第51話 大学一年生 春2 reika
玲香 reika
お酒をいただいてしまったので、夜の街をとぼとぼと、自転車を押しながら、歩いて帰る。
バイト先は家から自転車で数分の距離なので、歩いても10分くらいだ。
どう歩いたのか、着いた頃には覚えていなかった。
マンションに着くと、少しだけふらついた。
鍵を取りだすのが億劫に感じて、部屋を呼び出すと、オートロックの扉が開いた。
結衣ちゃんは、もう帰っているみたいだ。
エレベーターの中で、そういえば見ていなかったと思ってスマホを取りだす。
結衣ちゃんから、LIMEの通知がたくさん入っていた。
LIMEの通知音なんて切っているし、スマホをこまめに見る習慣もないので、気がつかなかった。
本人にすぐ会えるからいいやと思って、中身を見ずに、私は玄関のドアを開けた。
「え、かわいい」
知らねえ女の声が、二重三重に聞こえて、私は思わず、固まってしまった。
いったん、玄関のドアを閉めて、なかったことにする。
マンションの廊下に立ち、ダイニングから顔を出していた、きらきら女子の群れについて思いを馳せる。
どう考えても、結衣ちゃんの友だちだよなあ。
玄関のドアが開く。
「ごめん。LIMEは送ったんだけど」
そう言いながら、都会のお姉さんスタイルのままの結衣ちゃんが出てきた。
「あれ?」
結衣ちゃんは、私の姿を見て、顔だけ笑った。
「バイトの子と晩御飯食べてきた。その子に勧められて、お酒飲んじゃったからさ」
お酒臭いと思われているかなと思って、私は弁明した。
「大学の友だちいるけど、すぐに出てくから」
もうとっくに電車なんて終わっているだろうから、泊まっていくのかと思った。
私はちょっぴりほっとして、結衣ちゃんに隠れるようにして、玄関をくぐった。
◇
私たちが、ほぼ通路として利用している、狭いダイニングに、4人の女がひしめき合うように座っていた。
「え、なに? ローション相撲でもするの?」
私が言うと、女たちが、ぎゃはぎゃはと、下品に笑いだした。
「酔ってるの? 玲香さん」
「気安く下の名前で呼ぶんじゃねえ」
知らねえ女に玲香さんとか言われて、私は抗議した。
いかにもギャルっぽい女が、まるでご褒美みたいに、きゃはっと笑う。
結衣ちゃんが、ギャルの集団に混じって座る。
ひしめき合って座る女が、5人に増える。
「あ、そっち側なんだ」
私が女たちを見下ろしながらそう漏らすと、
「え? どゆこと?」
と言って、結衣ちゃんが笑った。
女子大生の集団に混ざった結衣ちゃんは、異物感なく、すっきりその場に収まって見えた。
もし、文学少女スタイルだったら、浮いていたはずだ。
結衣ちゃんは、大学デビューにきちんと成功したらしい。
「だいぶ、お酒、飲んでるんですかあ?」
ギャルが訊ねてくる。
「私は二十歳、いってるからね。こう見えて。結衣ちゃんよりお姉さんだから」
「結衣、ちゃん?」
きらきら女子たちが、いっせいに笑いだした。
「結衣ちゃんって呼ばれてんの? 結衣」
「え、似合わない」
「おい。俺の結衣を呼び捨てにするんじゃねえ」
女子たちが、げはげはと、下品に笑う。
たぶん、私はおもしろい動物かなにかだと、思われはじめている。
「玲香さん、おもろ」
「好きだわあ」
いいから帰れよと思いつつ、立ち話も疲れたので、私は自分の部屋に退散しようとした。
この家に来てから、一度も閉めたことがない和室のふすまが、閉められていた。
結衣ちゃんが、私のプライバシーを守ろうとして、閉めたんだろうなと思った。
私は問答無用で、ふすまを開けてみせる。
和室が見えると、どっと笑いが起こった。
女たちの笑い声にまみれながら、私は畳の上に腰を下ろす。
「え? これ玲香さんの部屋っすか?」
「なんもなくない?」
「客間?」
改めて部屋を見渡すと、布団も衣類も、ぜーんぶ、押し入れの中だから、四畳半ほどの和室の真ん中に、座卓がぽつんと置いてあるだけ。
部屋の隅っこに、店長からもらったパソコン一式が寄せてあるけど、ダイニングからは死角になっていて、見えなかったみたいだ。
「床、掃除しやすくていいでしょ?」
「いやいや」
ギャルたちが笑っている。
結衣ちゃん以外にひとりだけ、目が笑っていない子がいるな。
ひとりだけ、雰囲気が落ち着いている。
薄く化粧をした顔は地味で、いかにもな愛想笑いを浮かべている。
目が合うと、「うるさいやつらで、すいませんね」みたいな目配せをしてきた。
この女、できるぞ。
この子だけは、結衣ちゃんとほんとうに気が合いそうだ。
「玲香にも会えたし、そろそろ行こうか」
結衣ちゃんがそう言って立ちあがった。
女子たちも、いっせいに立ちあがる。
「玲香さんも、カラオケ行きません?」
「これから始発まで」
「ん。いい。寝る」
ははって笑いながら、女子たちは私に手を振って、玄関から出ていった。
結衣ちゃんだけ戻ってきて言う。
「ごめんね。玲香」
「え? なにが?」
「あ、いや、どうしても会ってみたいって、みんなが言うから」
「はい」
私は見世物じゃ、ないんだけどね。
「ごめんなさい」
お酒が入ってしまったせいか、私は、普段と違う顔をしていたのかもしれない。
結衣ちゃんは申し訳なさそうな顔をしていた。
「じゃあさ、結衣ちゃん」
「ん?」
「布団、敷いてくんない?」
私が言うと、結衣ちゃんは、
「はあい」
と笑って、布団を敷いてくれた。
私は結衣ちゃんに笑顔が戻ってほっとした。
いつもにこにこしているところも、結衣ちゃんの魅力のひとつだからね。
深夜0時をとっくに回っていたであろう、そんな真夜中に、都会のお姉さんスタイルの結衣ちゃんは、友だちと5人でカラオケに出かけていった。
明日は土曜日で、学校が休みだから、電車もないし、朝まで遊ぶのだという。
私は結衣ちゃんの敷いてくれた、自分の布団に横たわる。
しこたまお酒を飲まされたせいか、眠くて仕方がなかった。
ほとんど気絶したみたいに、私はいつの間にか寝てしまっていた。




