第42話 大学入学前 新居3 reika
玲香 reika
昨夜は、急にめそめそしはじめた結衣ちゃんだったけど、朝になったら、すっかり、いつもの調子に戻っていた。
ルームシェア誘って悪かったかなって、思っちゃったけど、なんか大丈夫そうだ。
買い物のために、結衣ちゃんが呼びつけたパパさんの車の中で、どこに向かっているのかもわからないまま、私たちはおしゃべりに興じていた。
「おまえさんたちは、元気だねえ」
後部座席で、きゃっきゃ言いながら騒いでいたら、運転席にいるパパさんが、呆れたように、そう漏らす声が聞こえてきた。
正味、話すことは、無限にある。
ネットだけで交流していた期間が長かったから、あのとき、ああだったとか、こうだったとか。
あのときのあれって、なんの音だったのとか。
レイくん時代のことを、深くつっこまれると、なんとも言えないものがある。
イケボを使った悪ノリとしか言えない所業を、根掘り葉掘りされるのは、ギャグの説明を求められた芸人さんの気持ちと、似ているのかもしれない。
結衣ちゃんは、生娘っていうか、純粋で、なんていうか、心がきれいな子だと思っている。
恥ずかしげもなく、まじめな顔で、私の悪行をつついてくる。
そして、いい思い出みたいに、幸せそうに語るんだ。
妹ちゃんは、結衣ちゃんのそんな一面を、「少女漫画に脳を焼かれている」と評したのかな。
少女漫画、あんまり読まないんだよなあ。
結衣ちゃんのことを知るために、ちょっとは履修しておいたほうがいいのかな。
対象年齢ドンピシャだった頃は、お金がなくて、漫画を買ったりできなかったから、いつの間にか、通り過ぎちゃったんだ。
その反動で、自分で稼げるようになってからは、電子書籍の沼にハマってしまった。
◇
家具インテリアと、でかでかと書かれた大きな建物に、車が吸い込まれてゆく。
立体駐車場を、ぐるぐる登っていく様子に、目が回りそうになる。
車を降りて店内に入ると、パパさんがカートを押してくれる。
結衣ちゃんは、車内で話していた、私たちの生活に必要なものを、手際よく放り込んでゆく。
調理器具に、掃除道具。
ドライヤーや電気ケトル、コードレス掃除機なんかの小型家電。
お風呂用品とか、洗濯かご。
お皿とか、お椀とか、お箸とか、置き時計とか。
果ては、なんに使うのかもわからない棒とか、板みたいなものまで。
私は一歩離れて、後ろから、ふたりの背中を追いかける。
あっという間に、買い物かごは、いっぱいになった。
私は、もうひとつ買い物かごを持ってきて、そっとカートの下の段に置く。
「玲香」
呼ばれたので駆け寄ると、プラスチックのコップを指差して、
「洗面所狭いからさあ。共有でいいよね?」
結衣ちゃんが言うので、
「歯ブラシも共有でいいぞ。結衣」
と、私はイケボを再現しようとする。
「レイくんはそんなこと言わない」
「バレたか」
「何色が好き?」
「何色が好きなんだろ」
不思議そうな表情で、結衣ちゃんに顔を覗き込まれた。
「これにする」
黄色のやつにしておいた。
結衣ちゃんのスマホケースの色に似ていたから。
「私もそれいいと思った」
「君の好きな色を選んだんだよ、結衣」
「んん?」
レイくんが、ぎり言うかもしれないラインだったみたいだ。
オンザラインとして、判定はセーフとさせていただこう。
「細かいのは、こんなもんかなあ」
結衣ちゃんが、首を傾げながら言う。
「あとは、カーテンと、敷布団と、ローテーブル、ダイニングに置く収納でしょ」
「衣装ケース」
「あ、それもあったね」
あまりにたくさん買ったものだから、パパさんが乗ってきたアウトドア用の大きな車でさえ、トランクの中には入り切らなかった。
仕方なく、私は荷物を抱えながら、後部座席へと乗り込む。
