、私を出迎えてくれるようになった。


「かわいいやつ」


 廊下から顔を出した玲香に私がそう言葉を漏らすと、玲香は鳩が豆鉄砲を食らったようないつもの顔をしていた。


 靴を脱ぎ、短い廊下を歩いて、


「ただいま」


 と言って、自分の部屋に鞄を下ろす。


「ふぅ」


 心地よい疲労を感じながら、私はベッドに腰かける。

 ダイニングから、玲香がこっちを見ている。


 私が微笑みかけると、玲香がまじめな顔で私に言う。


「結衣ちゃん、お酒飲んでるでしょう」

「あ、うん。今日、サークルの歓迎会で」

「だめだよ。まだ二十歳になってないんだから」


 いつものおふざけがはじまる可能性もあるのかなと、そんなことを思いながら、私は玲香の顔を覗き込んだ。


「先輩から飲まされちゃって」


 あまりにまじめな顔なので、私は言い訳した。


「断らないとだめでしょ」


 三上玲香という人が、そんな、私に親みたいなことを言ってくることがあるなんて思わないから、心の準備がなかった。


「怒られた」


 私はふてくされて、そうつぶやく。

 これが、酔いが醒めるということかと、冷静に思った。


 ベッドに腰かけ、足をばたばたさせている私を、玲香は黙って見つめていた。


「玲香だって、お酒飲んで帰ってきたことあるし」


 子どものように、顔を背け、私はすねてしまった。

 目の前のお姉さんに、甘えたいだけだった。


「私は二十歳、過ぎてるからいいの」


 どうして、この人は私と同い年じゃないんだ。

 同い年だったらさ、こんな気持ちにならなかったんだけどな。


 怒られているのを、玲香のせいにしようとしてしまう。


「結衣ちゃん、わかった?」


 だいたい、なんで私にそんなこと言うんだ。

 お酒なんて、みんな飲んでたし、玲香には関係なくないか。


 私は少し、苛立ちながら、玲香のほうを振り向いた。


「ごめんなさい」


 私はとっさにそう返事をした。

 玲香は自分の部屋に帰っていく。


 振り返ったときに見た玲香は、震えてた。


 玲香はいつだか、人に怒ったりするのは、苦手だと言っていた。


 そんな苦手なことをしてまで、私にそう言ってくれた意味は、このとき、わからなかったけれど、私は彼女に謝らなければならないのではないかと思った。


 ベッドから立ちあがり、自分の部屋を出て、彼女の部屋を覗き込むと、玲香は布団をかぶって、背を向けて寝ていた。


「玲香」

「ん」


 まだ寝ていないとは思ったけれど、呼びかけると、しっかり返事があった。


「素直にすぐ謝れなくて、ごめんね」


 私はそれだけ伝えて、自分の部屋に戻った。

 足早に寝る仕度をして、ベッドに入り、ひとり考える。


 私にとって、隣の部屋で寝ているあの人は、どういう存在なんだろうな。

 あの人にとって、私って、どういう存在なんだろう。


 あの人がいつも否定するように、友だちではないのかもしれないな。


 その答えは見つからなかった。


 ひとつ、実感していることがあるとするならば、三上玲香の存在は、私の中で、徹底的に特別だった。

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