第49話 大学入学前 新居10 reika
玲香 reika
「あなた、仕事できるね」
「あ、わたし、ミカミ、ね」
「ミカミ、仕事できるね」
同僚は、留学生の女の子だった。
きれいな金髪の、おしゃれな女の子で、地毛なのか染めているのか、ちょっとわからなかった。
瞳は青くないから、染めているのかな。
バイト終わりに、ちょっとばかり、雑談をしてみた。
「クォンちゃん、日本語上手だねえ」
「英語より、うまいよ」
クォンちゃんの母国語は、英語ではないそうで、英語もまあまあわかるけど、日本語のほうが、英語よりは母国語に近いところがあって、得意らしい。
英語が大の苦手な私は、3か国語も話せるクォンちゃんに、恐れ慄いた。
私より、年上みたいだ。
年齢は「ひみつ」と言われたけど。
クォンちゃんは、このお店で、いちばん長く働いているバイトの子らしい。
「私、借金あるよね」
「あ、そうなんだ」
どうやら、留学するために背負った借金らしい。
このお店は、借金という呪力がないと、生き残れないお店みたいだ。
「ミカミのカノジョ。どんなの?」
結衣ちゃんという子と、同居している話をしたら、「彼女」だと認識されてしまった。
あるいは翻訳の問題で、彼氏彼女の彼女ではないのかも、しれないけれども。
私は、クォンちゃんにも伝わる日本語で、結衣ちゃんの魅力を正確に伝えきる困難さに圧倒された。
なんたって、あの子は私と違って、魅力たっぷりだからね。
おもしれー女、だし。
「ストロベリー」
「いちご?」
「いえーす」
いちごという単語を知らないかと思ったけど、そんなことなかった。
私はイメージを伝えようとした。
結衣ちゃんは、農家の人が、丁寧にハウス栽培したいちごみたいな子だ。
育ちがよくて、美しくて、みずみずしくて、甘くて、おいしそう。
それでいえば、私は日陰に勝手に咲いて実った、野いちごかな。
価値がないだけでは飽き足らず、毒があるかもしれないから、毒いちごかな。
きっと、食べたら、お腹を壊す。
LIMEのアカウント名、「れ」にしてるけど、この前、結衣ちゃんに軽く引かれたから、「毒いちご」に変えようかな。
本名でインターネットに接続するわけには、いかないからね。
「ポイズン」
私はつぶやいてみる。
「日本語でおけーい」
クォンちゃんは、笑顔でそう応じてきた。
◇
家に帰ると、結衣ちゃんが出迎えてきた。
晩御飯を準備して、待っていてくれたみたいだった。
自分の分を作るついでに、私の分を作ってくれるのはさておき、遅くなるから先に食べてと、言っておいたんだけど。
「あまりに遅かったら、先に食べて寝ちゃうけどね。さすがにね」
結衣ちゃんは、食べながら言う。
「今日も、大学デビューの準備、してきたの?」
「大学デビュー言うな。合ってはいるけれども」
私はけらけら笑った。
結衣ちゃんは、爆イケ女子大生に進化するために、必死なのだ。
羽化、しようとしている。
家の中でこそ、眼鏡だけど、外に出るときはコンタクトをするようになった。
お化粧もしている。
服装も文学少女スタイルじゃなくて、都会のお姉さんって感じだ。
最後の仕上げは、ヘアスタイルというわけだ。
もはや、原型がない。
「美容師のやつ。俺の結衣を、こんなにしやがって」
結衣ちゃんの顔が、ぱっと明るくなった。
「やっと、髪型に触れてくれた」
髪の長さは保ったまま、ふわっとさせつつも、レイヤーが入った髪型になっている。
アッシュ系のカラーを入れているな、美容師のやつ。
プロにお願いしないと、とてもじゃないけど、この髪型は再現できないな。
私も、レイヤー入れるの得意だけどね。
自分でやると、勝手にレイヤーついちゃうだけなんだけど。
おかしなことになったら、あきらめてボブにしてリセットだ。
断捨離ってやつ。
私は、こう見えて、髪型にうるさいんだ。
長年、自分でやってたら、上手くなってきたからね。
「このまま、触れてくれないつもりなのかと思った」
結衣ちゃんが、うれしそうに、はにかみながら言う。
「じらしてみたんだよ、結衣。欲しがってる顔してたからね」
「え、似合ってない?」
レイくんの登場より、新しい髪型のほうに夢中じゃねえか。
レイくんが負けるなんて。
「変かな?」
きれいな長いストレートの黒髪。
結衣ちゃんに、似合ってたんだけどなあ。
大人っぽく見せたいなら、新しい髪型を推すけれども。
「ん。しゃれおつ」
「んん?」
結衣ちゃんは、なんとも言えない顔をした。
「変じゃないなら、いいや」
「なんたって、素材の味がいいからね」
「ん?」
どう料理したって、おいしいに決まっている。
いちばんかは、諸説あるけどね。
「変な男に、捕まらないようにね」
爆イケ女子大生になったら、きっとひっぱりだこだ。
パパさんによろしくお願いされているから、しっかり釘を刺さないとね。
結衣ちゃんは、もじもじしながら、言う。
「男っていうか、女の子の友だちを、しっかり作りたいだけなんだけどね。浮いてしまわないようにしたくって。仲間に入れてもらえなくなっちゃうから」
「ああ。学校って、そういうとこあるよね。大学はどんなだろうねえ」
たぶん、うちの大学の雰囲気は、高校の理系クラスの延長なんだろうな。
「玲香は、大学生になったら、彼氏とか作ったりする?」
「ん。作らないよ。いらない」
私は即答した。
この質問は、人生において、何回聞かれたか、わからないほどのやつだから。
結衣ちゃんは、なんか、微妙な顔してた。
おまえさんとは、恋バナできないのかよって顔かな。
「俺には、結衣というカノジョがいるからね」
「なにそれ」
と、言いながら、結衣ちゃんが笑ってくれた。
「結衣ちゃんは?」
私は訊ねてみる。
「欲しいか、欲しくないかで言えば、欲しいよ」
まあ、そういう顔をしてたから、聞いてみたんだけどね。
「恋、してみたいし」
「え」
なんか、危なっかしい発言だなあ。
悪い男に、あっさり、捕食されそう。
なんたって、結衣ちゃん、おいしそうだからね。
だから、パパさんは、よろしくお願いしたのかな。
「レイくんみたいな彼氏を、探そうね」
あんな、えっち漫画に出てくるようなイケメンは、現実にはいないけどね。
そのくらいイケメンじゃないと、結衣ちゃんは任せられない。
甘くておいしい、いちごにぴったりの、そういう存在じゃなきゃ。
結衣ちゃんのこと、もっとも大切にしてくれる、人じゃなくっちゃ。
「毒いちごみたいなのじゃ、だめだよ」
「どゆこと?」
結衣ちゃんは、ふふっと笑って言う。
「明日の入学式、楽しみだね」
あの中学生みたいな男子は、間違いなくいそう。
あいつ、絶対、受かっているだろうから。
ふひひ、とか言ってきそう。
会ったら、小粋な雑談でもしてやるか。
「友だち、たくさんできるといいね、結衣ちゃん」
「そうなるといいな」
結衣ちゃんの大学生活が、まさか、あんなふうになるなんて、このとき、思いもしなかったな。




