第44話 大学入学前 新居5 yui
結衣 yui
ごはんにお味噌汁にお野菜。そして、ハンバーグ。
「ちゃんと、一汁三菜になったぞ」
満足した私は、自分の部屋の座卓に並べた作品たちを拝みながら、スマホで写真を撮る。
ママに送って反応を待っていたら、トイレから出てきた玲香が、私の部屋に入ってきた。
「あれ? 炊飯器なんてないのに、どうやって、ごはんなんて炊いたの?」
玲香が座りながら言う。
「ごはんは、お鍋で炊けるんだよ」
「えー。知らなかった」
「炊飯器は、置くスペースの問題もあるし、片付けたり、洗ったり、管理が大変だから、買わないことにした。余っても、保温しないで、すぐに冷凍しちゃうしね」
私が説明すると、玲香が感心した顔を作りながら言う。
「結衣ちゃんって、いろんなこと知っているし、家事、なんでも上手なんだね」
「なんでもじゃないよ」
「うーん。じゃあ、いままで見たやつはなんでも。私、料理だけは、まったくやったことないや」
玲香も、あの暮らしぶりだった関係か、自分のことは自分でなんでもできるみたいだった。
料理を見つめてじっとしている玲香に、私は声をかける。
「いただきますしよ」
「あ、はい」
ふたりで手を合わせて、「いただきます」を言う。
「これ、給食思い出す」
そんなことを言いながら、玲香が箸を取る。
玲香のところのお家ごはん体験できなかったけれど、玲香のお家では、いただきますしないのかな。
「食べよう」
私が食べはじめるのを、待たれている気がしたから、そう言って箸を持つ。
私が箸を持ったのを確認したら、玲香は素早い動作で、いきなりハンバーグから食べはじめる。
お味噌汁からだと思うんだけど、黙っておく。
「おいしい?」
「ハンバーグ好き」
なんか、きゅんとした。
あんまり、そういうストレートな感情表現を、しない人だと思っていたから。
私はうれしくて、つい、にやにやしてしまう。
変なやつだと思われたくなくて、ごまかそうと、口を開く。
「カレーにしようと思ったんだけど、家中にカレーの匂いが充満しても嫌だから、買い物かごに入れた食材をぜんぶ戻して、急遽、ハンバーグに変えたんだ」
この家の空気の入れ替え能力が、まだ未知数だった。
「正解だったわ」
そう言って、私もようやく食べはじめる。
「同級生の間で、カレー臭する女って、噂になっちゃうね」
ふたりで笑いあうと、玲香が続ける。
「小さい頃さ。お母さんが作るハンバーグ、好きだったんだよ。面倒だからって言って、いつの間にか、作ってくんなくなったけど」
そういうオチの笑い話として、玲香は笑っているけど、そういうの聞くと、泣いちゃいそうになるから、やめてほしい。
玲香は、いろんな意味で、ぎりぎりの冗談を言って、反応に困らせてくることが、ままある。
あのとき、あの家に、ご挨拶に行かなければ、いっしょに笑えたかもしれなかったのに。
「そう言えば、バイトを探す件はどうしたの?」
「もう、決まったよ」
ハンバーグを早速、食べ終えながら、玲香があっけらかんと言う。
私は驚いて、思わず箸を止める。
「はや。ていうか、言ってよ」
「自転車買った帰りにさ。通りかかったコンビニが募集してたから」
食べるのを再開して、私は玲香の話に耳を傾ける。
「『働かせてくんない?』って言ったら、『いつから来れますか?』って言われて、『なんなら、いまからでもいいですけど』って言ったら、『それはさすがに』って笑われた」
私も笑ってしまった。
「明日から行くわ」
「夕方?」
「オーナーさんが、明日は朝から夕方までのシフトみたいだから、最初だけは昼間に行くけど、その後は、たぶん、夕方からかな。昼は学校がある予定だからね」
玲香の人生は、展開が早いな。
「行動力、すごいな。玲香って」
「ん。お金、必要なだけよ。学費は4年分、用意できてるんだけど、生活費がねえ」
「え、すご」
私はあまりに驚いて、米粒を飛ばしてしまった。
座卓の上に落ちたそれを、拾いあげて食べながら話を聞く。
「中学行かずに、バイトだけしてた時期あるからねえ。すごくはないよ」
私がすごいよって思いながら、そうとは言わずに、咀嚼しながら顔だけでアピールしていると、玲香が表情を変えずに続ける。
「それだけ、無駄な時間を過ごした証。時給制だからね」
「いや、尊敬する。ほんとうに」
「やめて」
強い口調の拒絶ではなく、半笑いの「やめて」だった。
