第45話 大学入学前 新居6 yui
結衣 yui
「あ、文学少女スタイルだ」
鏡の前で、自分と格闘していると、起きてきた玲香に声をかけられた。
「それ、結衣ちゃんの一張羅だったんだね」
結局、レイくんとはじめて会った、あの日の格好に落ち着いてしまった。
ラフ過ぎない格好だし、これがいちばん、自分らしいと認識しているから。
「変かな?」
私は玲香に訊ねてみる。
「似合ってるよ」
好きでも、かわいいでもなく、似合ってるなんだ。
どう受け取ったらいいやら。
変じゃないなら、いいか。
「文学部っぽい」
文学部なんだけど、私は文豪になりたいわけじゃないんだよね。
などと、説明している時間はないのだった。
慌てて、出かける仕度をする私を、玲香は、和室の畳の上に胡座をかいて、眠そうな顔で、たまにあくびをしながら、ぼんやり眺めていた。
「晩御飯、作るつもりだから」
「はい。皿洗い頑張るつもり」
「おもろ」
私は笑いながら、短く応じて、ばたばたと準備を進める。
準備を終えて、出かけようとした私は、廊下の入口に立って、じっと部屋にいる玲香を見つめてみた。
気づいてくれるかな。
ぼーっとしていた玲香は、私と目が合うと、少し考える様子を見せてから、部屋を出て、見送りにきてくれた。
私は満足して、玄関に向かい、追ってきた玲香とお話する。
「バイト頑張ってね」
「バイトなんて、頑張るものじゃないよ」
「じゃ、頑張らないでね」
玲香が、うはって笑う。
「おもろ」
玄関を開けて、外に出て振り返る。
「行ってくるね」
「いってらあ」
「私は二度寝しようかな」
そうつぶやく声が、閉まりかけたドアの向こうから、聞こえていた。
◇
大学のキャンパス内に、数百名の新入生たちがひしめき合っている。
明らかに新入生って年頃じゃない人もいて、教員や先輩たちも、紛れている感じだ。
私はきょろきょろしながら、ひとり、建物の壁を背にして、目立たないように振る舞う。
見る必要もないスマホを、たまにちらちら見たりしながら。
様子がおかしいじゃない。
みんな、おしゃれ過ぎる。
そこら中から、いい匂いがする。
明らかに自然界のものじゃない、人工的な香水やらの香り。
女の子、みんなかわいいし、イケメンもわんさかいる。
トゲトゲのベルトを首に巻いて、お散歩されたがってそうな人はいないけど。
便利な竿役は、現実にはいないってことね。
心の中の三上玲香と会話しながら、正気を保とうとする。
ていうか、集合場所、間違えてないか、私。
なんらかのサークルの集まりにでも、混ざってしまった?
ネットにアップされてた、去年の交流会の集合写真。
こんなじゃなかった気がするんだけど。
私たちの世代が、奇跡の世代なの?
まずい。
みんな、人生最後の夏休みを楽しむ準備が、整いすぎてる。
私だけ、高校生丸出しみたいな格好をしているように感じる。
文学少女に扮している場合じゃない。
似合ってるねじゃないんだよ、玲香。
お姉さんとして、しっかり注意してほしかった。
いや、でも、あの人、こういう集まりに参加しない人みたいだから、わからないか。
どう考えても、私だけ浮いてる。
誰に話しかけていいんだかわからないし、誰も話しかけてこない。
そりゃそうだよ。
だって浮いてるもん。
まじめな葬儀に、ひとりだけコスプレしてきた、やべーやつだもん、いまの私。
「笑えよ、ベジータ」
パパがよく言う、あの台詞じゃん。
妹が、げらげら笑ってさ。
ママが、にこにこしてて。
だめだ。
悲しすぎて、家族のこと思い出してきた。
走馬灯だよ。
「新入生?」
「はい」
視界の外から声がして、思わず、声を出しながら振り向いた。
比較的、地味な格好の、素材は光っている感じの純朴そうな男子がそこにいた。
私はちょっぴり、ほっとした。
とんでもねえイケメンだったら、今頃、死亡推定時刻の向こう側にいた。
「俺、昨日、東京に来たんだけどさ」
「はい」
「なんかすごいね、みんな」
「はい」
小学生じゃない男子学生としゃべったの、はじめてすぎて、はいしか言えない。
この人も、私と同じ、乗り遅れ組なんだ。
たぶん、地方出身者だと思われてるみたいだけど、文京区から来ました。
実家の窓から、新宿の高層ビル群が、一望できます。
「ひとり?」
「はい」
「そうなんだ」
ちょっと待て。
視線を感じるぞ。
どう見ても、一軍女子グループみたいなギャルたちが、こっちをちらちら見ている。
やばい。
爆裂に浮いてる。
爆イケすべき場面なのに。
女と群れずに、男とだけ談笑する、やべーやつになってる。
文学少女のコスプレみたいな、場違いな格好で?
お化粧もせずに、すっぴんで?
コンタクトでもなく、眼鏡で?
違うんだ。
誤解なんだ。
はいのふた文字しか、まだ発していないんだ。
一軍女子たちに、目でアピールしても、眼鏡に太陽光が反射して、伝わらないんだ。
『なんかもう、途中から抜け出して、帰ったりしてた』
昨夜の玲香の声が、唐突にリフレインする。
そうだ。
逃げなきゃ。
『こんなパーティ抜け出して、俺と踊ろうよ』
レイくんの声まで聞こえる。
幻聴だ。
いよいよやばい。
逃げなきゃ。
心身の健康のために。
私は、目の前の男を捨てて、早歩きでキャンパスを抜け出した。
どう考えても、数百人はいた。
だとしても、全新入生の10分の1にも満たない人数だ。
あの場に現れた、コスプレ姿のやべー女は、9割の新入生が目撃していない。
大丈夫。
まだ、舞える。
まだ、あのキャンパスの空気、吸えるはず。
それより、適応しなきゃ。
弱肉強食は嘘。
適者生存こそが、この宇宙のルールなんだ。
環境に適応できない動物に、生き残る権利なんか、与えられないんだ。
私は無意識に、あの家とは逆方向の電車に乗り込み、母なる海へと帰っていった。




