第46話 大学入学前 新居7 yui
結衣 yui
「まま、わだし、おわっだあ」
実家に帰り、出迎えてくれた在宅勤務中のママの顔を見たら、涙がぼろぼろ出てきた。
それを見て、妹が、げはげは笑ってる。
「なんだ、そんなことか」
ママは呆れたように言う。
「てっきり、玲香さんと喧嘩でもしてきたのかと思った」
「あの人と喧嘩できる人いたら、逆にすごい」
「どういう意味よ」
「笑ってるか、虚無ってるかしか、感情が表に出てないって意味」
私とママの応酬を観戦してた妹も、口を開く。
「ああ、ちょっとわかるかも」
妹は、私に共感してくれたみたいだ。
感情のない人間なんていないから、見せないだけで、あるはずだと思うんだけど。
不快な様子とか一切見せないから、万が一、あの人を怒らせたときは、いきなり大爆発しそうなんだよなあ。
私がひとりで考えていると、ママは怪訝な顔をしながら、
「仕事、戻るわね。終わったら、また話聞くわ」
と言って、いなくなった。
私は仕方なく、妹を頼ることにする。
◇
「量産型女子大生?」
ゲーミングチェアの上に、体育座りしている妹が、そんなことを言い出したので、私は指でキーボードを指さして、検索結果を見せろという合図を送った。
なにも言わずに、妹はキーボードに向かう姿勢になる。
なにがいいんだかわからない、ぴかぴかと虹色に光るパソコンが、ぶーんとうなりを上げはじめる。
以心伝心だ。
他人じゃこうはいかない。
カタカタとキーを叩く音がリズミカルに響いて、画像検索の結果が表示される。
「これじゃん」
「おもろ」
妹は、ひと言だけそう漏らして、にやにやしていた。
きらきらした、女子大生の群れ。
その鮮やかな写真の数々を、妹がスクロールしていく。
「私が求めてたの、これだわ。どうやったら、私これになれる?」
妹が、げらげらと笑い出す。
私は、ゲーミングチェアの背中を叩いて、遊びじゃねえんだぞの意思表示をする。
こっちは、生きるか死ぬかの、瀬戸際なんだ。
墓穴に、肩までどっぷりなんだから。
妹が真顔になる。
「量産型女子大生っていうのは、概念なんだよ」
思わず、眉間にしわが寄る。
「なに? わかりやすく」
急かす私を見て、妹はにやけながら続ける。
「特定のファッションを指しているようで、世代ごとに流行がしっかりあるから」
「今だけでいい」
「欲しがるねえ」
にやけ面が、いい加減、馬鹿にしているように見えてきたので、私はゲーミングチェアの足を蹴っ飛ばして、姉としての威厳を知らしめる。
「ひえ」
「いい声で、鳴きやがるぜえ」
「誰の真似それ。玲香さん?」
あの人の日常の悪ふざけが、私の日常をも、侵食しはじめている。
そのせいで、アンテナの感度が鈍っていた?
「今が知りたいんだったら、SNSとかになるかなあ。画像検索は、どっちかといえば、レガシーを切り取ったものだから」
「SNSなんて、やってないよ。炎上とか、こわい話しか聞かないし」
私は小心者なんだよ。
知ってるだろ、妹なんだから。
「ROM専でいいんだよ」
「ろむせん?」
「見るだけで、発信はしなくていいってこと」
まあ、それなら、やぶさかではない。
「アプリ入れて、きらきらSNSアカウント作りなよ。大学入ったら、友だちから交換求められるかもよ。SNSのDMでやりとりとか、普通だし」
「おすすめ教えて」
◇
妹の部屋のベッドに並んで座り、スマホを握りしめながら話す。
アプリは妹に、適当に見繕って、インストールしてもらった。
なにから手をつければいいのかが、わからない。
「女子大生におすすめのファッションを、紹介してくれてる女の子とか、趣味で自分のコーディネートを、定期的に載せてる子とか、フォローして目を肥やすんだよ」
やけに詳しいじゃねえか。
「あんたは、どんな人フォローしてるの」
「え」
「なに」
とぼけようとする妹と、見つめ合う。
私から逃げられると思うなよ。
「中学生が見ちゃいけないようなの見てるの?」
妹は、スマホを取り出して、画面を見ながら口を開く。
「中学はもう卒業したし。来月から高校生だし」
私に見えないように、こっちにスマホの背中を向けて見ている。
たぶん、姉に見せられる状態か、確認してる。
私は、すかさず、覗き込んでやる。
「誰、その男。2次元と3次元の男が、交互になんか言ってたぞ」
「2.5次元もいます」
「聞いてないし。女は?」
「女もいるけど、推しに埋もれちゃって。そろそろ、アカウント分けなきゃだめかなあ」
妹がスマホをスクロールする様子を見守る。
