第43話 大学入学前 新居4 yui
結衣 yui
玲香は朝ご飯を食べない。
「食べはじめたら、意外と食べられることが発覚したんだけどねえ」
「そんなの、どこで発覚するのよ」
昨日、帰りに買っておいたサンドイッチを食べながら、私は応じる。
私は無断で玲香の部屋に侵入し、彼女の部屋の座卓に堂々と食べ物を広げて、布団に寝転ぶ玲香とおしゃべりしていた。
「食べる習慣がないから、朝、お腹空かないんだよねえ。もうそういう身体になってる」
玲香は、そう言いながら、いつの間に手に入れていたのかよくわからない、駅とかで無料で配られている求人情報誌をぱらぱらとめくっていた。
ジャージ姿のままの私とは対照的に、玲香はもう着替えを済ませていた。
どこかへ行くつもりみたいだ。
「東京って、時給高いんだねえ」
「そんな違うんだ」
バイトしたことないから、時給という概念が、あまりピンとこないなあ。
なんて思いながら、私はサンドイッチをむしゃつく。
「だいぶ、違うねえ」
たまに、お茶を流し込む。
「これなら、週4くらいでもいけそう」
玲香はにこにこしながら、求人情報誌のページをめくっている。
「週休3日だ」
バイト行かない回数が、自動的に週休になるんだ。
それにしても、少ないなあ、休み。
学校は週5であるし、大変じゃないかと、私は思う。
勉強もしなきゃだし、いつ遊んだりするつもりなんだ。
大学生って、もっと遊ぶもんでしょ。
人生最後の夏休み、みたいなもんだよ。
私とは、遊んでくれないのかな。
「大学って夏休み長いみたいだから、夏休みに頑張ることにすれば、普段はそんなにバイト行かなくても、いいんじゃない?」
求人情報誌に目を落としていた玲香が、顔をあげた。
「天才だね。結衣ちゃんって」
「え。天才って、気軽になれるものなんだねえ」
玲香はきゃっきゃ笑いながら、求人情報誌を閉じた。
どんなバイトをするつもりなんだろうか。
「今日は自転車を買いに行こうかなと思ってる」
「あ、そうなんだ」
玲香がサンドイッチをむしゃむしゃやっている私を見つめてくる。
「結衣ちゃんも、いっしょに自転車買いに行く?」
私は、お茶を飲んでから答える。
「私、自転車乗ったことないし、やめとく。電車通学になるし、駅までくらいなら歩けるから」
「都会の人は、よく歩くって、ほんとなんだねえ」
「都心はそもそも、自転車を停めるところがないよ」
「そうなんだ。田舎じゃ、自転車ないと、生きていけないよ」
私は、玲香の暮らした町に思いを馳せる。
あまり、思い出したくない記憶も、いっしょに蘇ってきたりする。
私は、意識をこの街に戻して言う。
「このあたりは、自転車もよく見かけるから、あったら便利かもね」
「バイト先を探すにしても、通うにしても、ないと不便だからねえ。学校も自転車で通おうかなって。使わないとき、結衣ちゃんにも貸してあげるよ」
「乗れるかなあ」
「結衣ちゃん、スポーツやってたみたいだし、私より運動神経ありそうだから、大丈夫じゃない?」
私は相変わらず、中学生みたいな格好の玲香を、まじまじと見る。
だぼっとした服を着ているから、身体のラインがまったく見えない。
これだと、運動神経ありそうなのか、わからないなあ。
部屋着になると、急に露出度高まるんだけど、この人。
家では、裸足にノーブラ派みたいだし。
昨日、ちらっと乳首見えてたときあって、気まずかったなあ。
胡座かくから、ショートパンツの隙間から、ちょくちょくパンチラしてんだよなあ。
「え、なんか変?」
舐め回すように見ていたら、玲香が勘違いして自分の姿を確認しはじめた。
「いや、かわいい格好してるなと思って」
とりあえず、ごまかしておく。
かわいいのは、かわいいけどね。
「これ、中学の頃から着てる」
「あ、ほんとに中学生スタイルなんだ」
私が笑うと、玲香が不服そうに睨んで言う。
「ほんとにってなによ」
「あ、そっち?」
中学生スタイルは、自覚あるみたいだった。
私のことも、文学少女スタイルって名付けたからね、そのお返しだ。
そう思って笑っていると、玲香も笑いはじめた。
玲香が出かけようと立ちあがったので、私は食べるのを中断して呼び止める。
「今日の晩御飯さ。私が作るって言ったら食べる?」
生活習慣の違いを感じつつ、訊ねてみた。
「さすがに悪いからいいよ」
断られるのは、想定していなかった。
食べたいって言葉が聞きたくて、訊ねたみたいなものだった。
どうも、聞き方が悪かったみたいだと、私は考え直す。
「ひとり分作るよりも、ふたり分作るほうが、食材も余らないし、作るのも楽だから、いっしょに食べてくれたら、私が一方的にうれしいし、助かるんだよね。だから、お願いしてもいい?」
「はい」
やっぱり、そう言ってくれるよね、玲香って。
自分だけのために料理をする気って、あんまり起きないんだよね。
なによりも、玲香といっしょに食べたいんだよね。
食べさせて、あげたいんだよね。
「洗い物くらいはします」
そう言い残して、玲香は自転車を買いに出かけていった。
私は、新しいサンドイッチの袋を開封しながら、考える。
ネットで知り合ってから、2年8か月。
リアルで知り合ってから、1か月かあ。
だいぶ、玲香のことがわかってきた。
あの人は、いつでも他人の感情を優先したい人なんだ。
気分による揺らぎみたいなのがなくて、自分の中のルールに従って瞬時に、ほとんど反射的に判断を下している感じがする。
そこに、玲香自身の感情の介在を感じない。
自分のこと、なんだと思っているんだろう。
ぶれがなくてわかりやすいから、逆にすぐ気づけたけど、あそこまで極端な人は、はじめて出会った気がする。
ネット上のレイくんというキャラが、そういう人格なんだと思っていたけど、普通に玲香の素がそういう人だった。
「レイくんって、やっぱり三上玲香なんだなあ」
玲香は、たまにふざけて、レイくんが言わないような、変なことも言うけど。
ネット世界のレイくんなら、理想のイケメンでしかなかったんだけど、実体を伴った三上玲香がそれなのは、なんか危ういものを感じるなあ。
サンドイッチをがぶがぶしながら、私は考える。
晩御飯、なにを作るか迷うんだけど、食べたいものを聞いたら、あの人にはストレスだよね。
私の頭の中を覗いて、答えを探しそう。
自分の頭の中を、開示してほしいだけなのに。
「机の上に、千円札を置く文化から来た人なんだもんなあ」
確かに、合理的ではあるよ。
ただ、家族の関係って、そんな結果だけを、ぽんって出すようなものでいいの?
せめて、手渡し、じゃないか。
私なら、そう思うんだけどなあ。
他人の家庭に、とやかく言うのも、どうかとは思うから、言わないけどさ。
「中学生が好みそうな料理でも作るかあ」
そう決めて、私は買い出しに向かった。




