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第50話 大学一年生 春1 reika

  玲香 reika


『ごめん、玲香』

『今日も大学の友だちと遊ぶことになったから、晩御飯作れない』


 大学から家に帰ると、結衣ちゃんから、LIMEが入っていた。


 入学式から数日あまり。

 結衣ちゃんは、連日、大学の友だちと、遅くまで遊び歩いていた。


 入学前、あんなに友だちができるか心配していたのが、嘘みたいだった。


「爆イケ女子大生って、すごいねえ」


 私はいつものスタンプを送り返して、了解の意を伝えると、自転車に乗り、バイト先へと向かった。


 ◇


「はああ。ちんちん。ちんちん経営だなあ」


 パソコンに向かうオーナーさんは、ぶつぶつ言いながら、貧乏ゆすりを繰り返している。


 お店の売上をチェックしているみたいだ。


 私は、店長との雑談によって、いろいろと教えてもらっていたから、開いている画面を見れば、なにをしているのかは、わかる。


 オーナーさんは、お店の売上を見ると、じん麻疹が出そうになるらしい。


「私が代わりに見ましょうか?」


 休憩時間、雑談でもしようと横に座った私は、オーナーさんにそっと声をかけてみた。


「どうもねえ。でもね、見なきゃ見ないで、出るんだよ」

「はあ」

「この現実と、向き合わなきゃ、いけないんだよ」

「かっこよ」


 戦う大人って感じだな。

 尊敬に、値する。


「弁当の廃棄が多いなあ。ちんちん弁当だあ」


 ちんちんって、なんなんだよ、とは、私も思う。


「機会ロスと、どっちがいいのかって、話もありますからねえ」


 私は、わかったふうなことを言って、オーナーさんをなだめる。


「ぽこちん」


 もはや、答えにはなっていない。

 ちんちんの、言い方を変えただけだ。

 議論しているのは、そこ、じゃないんだよね。


 オーナーさんは立ちあがり、廃棄のお弁当を詰め込んだ、ごみ袋を漁りはじめた。


 がさごそと音を立てながら、廃棄を漁るオーナーさんが、突如としてこっちを見て言う。


「いる?」

「ちんちん弁当はちょっと」


「まあ、あげないんだけどね」

「知ってます」


 廃棄品に手をつけるのは、ご法度ということは理解している。

 信用できるやつかどうか、試したな、と私は思った。


 オーナーさんは、お弁当をひとつ、ごみ袋から回収すると、レジを通しに向かった。

 どうやら、オーナーさんは、ちんちん弁当を、自ら買い取って食べるみたいだ。

 活きのいいちんちんを、食べたかったんだろうな。


「晩御飯、どうしようかなあ」


 私はひとり、つぶやいた。


 結衣ちゃんの手料理、おいしいからなあ。

 すっかり、舌が肥えてしまった。

 心なしか、少し太ったような気もする。


 ◇


 バイト終わり。

 ロッカーに制服をしまっていると、クォンちゃんに声をかけられた。


「ミカミ、カノジョいないから、暇だよね」

「いえーす」

「はい、だろ?」

「はい」


 クォンちゃんは日本語を勉強したいから、英語じゃなくて、日本語で話してほしいんだった。


「ヨルメシ、どう?」

「お、いいね」


 私は、クォンちゃんに導かれるまま、道路を挟んで向かいにある、中華レストランへと移動した。


 ◇


「ビール?」


 席に着くなり、クォンちゃんが問いかけてくる。


「ビールでしょ?」


 ぽかんとしていると、身を乗り出して念押ししてくる。


「あ、はい」


 私は思わず、返事をした。


 クォンちゃんが、慣れた様子で店員さんを呼びつけ、生ビールを二杯注文する。


「私、お酒飲んだことない」

「あ?」


 クォンちゃんが口をあんぐり開けているので、


「あ、未成年とかじゃないよ。私、オトナ、ハタチ」


 私が慌てて伝えると、


「おけー」と、クォンちゃんはサムズアップしてみせた。


 メニュー表を見ていると、ビールが届き、クォンちゃんに促されるように乾杯の動作をする。


「おいしい?」


 と、クォンちゃんが訊ねてくるので、


「わからん」


 と、私は答えた。


 はじめて飲んだビールは、おいしいとは思えなかった。


「すぐ、おいしくなるよ」


 そのうち、慣れると言いたいみたいだ。


 クォンちゃんは、はじめてお酒を飲んだという私に、興味津々みたいで、次から次に違うお酒を飲ませようとした。


「これ、私、好きだよね」


 クォンちゃんが注文した、北京ダックの尻を見つめながら、私はおしゃべりする。


 クォンちゃんは、年上のお姉さんと同居しているのだとか。


