第53話 大学一年生 春4 yui
結衣 yui
大学というところには、学びがたくさんある。
生まれも育ちも違う人たちが、大勢、集まって学ぶのだ。
話してみると、どの人もみんな親切で、みんな仲間で、私は安心して、たくさんの同級生とお話できた。
男の子たちも、最初こそ緊張したけれど、みんな明るくて、元気があって、女の子にやさしくて、話しやすかった。
トゲトゲのベルトを首に巻いて、お散歩されたがっているような人間はいない。
親元を離れて暮らしたからこそ、見える景色というのもある。
友だちみんなで集まって、連日、朝まで遊ぶなんて、実家にいたら、パパやママが心配するからと思って、きっとできなかった。
夜中まで語り合い、終電を逃し、朝まで徹夜でカラオケをする。
始発が動き出した頃、お店を出ると、同じことを考えている若者たちが、駅に吸い込まれていく景色が見える。
眠たい顔で、電車を降りる人たち。
目が覚めた顔で、電車に乗ってくる人たち。
人が歩いていない、車もまばらな、街道沿い。
ひとり、明け方の静まり返った街を歩きながら、物思いにふける。
なんていうか、自由、だった。
いつの間にか、いっしょに行動するようになった、仲良しグループの女5人で、同じテニスサークルに入ることになった。
このサークルには、テニスをするために入ったわけではない。
テニスはいわば、活動の本命ではなく、どちらかといえば、気分転換や暇つぶしにやってみてもいい程度の存在だった。
「ストレス解消にもなるよ」って、勧誘してきた先輩は話してた。
私たちの目的は、もっぱら、人との交流にあった。
大学に入って、私たちは、人と関わることの楽しさみたいなものを感じていた。
より多くの人たちと、知り合いたかった。
この地球上のどこかに、もっともっと、気の合う仲間とか、かけがえのない人とか、伴侶とか、そういう誰かが、いるはずなんだと、私たちは信じて疑わなかった。
うら若き大学生の女5人が集まったときの勢いは、それはもう、凄まじかった。
私たちは、怖いもの知らず、だった。
なんていうか、無敵、だった。
自分は誰とでも、どんな人とでも、友だちになれるんじゃないかと、本気でそう思わされていた。
視野が、狭かった。
広がった気になっていたのに。
羽目を、外していた。
まじめに生きてきたつもりだったのに。
私はとことん、浮かれていた。
私という人間は、物心ついた頃からなんでも、やりはじめたら楽しい、そんな単純な人間に過ぎなかったのだ。
いつもその先で、伸び悩んで、壁にぶつかって、無惨な敗者として、散ってゆく。
自分がそういう、ぱっとしない人間であることを、私はすっかり忘れていた。
◇
サークルの新入生歓迎会。
OBが経営する居酒屋を貸し切って、盛大に行われた。
会場に着くと、集まった新入生や先輩たちは、誰もが楽しそうに笑っていた。
私も楽しい気持ちになって、テーブルを囲んだ仲良しの女たちと、はじまる前から、きゃっきゃと騒いでいた。
「ひとまず、新入生はソフトドリンクで」
幹事の先輩がコールを入れて、私は女たちとウーロン茶で乾杯をした。
女同士でわいわいやっていると、いつの間にやら、みんな自由に席を立って、思い思いに、気になる人と話す空気に包まれていた。
トイレに立ち、戻ってくると、私の席には、知らない男の子が座って、盛り上がっていた。
席を失った私は、「お、ここにイケメンがいるな」と思って、目に入った適当なイケメンの正面に座った。
「お、新入生? 学部は?」
あたりを見渡すと、イケメンまみれのテーブルだった。
これ幸いにと、私は自己紹介をする。
なんか、はじまらないかなあ、という期待感が、早速、高まってくる。
たとえば、恋、とかね。
「私の席、取られちゃってえ」
私は精いっぱい、かわいこぶって言う。
イケメンたちの顔がほころぶ。
男の扱いにも、慣れたものだ。
あまりにちょろい。
大学に入って、私は生まれ変わったのだ。
