↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/108

第45話 大学入学前 新居6 yui

  結衣 yui


「あ、文学少女スタイルだ」


 鏡の前で、自分と格闘していると、起きてきた玲香に声をかけられた。


「それ、結衣ちゃんの一張羅だったんだね」


 結局、レイくんとはじめて会った、あの日の格好に落ち着いてしまった。

 ラフ過ぎない格好だし、これがいちばん、自分らしいと認識しているから。


「変かな?」


 私は玲香に訊ねてみる。


「似合ってるよ」


 好きでも、かわいいでもなく、似合ってるなんだ。

 どう受け取ったらいいやら。

 変じゃないなら、いいか。


「文学部っぽい」


 文学部なんだけど、私は文豪になりたいわけじゃないんだよね。

 などと、説明している時間はないのだった。


 慌てて、出かける仕度をする私を、玲香は、和室の畳の上に胡座をかいて、眠そうな顔で、たまにあくびをしながら、ぼんやり眺めていた。


「晩御飯、作るつもりだから」

「はい。皿洗い頑張るつもり」

「おもろ」


 私は笑いながら、短く応じて、ばたばたと準備を進める。


 準備を終えて、出かけようとした私は、廊下の入口に立って、じっと部屋にいる玲香を見つめてみた。

 気づいてくれるかな。

 ぼーっとしていた玲香は、私と目が合うと、少し考える様子を見せてから、部屋を出て、見送りにきてくれた。

 私は満足して、玄関に向かい、追ってきた玲香とお話する。


「バイト頑張ってね」

「バイトなんて、頑張るものじゃないよ」

「じゃ、頑張らないでね」


 玲香が、うはって笑う。


「おもろ」


 玄関を開けて、外に出て振り返る。


「行ってくるね」

「いってらあ」


「私は二度寝しようかな」


 そうつぶやく声が、閉まりかけたドアの向こうから、聞こえていた。


 ◇


 大学のキャンパス内に、数百名の新入生たちがひしめき合っている。

 明らかに新入生って年頃じゃない人もいて、教員や先輩たちも、紛れている感じだ。


 私はきょろきょろしながら、ひとり、建物の壁を背にして、目立たないように振る舞う。

 見る必要もないスマホを、たまにちらちら見たりしながら。


 様子がおかしいじゃない。


 みんな、おしゃれ過ぎる。

 そこら中から、いい匂いがする。

 明らかに自然界のものじゃない、人工的な香水やらの香り。


 女の子、みんなかわいいし、イケメンもわんさかいる。


 トゲトゲのベルトを首に巻いて、お散歩されたがってそうな人はいないけど。

 便利な竿役は、現実にはいないってことね。


 心の中の三上玲香と会話しながら、正気を保とうとする。


 ていうか、集合場所、間違えてないか、私。


 なんらかのサークルの集まりにでも、混ざってしまった?


 ネットにアップされてた、去年の交流会の集合写真。

 こんなじゃなかった気がするんだけど。

 私たちの世代が、奇跡の世代なの?


 まずい。


 みんな、人生最後の夏休みを楽しむ準備が、整いすぎてる。

 私だけ、高校生丸出しみたいな格好をしているように感じる。


 文学少女に扮している場合じゃない。

 似合ってるねじゃないんだよ、玲香。


 お姉さんとして、しっかり注意してほしかった。

 いや、でも、あの人、こういう集まりに参加しない人みたいだから、わからないか。


 どう考えても、私だけ浮いてる。


 誰に話しかけていいんだかわからないし、誰も話しかけてこない。


 そりゃそうだよ。

 だって浮いてるもん。


 まじめな葬儀に、ひとりだけコスプレしてきた、やべーやつだもん、いまの私。


「笑えよ、ベジータ」


 パパがよく言う、あの台詞じゃん。

 妹が、げらげら笑ってさ。

 ママが、にこにこしてて。


 だめだ。


 悲しすぎて、家族のこと思い出してきた。


 走馬灯だよ。


「新入生?」

「はい」


 視界の外から声がして、思わず、声を出しながら振り向いた。


 比較的、地味な格好の、素材は光っている感じの純朴そうな男子がそこにいた。

 私はちょっぴり、ほっとした。


 とんでもねえイケメンだったら、今頃、死亡推定時刻の向こう側にいた。


「俺、昨日、東京に来たんだけどさ」

「はい」

「なんかすごいね、みんな」

「はい」


 小学生じゃない男子学生としゃべったの、はじめてすぎて、はいしか言えない。

 この人も、私と同じ、乗り遅れ組なんだ。


 たぶん、地方出身者だと思われてるみたいだけど、文京区から来ました。

 実家の窓から、新宿の高層ビル群が、一望できます。


「ひとり?」

「はい」

「そうなんだ」


 ちょっと待て。

 視線を感じるぞ。


 どう見ても、一軍女子グループみたいなギャルたちが、こっちをちらちら見ている。


 やばい。


 爆裂に浮いてる。

 爆イケすべき場面なのに。


 女と群れずに、男とだけ談笑する、やべーやつになってる。


 文学少女のコスプレみたいな、場違いな格好で?

 お化粧もせずに、すっぴんで?

 コンタクトでもなく、眼鏡で?


 違うんだ。

 誤解なんだ。

 はいのふた文字しか、まだ発していないんだ。


 一軍女子たちに、目でアピールしても、眼鏡に太陽光が反射して、伝わらないんだ。


『なんかもう、途中から抜け出して、帰ったりしてた』


 昨夜の玲香の声が、唐突にリフレインする。


 そうだ。

 逃げなきゃ。


『こんなパーティ抜け出して、俺と踊ろうよ』


 レイくんの声まで聞こえる。


 幻聴だ。

 いよいよやばい。

 逃げなきゃ。

 心身の健康のために。


 私は、目の前の男を捨てて、早歩きでキャンパスを抜け出した。


 どう考えても、数百人はいた。

 だとしても、全新入生の10分の1にも満たない人数だ。

 あの場に現れた、コスプレ姿のやべー女は、9割の新入生が目撃していない。


 大丈夫。

 まだ、舞える。

 まだ、あのキャンパスの空気、吸えるはず。


 それより、適応しなきゃ。


 弱肉強食は嘘。

 適者生存こそが、この宇宙のルールなんだ。


 環境に適応できない動物に、生き残る権利なんか、与えられないんだ。


 私は無意識に、あの家とは逆方向の電車に乗り込み、母なる海へと帰っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。