女の子らしき投稿が目に入った。
「いた!」
私が声をあげると、妹がスクロールを停止させる。
「たとえば、この子とかね」
「かわいいね」
「ネットに自分の顔を、堂々と載せてる女が、かわいくないわけあらず」
「コスプレイヤーさんじゃないの?」
「地雷系ね」
そう言って、妹はきゃっきゃ笑った。
「確かに、あんた、たまにそういう格好してるわ」
「そんな感じで、気になるファッションの子を、フォローするわけ。かわいいのは当たり前として、人に紹介できるほど、詳しい子の言うことなら、参考になるでしょ」
私は自分のスマホを使って、SNS上を検索してみる。
妹の説明に生返事をしながら、高速でスクロールする。
玲香の言う、爆イケ女子大生が目に飛び込んできて、思わずスクロールする手を巻き戻す。
「この子、きれい」
すかさず、妹が覗き込んでくる。
妹が私のスマホを奪い取る。
私が目をつけた女のアカウントを、入念に調べてゆく。
浮気調査みたいに。
「いいけど、お姉ちゃんは、この子みたいにはなれないね」
「リスペクトしよ? 姉」
「ちがうちがう」
真顔の私を見て、妹が苦笑いで否定した。
「シルエットが違いすぎるでしょ。この人、身長170超えだよ。お姉ちゃんが同じ服を着ても、こうは見えないでしょ」
確かに、日本人女性の平均身長より、ちょっと上くらいの私じゃ、こんなに足が長く見えることはないか。
線も細いし、骨格からして、全然違う気がする。
「ちょっと、そこに立ってみて」
言われるがまま、立ちあがって、妹の正面に立つ。
スマホの画面と私を交互に見ながら、妹が言う。
「お姉ちゃん、どっちかっていうと、むちっとしてるから」
「お? 痩せ自慢か? メスガキ」
「やーだ。怒んないで。お姉ちゃん、水泳、頑張ったんだもんね。私みたいな、生涯、帰宅部じゃないから」
腹立つから、頭、わしゃわしゃしてやる。
妹が私から奪ったスマホで、いい女を探している。
頭の上から、それを覗き込みながら、私はわしゃわしゃし続ける。
妹は気にせず、いい女を探す。
まじめに姉の力になろうという意欲を感じて、なでなでに切り替えてやる。
「にゃーん」
ぶりっこしやがって。
かわいいやつ。
もっとなでなでしてやる。
「この女、いいんじゃない? 私、この子のファッション好きだわ」
私も思わず、なで回すのをやめて、覗き込む。
妹は、なおも続ける。
「え。めっちゃいろいろ上げてくれてる。感謝しかない」
「なにやってる子なんだろ」
「いや、推せるわ」
「推せるか?」
「推せるなあ」
「なに、自問自答してんの」
妹からスマホを奪ってよく見てみると、確かに、こんな女子大生いそうってラインの、おしゃれ女子だった。
そもそも、顔面が強すぎるけど。
「爆イケ女子大生じゃん」
「なにそれ、おもろ」
妹が自分のスマホを握りしめながら、私のスマホを覗き込んでくる。
「ちょっとアカウント名、見せて。個人的にフォローしよっと」
妹が、自分のスマホで、爆イケ女を探している。
私はその子の投稿に釘付けになる。
「私、この子になりたい」
「なれよ、結衣」
私は他人事のように言う妹の目を見つめる。
「明日、買い物付き合って」
「え」
妹は、なぜか、嫌そうだった。
なぜか、ね。
姉が言ってるのに、ね。
「玲香さんと行きなよ」
「玲香さんは忙しいの。どうせ春休みで、宿題もなくて暇でしょ」
玲香といっしょに買い物とかしたい気持ちもあるけど、いまそういう提案をしても、無理やり付き合わせることにしか、ならないのはわかっている。
あの人、めちゃくちゃ倹約家だから。
年上の威厳を示すためか、謎にご馳走してくれたりもするけど。
妹に顔でアピールする。
妹はやれやれ顔で言う。
「まあ、お姉ちゃん好きだからいいけど」
私は、うひょうって気持ちになる。
「かわいいから、抱っこしてあげちゃう」
ベッドに腰かけている妹を、お姫様抱っこしてやる。
「え、ちょ、ま、やめ」
想像以上の重みに腕が震えて、たまらずベッドに降ろす。
「あんたも、重たくなったねえ」
「あの、もう、うち、高校生になるんですよ。まだ小学生くらいだと思いました?」
ベッドに押し倒された格好のまま、じっとりとした顔で、妹が言う。
つい、この間まで、ほんとうに小学生だったのに。
いつの間にか、胸も膨らんで、大人の身体になってきたなあ。
「舐め回すように見ないでください、変態」
「言うようになったじゃねえか」
「玲香さん、インストールしないでえ」
頼りになる妹がいてよかった。
やっぱ姉妹しか、勝たないんだわ。