イケメンたちは、矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
私という女に、興味津々みたいだ。
こいつら、私をえろい目で見ているなと、すかさず見抜く。
ちらちらと、視線が私のおっぱいに注がれているのがわかる。
もしかして、乳首見えてるのかと思って、私は自分の姿を確認する。
そんなことなかった。
肌なんて露出していないんだから、当たり前だ。
普段、Tシャツに乳首浮かせてる女と過ごしているせいだ。
あの女のせいで、私まで乳首がこんにちはしてるんじゃないかと、勘違いさせられてしまう。
私は日常のあらゆる場面で、三上玲香の残像を見ていた。
このテーブルはだめだ。
もっと、慎みのあるイケメンはいないか。
私はイケメンたちに、さよならを告げる。
「えー。もう行っちゃうの?」
イケメンたちの悲鳴が心地いい。
いい声で、鳴きやがる。
私は、慎みがありそうなイケメンを探す。
友だちのギャルが手招きしているのが目に入る。
安心して、隣に座る。
「結衣~」
ギャルに抱きつかれた。
先輩ばっかりで、心細かったみたいだ。
「子鹿みたいで、かわいいじゃねえか」
私が、三上玲香をインストールして言うと、テーブルがどっとわいた。
「結衣ちゃんは、なに飲む?」
爆イケにもほどがある、女の先輩が訊ねてくる。
お酒のメニューだった。
「私、ウーロンハイ飲んでる!」
隣のギャルが、ジョッキを掲げて言う。
目の前で、ぐいぐいやる。
私は先輩たちの顔を見る。
「結衣ちゃんは、なにが好きなの?」
先輩たちは、やさしく、甘く、囁いてくる。
ギャルが身体を寄せてくる。
きょろきょろしていると、ギャルがメニュー表を指さして、
「レモンサワーで」
と、勝手に注文しようとした。
「いい?」
先輩に訊ねられ、私は断りきれずに頷いた。
慎みありそうなイケメンの先輩が、そんな私を見て、穏やかに微笑んだ。
包容力のある眼差しに、私は恋の予感を感じてしまった。
はじめてのお酒をいただく。
なんか、普通に、薄いレモンジュースだなと思った。
「これ、ほんとにアルコール入ってますか?」
私は思わず、そう口にする。
みんなが、いっせいに笑う。
隣のテーブルの人まで振り返って、
「薄いってよ!」
と、店員さんに、野次を飛ばして笑っている。
「もっと強いお酒飲みなよ」
「こっちおいで」
はちゃめちゃにお酒強いやつと思われて、おもしろがられてしまったみたいで、私は知らない先輩に連れられて、強いお酒をあおっているらしい、酒好きの集まるテーブルに招待された。
座るなり、アルコールの臭いがすごかった。
「ポン酒、飲んでみる?」
「え、ポン酒?」と、訊ねると、
「日本酒」と、短く返ってくる。
生まれてはじめて飲んだ日本酒の味は、驚きに満ちあふれていた。
「うわ」
喉を通り抜けると、思わず声が漏れる。
知らない感覚が鼻から抜けていく。
「え、なんか」
鼻から抜けていった謎の感覚が、息を吸うと、自分に戻ってくる。
「いい」
私は声を漏らした。
テーブルがいっせいにわいた。
それからしばらく、いろんなお酒を、変わる変わる飲まされた。
とても、断れる空気ではなかった。
それでも、私は正気だった。
酔い潰れている女の子を見て、冷静になった私は、トイレに行くと席を立って、このやばすぎるテーブルから離れた。
パパもママも、家では一切、お酒を飲まないから、知らなかったけれど、私はどうやら、比較的、というか、相当、お酒に強い体質だったみたいだ。
強い身体に産んでもらって、ママに感謝した。
やがて、ラストオーダーとなり、終電の時間が迫ってくると、遠くに住んでいる子たちが、ぱらぱらと帰りはじめた。
私たちの仲良しグループは、私を除けば、みんな地方から来て、ひとり暮らしをしている子たちだったから、電車一本ですぐ帰れるのもあって、全員が最後まで残っていた。
ギャルのひとりが、知らねえ男と乳繰り合っていた。