だけど、普段ならおどけたりするから、あんまりこういうことを、言ってほしくないんだなと、私は認識した。
本心なのに、伝えると喜ばれないのは、もどかしいものがある。
好きでやっているわけじゃないって、言いたいのかな。
それもそうか。
私が悪かったみたいだ。
「結衣ちゃんは、明日、大学の交流会? だっけ」
絶対、興味なさそうなのに聞いたのは、私が難しい顔をしていたからなんだろうなと思って、私は苦笑いしながら答える。
「そうなんだ。どきどきするわ」
「わんさかイケメンいるといいね」
「逆に困るわ、それ」
イケメンにまみれる自分を想像したら、笑ってしまった。
それを見て、玲香もにやにやしはじめた。
「文学部って、男子多いの?」
「ほぼ半々か、若干、男子のが多いって聞いた。共学は小学校以来だわ」
男子って、どんな生物なのか忘れたな。
レイくんのせいで、余計にわからなくなったまである。
「玲香の学校は、理系だから、逆に女子は少ないんだよね」
「10人に1人、よりは多い、くらいだったかなあ」
レイくんを、男の子と信じて、疑わなかった理由のひとつなんだよなあ、それ。
「高校の時も、理系クラスに入ったら、似たようなもんだったわ」
玲香が思い出すように、遠くを見つめながら言う。
「まあ、でも、理系男子は陰キャばっかりだから、みんな穏やかで、話しかけてみたら、割と親切だよ。向こうからは、あんまり話しかけてこないけどね」
「へー」
「ノリが意味不明なことも、多々あるけど」
「動物園だあ」
「あと、会話がミームまみれ」
具体的人物がイメージできないから、なんか、あんまり想像つかないな。
「文系男子は、チャラそうだね」
「ああ、確かに。ていうか、大学生全般そんなイメージだわ。女子も含め、だけど」
なんと言っても、人生最後の夏休み、だからね。
「文系男子は、両耳ピアスまみれなイメージ。トゲトゲのベルト首に巻いて、お散歩されたがってそう」
文系男子の概念、壊れる。
じわじわと、イメージが脳内に広がってゆく。
「どんなイメージよ。想像しちゃったじゃない」
私が笑っていると、玲香も、にやにや顔で続ける。
「えっち漫画で得た知識」
「便利な竿役じゃないの、それ。明らかに主人公ではないでしょ」
「さすが、詳しいじゃん」
私たちは食べるのも忘れて、きゃっきゃと笑いあった。
「玲香のとこは、入学前のそういうのないの?」
食べるのを再開して訊ねる。
「どうなんだろ。調べてないや」
「え」
「強制じゃないんだろうし、あっても行かないけどね」
「たのしも? キャンパスライフ」
「いやあ、向いてないよ。高校入ってから、学校行事サボってたし。なんかもう、途中から抜け出して、帰ったりしてた。単位、関係ないからさ。有給休暇と思って。学校行かずにバイトしてたわ」
「おまえさん、それ。有給だけど、休暇ではないよね」
玲香は、一汁三菜を一品ずつ順番に制覇する食べ方をしながら、笑っていた。
「キャンパスライフやってきなよ。結衣ちゃんの話を聞くほうが、自分で体験するより、おもろそう」
どういう意味だと思ってじーっと目を見ると、玲香が顔を隠すようにして味噌汁をすすった。
「ごちそうさま」
食べ終えた玲香は食器を持って、キッチンへと洗い物に向かった。
私はその姿を、かわいいなと思いながら見送る。
「お料理好きだけど、片付けるの嫌いだから、助かるわ」
「ほんと?」
玲香は、私が食べ終えて空になった食器も、運んでいく。
「私、好き嫌いないから、嫌いなこと頼んでくれていいよ。好きなのは譲ってあげる」
そう話しながら、玲香は、にこにこしていた。
好き嫌いのない人間なんて、いないと思うんだけど。
人には感情ってものが、必ずあるでしょ。
「あ、得意不得意はあるけどね」
玲香が食器を洗いはじめた。
「学校行きながら、働こうとしている人に、そんな頼めないよ」
私の声は、水の音で、聞こえなかったみたいだ。
明日の交流会。
どんな人たちが集まるんだろう。
中高一貫で、代わり映えのしない面子と過ごしてきたから、知らない子ばっかりなの、緊張するなあ。
うちの学校からも、入学者は例年10人くらいはいるはずだけど、親しい子は誰もいないんだよなあ。
なにを着ていけば、いいんだろ。
大学は制服がないから困るなあ。
服選びのセンスに、自信ないんだよね。
そういうの得意な妹を見てると、自分は才能ないとわかるから。
急にそわそわして、私はあまり眠れなかった。