 同郷の人らしいけど、その人が彼氏の家に泊まることになったから、いっしょに晩御飯を食べる相手が、いなくなってしまったらしい。


 私は、クォンちゃんが注文してくれた中華料理を、適当につまみながら言う。


「ひとりで食べればいいのに」

「え? さみしいでしょ?」


 クォンちゃんと話すときは、婉曲的にすると伝わらない。

 率直に話す必要に迫られる。

 普段なら、はっきり言わないようなことも、言わされてしまう。


「ミカミ、やばいね」


 クォンちゃんも、たいがい、暴言が多い。

 言われているのは私とはいえ、なんか、スカッとする。


 ネット上の「ゆいちゃん」と話してたときみたいな、別の自分になったような気持ちでやりとりできる。

 肉体という鎧を脱ぎ捨てたかのような、そんな感覚。


 やばいと言われた私が笑っていると、クォンちゃんは、


「お姉さんね。今夜、ヤルよ」


 下品すぎるハンドサインを見せながら、そう言って笑う。

 げらげらと、私も笑った。


「でしょうねえ」

「デショウネエ」


 クォンちゃんが、私の真似をした。


「お姉さんの彼氏、でかまら」

「やめな」


 クォンちゃんは、下ネタ好きだ。

 自分で言って、自分で笑っている。

 下ネタって、万国共通の言語なんだな。


「メシマズ、なるわ」


 私が言うと、鷲づかみにした北京ダックの尻をかじっていたクォンちゃんが吹き出した。

 ワイルドだけど、その食べ方で合っているのか。


「ミカミ、オーナー、好き?」


 北京ダックを棍棒みたいに握りしめたまま、急にまじめな顔をして、クォンちゃんが訊ねてくる。

 回答を保留して、じらしたら、なにが起きるのか試していると、クォンちゃんが北京ダックの尻に噛みついた。

 生命を刈り取られる危険を感じて、私は慌てて口を開く。


「かっこいいよね」


 クォンちゃんが、北京ダックをお皿に戻した。

 アヒルなんぞ、食ってる場合じゃねえって顔だ。


「私、オーナー、狙ってるよ」

「ああ。はい」


 オーナーさんって独身なのかな。


「ヨメになる。ミカミは?」


 この質問って、答え間違ったら、死体で発見されるやつかな。


「カノジョ、いる」

「おほー」


 それ、母国語の単語とかじゃないよね。

 顔が笑ってるし、また北京ダック食べだしたから、正解かな。


 オーナーさんを狙う、恋敵じゃないことが伝われば、それでいいのだ。


「オーナーさんの、どこがいいとか、ある?」


 私はクォンちゃんの心理を深堀りしてみる。


「経営者」


 クォンちゃんは、さくっと、そう答えた。


「経営者のヨメになるんだよ」

「クォンちゃんって、野心家なんだねえ」


 クォンちゃんは、ぽかんとした顔をした。

 野心家という言葉の意味を、知らなかったみたいだった。


 ◇


「今日だけだよね」


 そう言って、クォンちゃんは、私にご馳走してくれた。

 ふたりだけの歓迎会ということに、してくれたみたいだった。


 私は深々とお辞儀をしてみせた。


 結局、ビールからはじまり、サワーやらハイボールやら、紹興酒やら、いろんなお酒をちょっとずつ飲まされた。

 飲みきれないときは、クォンちゃんが引き取ってくれた。


 クォンちゃんの顔は真っ赤だった。

 財布をバッグにしまいながら、母国語の歌を陽気に口ずさんでいる。


 お酒を飲んだせいか、こっちまで、陽気な気分になったみたいだ。


「クォンちゃんとおしゃべりできて、楽しかったよ」


 お店を出て、そう伝えると、クォンちゃんは、にこっと笑った。


「私、外国の人とおしゃべりしたの、クォンちゃんがはじめて」

「わお」


 クォンちゃんは、鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をした。

 外国の人っぽい、オーバーリアクションだなと思った。


「話してみると、日本の人と変わらないね」


 クォンちゃんが日本語を話せるおかげだけど、案外、普通の小粋な雑談だった。

 上手に盛り上がれなかったら、どうしようかと、少しは心配していた。


「それ、どうしてか、わかる?」


 クォンちゃんが、お姉さんみあふれる、包容力のある笑顔をたたえて訊ねてくる。


「クォンちゃんの日本語が、上手だからかな」


 私が答えると、クォンちゃんは、首を横に振った。


「同じニンゲンだからだよ」


 そう言って、クォンちゃんは笑っていた。


 どこで覚えた言葉なのか、わからないけれど、いい言葉だなと私は思った。

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