第47話 大学入学前 新居8 yui
結衣 yui
「なんでメイクって、義務教育で教えてくれないんだろうね」
ママのメイク道具を借り、見よう見まねで、ママのメイクを真似しながら、私はつぶやく。
親子で鏡の前に並んで、メイクしていく。
「学校にしていくメイクなんて、ナチュラルメイクのほぼ一択なんだから、すぐ覚えられるでしょ」
妹が後ろから、野次を飛ばしてくる。
妹はメイクに興味があったのか、小学生の頃からママの真似してやりたがったし、中学生になると、お休みの日に、少しばかりメイクをして、友だちと出かけたりもしていた。
「こんなにいっぱい道具あるのに、覚えきれるかなあ」
心配を口にすると、妹が応じてくる。
「動画見て、勉強すればいいよ」
「その手があったわね」
妹の提案に、ママが感動したように応じた。
「私がやってみせる必要なかったじゃない。早く言ってよう」
「見捨てないで、ママ」
私が鳴くと、中断しようとしたママは、にこっと笑って、続きをやってみせてくれた。
◇
「やだ、かわいい」
ママが褒めてくれた。
「お姉ちゃん、地味顔だから、めちゃ化粧映えするね」
妹まで褒めてくれる。
「パパに似たんでしょうね」
ママが鏡の中にいる私の顔を見ながら言う。
鏡の中にいるママが、妹のほうを見る。
「あんたはママに似ちゃったから、はっきりした顔してるもんね」
「はい。感謝してます」
「なに? お小遣い狙ってるの?」
「ひど」
私は正直、鏡の中の自分に見惚れていた。
「メイク楽しい」
なんか、完成すると、気持ちあがる。
「あんたって、なんでも最初はそう言うからね」
「お姉ちゃん、器用貧乏だから。最初からある程度できて、すぐに上達するから、自己肯定感上げやすいんだよ」
「あの、私の人間性を、まじめに解説しないでくれる? 恥ずかしいから」
あっという間に、平均点くらいまで到達したら、そこからぴくりとも上達しなくなって、ほんとうに才能がある人に、ごぼう抜きにされて、結局、ぱっとしないまま終わるんだ。
そういう、噛ませ犬のやられ役。
でも、上達している間が楽しいのは事実だから、我ながら得な性格だ。
「メイク道具あげるよ。親子だし、肌にも合うだろうから」
そう言いながら、ママが私の顔に手を当ててくる。
「え。ぷるぷる。潤いの暴力じゃないの。暴対法の適用を申請します」
「ママ、これが若さだよ」
「誰がババアじゃ」
ママと妹が、ふたりでふざけあいながら笑ってる。
それを見て、私も笑った。
なんだか、懐かしかった。
まだ、実家を出てから、一週間も経っていないというのに。
「もう覚えたでしょ? メイク動画見たりして、あとは家で復習しなよ」
「料理より簡単でしょ、絶対」
ママと妹が言う。
「あ、料理! いま、何時?」
すっかり、実家の空気に馴染んでしまっていた。
窓の外を見ると、東京の街に、日が沈みかけていた。
「私、帰るね。晩御飯、作らないといけないんだった」
「気をつけてね」
「寝る前に、メイク落としなさいよ」
「はーい」
私は大慌てで、家を飛び出した。
家に向かう電車の中で、私はSNS上で見つけた、かわいい女子大生のアカウントを、妹と共有しながら、これは似合うとか、似合わないとか、言い合っていた。
ママからおすすめのメイク動画が何本か送られてきていた。
いつものスタンプを返す。
ママも、いつものスタンプで応じる。
あっという間に、最寄り駅に着いた。
私はスーパーで、足りなそうな食材を買い足してから、うきうきした気持ちで、自宅を目指した。
もうすっかり、日が暮れていた。
◇
玄関の鍵を開け、ドアを開くと、物音に気づいた玲香が、廊下の奥から顔を出した。
薄暗い玄関に明かりをつけると、玲香が目を丸くして、一歩、後ろに下がった。
そこで私は、メイクしてきたことを思い出した。
「顔だけ、爆イケになってる」
玲香が驚いて声をあげたので、私は得意げに、眼鏡を外してみせる。
「えぇ、なんか」
玲香には、刺激が強かったのかもしれない。
爆イケの先へ行ってしまった、私の顔面が。
うれしくなって、にやけていると、玲香の顔が笑った。
「結衣ちゃんがいた」
「誰だと思ってたのよ」
再び眼鏡をかけると、私たちは笑いあった。
玲香は、夕方には帰ってきていたらしい。
私のほうが、先に帰ると思うと言って出かけていた。
ずいぶん、待たせてしまったはずだ。
玲香は、お腹が空いたとは、ひと言も言わなかった。
苦情のひとつくらい、言ってくれていいんだけど、そういう押しつけは、この人にはストレスかなと思って、黙っておく。
鞄やもらったメイク道具を、無造作に部屋に置き、慌ててエプロンをつけて、キッチンに入る。
玲香からは、バイト先であった出来事を、私からは交流会から逃げ帰って、実家に助けを求めてきた話をする。
玲香は、私の行動がおかしかったみたいで、
「やっぱ自分が参加するより、結衣ちゃんを通して聞くに限るわ」
なんて、言いながら笑っていた。
◇
「いただきます」
今日は玲香の部屋で、晩御飯を食べる。
日替わりでお互いの部屋を使うことにした。
「今日は、ミートソースなんだね」
玲香がフォークを手に取って言う。
「時間なかったし、ひき肉余ってたし」
「がっかりしてないよ」
時短レシピにした言い訳を並べ立てていた私に、玲香は割り込んで、そう言った。
手抜きと思われたと、勝手に決めつけていた。
思えば、この人は、そんなことを考える人じゃなかった。
妹とは、違うってわけ。
「あったかいごはんって、いいよね」
うれしいでも、好きでもなく、いい、なんだ。
「おいしい?」
いつも通り、メインからいきなりいただく玲香に、私は問いかける。
「イケ女あじ」
「なにそれ」
「イケ女の手作りの味」
「作り手の顔が、浮かぶ味ってこと?」
私がそう訊ねると、玲香がにやりと笑う。
「メスの香りがするぜえ」
山賊みたいに野蛮に食べはじめたので、私は思わず笑ってしまう。
やっぱ、本場の三上玲香は、勢いが違う。
「そういう男子、いなかったわあ」
「残念だね」
「なにが」
ふふっと私は笑って、にやけ顔の玲香と顔を見合わせた。
「えっち漫画のイケメンって、どこに棲息してるんだろうね」
「首輪の人って、イケメン枠だったんだ」
「当たり前でしょ」
私はにやにやしながら、フォークを握って食べはじめる。
玲香は解説を続ける。
「えっち漫画に出てくる人物なんだから、最低でもイケメンでしょ」
「もっと、おじさんかと思った」
「えっち漫画に出てくるおじさんはね」
玲香はフォークを置いて、こちらをまっすぐに見据えてくる。
「きたなければ、きたないほどいい」
私は笑いをこらえる。
「わかるけど」
なんとか飲み込んでから、続ける。
「ミートソースまずくなるわ」
玲香はきゃっきゃと笑った。
私もようやく、抑えていた笑いを解き放つ。
「オスの香りがするぜえ」
「しないから」
「食欲なくなる」
今夜も、私たちの食卓は、馬鹿みたいな笑いに包まれながら、過ぎてゆくのだった。




