第48話 大学入学前 新居9 reika
玲香 reika
このお店をバイト先に選んだことに、深い理由はない。
家と学校から、ほどよく近ければ、どのお店でもよかった。
平日のシフトが、高校時代と同じ、17時から22時なのはいいところだ。
それ以上、遅くなってしまったら、結衣ちゃんと顔を合わせられなくなってしまうおそれがあるなと思ったから。
パパさんから、「娘をよろしくお願いします」と頼まれているからね。
お母さんみたいに、帰ったら寝ているから、どんな生活をしているのか、知りませんでしたでは、許されない。
結衣ちゃんのことだから、お母さんと違って、自分からどんどんおしゃべりしてきそうではあるけれども。
物理的に話す時間がなかったら、それも叶わないだろうから、ね。
土日は昼間のシフトにも、入れさせてもらえるみたいだ。
柔軟な働き方ができて、とても助かる。
土日にたくさん働けば、平日の日数を減らせるから、学校との両立もしやすそう。
このお店を選んだ決め手はひとつだ。
シフト崩壊してそう。これに尽きる。
なんたって、オーナーさんが、自らシフトに入っていたから。
店長みたいに、自分が入るしかないんだろうなと、想像した。
時給制である以上、シフトに入れなかったら、お金は稼げない。
自分の入れる余地が、たくさんあるお店ほど、いい。
予想は的中した。
このお店は、すべての時間帯で、まったく人が足りていないらしい。
シフト表を見てみると、名前のない時間帯だらけだった。
当日になっても、出る人が決まらなかったら、オーナーさんが埋めるつもりらしい。
「そういうとき、空白じゃなくて、『俺』って、書いておくといいですよ」
休憩時間中、昼間のシフトに出てから、深夜のシフトに出るまでの間、バックルームで椅子に座ったまま、地蔵みたいになっているオーナーさんに、私は声をかけた。
「それじゃ、『俺』が出ること、確定みたいじゃん。『俺』、あきらめてはいないからさあ」
「あ、往生際が、悪いんですねえ」
「は?」
少し、元気が出たみたいだ。
ここのオーナーさんは、店長とそんなに年齢は変わらないように見える。
私は、オーナーさんの人物像を深堀りしてゆく。
「オーナーさんって、もしかして、『氷河期世代』、ですか?」
「え、なに? 煽ってんの? そうだけど」
「だと、思いました」
「は?」
やっぱり、店長と同世代みたいだ。
肌年齢的なところで、わかる。
結衣ちゃんみたいに、ぷりっぷりのぷるっぷるで、みずみずしくないからね。
どう見ても、くたびれている。
やつれ方とか、目の下の隈が、店長よりも、すごい。
身体とかガッリガリだし、店長と違って、目が死んでる。
「オーナーさんって、『ほぼ、逝きかけ』、ですよね」
「うっそだろ? ほぼ、初対面なんだけど。俺と、三上さん」
「あ、いや、過労死的な意味で」
「あ、心配してくれてたんだ。どうもねえ」
「わかれば、いいんです」
「は?」
店長はよく、いずれ自分のお店を持ちたい夢を語っていた。
この人は、その夢を、同世代にして、叶えた側の人なんだなあ。
「コンビニのオーナーさんになれるなんて、すごいですねえ」
「あ、どうも。なるのは難しくないけどね。続けていくのは、難しいけど」
「このお店は、店長さんとか、いないんですね」
「バイトじゃなくて、社員の雇われ店長ってこと?」
「はい」
「いてくれたら助かるけどね。うちは、社員雇う余裕なんてないよ。以前、働いていたお店にはいたんだ?」
「はい。オーナーさんは、ほぼ見かけませんでした」
「ああ。きっと、その店のオーナーさん。地主だったんじゃないかなあ。コンビニはね、家賃あると経営きついんだよ。うちみたいにね」
「きついのであれば、やめるという選択肢も?」
「は?」
駐車場を含めた、あの広大な土地を所有していたとしたら、あのお店のオーナーさんって、すごい権力者だったんだなあ。
「店長も、シフトたくさん埋めてて、大変そうでした」
「甘いねえ。甘ちゃんだねえ、その人」
「は?」
オーナーさんの、「は?」が移ってきた。
店長だって、養育費を欠かさず払って、人生甘くないをちゃんとやってるから。
ストレスやばいから、夜はVRで女子高生、だけどね。
「辞めちゃえばいいのにってことよ。どうせ雇われなんだからさあ」
「オーナーさんは、そうはいかないんですか?」
「当たり前でしょうよ」
「どうしてですか?」
死んだ魚、みたいな顔をしていたオーナーさんは、水を得た魚、くらいにはなって、私に言って聞かせようとする。
「俺、経営者だよ? 労働者じゃないわけ。この店、開くために借金背負ってっから、辞めたくても、辞められねえんだよ」
ギャンブル以外でも、借金背負うことって、あり得るんだ。
借金ってことは、店長で言う、養育費、みたいなものか。
「懲役、まだ残ってるんですねえ」
「は?」
オーナーさん、大変なんだなあ。
「過労死しちゃ、だめですよ」
「うれしいこと言ってくれるじゃない。でもさあ、俺、経営者だから。『労働基準法』とか、適用されないんだよね」
「適用されない場合、どうなるんです?」
「合法的に、無限に働けちゃうってこと」
「『絶倫』って言葉、知ってます?」
「は?」
労働基準法って、大事なんだなあ。
オーナーさんは、疲れ果てた顔で、ため息を吐く。
「だからね」と、区切ってから、オーナーさんは続ける。
「国家や裁判所でさえ、俺の暴走を止められないってわけ。こう見えても、俺、法律はしっかり守ってるんだから。あ、税務署の犬でも、あるけどね」
「エコノミックアニマル、ですねえ」
「ん?」
「『資本主義の豚』って言葉、知ってます?」
「は?」
私はどちらかと言えば、猫派だ。
あんまり、かまってかまってって、されるの苦手だからね。
散歩も、大変そうだし。
散歩されるのは、やぶさかではないけれども。
結衣ちゃんも、たぶん、猫派だな。
スマホケースに猫のステッカー貼ってるから。
「シフトの空白、埋まるといいですねえ」
「ほんとだよ。三上さん、入ってくれなきゃ、今日は朝から、明日の朝まで、ぶっ続けになるところだったんだから」
「『蠱毒』って言葉、知ってます?」
「は?」
説明してみたけど、オーナーさんは、誰彼構わず採用しているから、すでにこのお店は蠱毒を開催していると、教えてくれた。
「とんだ呪い師ですねえ」
「は?」
私は休憩時間を終え、お店に戻った。
オーナーさんは、しばらく寝ると言って、バックルームになぜか置いてあるソファーに横たわっていた。