運転席と助手席で繰り広げられる親子の会話をBGMにして、たまに求められて茶々を入れながら、家までを過ごした。
◇
家に帰って、戦利品を運び込む。
キッチンで結衣ちゃんが作業をしている間、組み立てが必要な家具をパパさんといっしょに組み立てる。
「ちょっと、そっち持ってて」
パパさんは、もはや娘に指示するみたいに、私を手足として使って、家具を完成させてくれた。
重たい荷物の運搬といい、家具の組み立てといい、力のある大人の男性が手伝ってくれて、私たちはとても助かったのだった。
個人で持ち込んだ細かい荷物以外は、概ね片付いた。
興味津々で、パパさんが、私たちの家の中を見回している。
私の部屋を見て、パパさんが固まった。
「玲香さんって、ミニマリスト?」
「おい、やめろ」
なぜか、結衣ちゃんに引っ叩かれてた。
パパさんが悲鳴をあげたので、私は笑った。
◇
パパさんをお見送りしようと、車のところにやってきた。
「家具とか、電化製品とか、いろいろ、ありがとうございました」
私はぺこりと、頭を下げてみせる。
結衣ちゃんのおまけで、たくさん、おこぼれをいただいてしまった。
「入学祝いだよ」
パパさんが、にこっと笑って言う。
「またね」
結衣ちゃんと抱き合うと、パパさんは車に乗り込んだ。
「ありがとー!」
結衣ちゃんが、手を振るのを見て、私もいっしょに手を振る。
車はすぐに、見えなくなった。
「ちょっと早いけど、先に晩御飯、食べに行く?」
結衣ちゃんに言われて、日が暮れかけていることに気がついた。
「お腹、空いちゃった」
結衣ちゃんの言葉を聞きながら、私はあることを思い出した。
「あ、私、五千円札。持ってるんだわ」
「ん? 五千円札?」
「入学祝いに、ご飯。ご馳走してあげるよ」
「え?」
「豪遊しようぜえ」
「ふふ。謎だけど、ありがとう」
駅前に向かった私たちは、ちょっとお高めのレストランに入って、豪華なお食事をいただきながら、またも、他愛のないおしゃべりを繰り広げた。
入学祝いは、ただの楽しい思い出のひとつに変わった。
お会計は、五千円札だけじゃ、足りなかった。
◇
夜遅く。
先に片付けを終えた私は、一足先にシャワーを浴び、いつもの部屋着姿になって、店長からいただいたパソコンの動作確認をしていた。
これは、とても大事なんだ。
壊れたら、買い直すのは容易ではない。
畳の上にパソコンを置き、買ってきた座卓の上に、モニターやらを置く。
お行儀悪く、胡座をかいて座り、無事に起動することを確認する。
インターネットが通じていることはわかっている。
なぜなら、スマホのWi-Fiが、すでに繋がっているからね。
満足していると、遅れて片付けを終え、シャワーを浴びていた結衣ちゃんが、これまた昨日と同じジャージ姿で出てきた。
ドライヤーで乾かしたきれいな長い黒髪を、後ろで束ねながら、私の横に座ってくる。
黒背景のデスクトップ画面には、ふたりで遊んだゲームのショートカットが雑然と並んでいる。
それを見て、にこにこしながら、結衣ちゃんが私の顔を覗き込んできた。
結衣ちゃんは、髪が長いから、近くにくると、シャンプーのいい香りが漂ってくる。
「むらむらするじゃねえか」
結衣ちゃんは、どっと笑った。
さすがに、肘で小突かれた。
「私の中のレイくん像が、壊れてゆくからやめて」
「まんざらでもない顔しやがって」
私は追い打ちをかける。
結衣ちゃんは、私に肩をぶつけながら、げはげは笑った。
結衣ちゃんにしては、お清楚みが足りない、きたない笑い声だった。
それじゃ、どっかの誰かさん、みたいだ。
「そうだ。レイくんやってみせてよ。パソコンの機能でやってたんだよねえ」
私はわくわくしながら、ボイスチェンジャーを起動しようとする。
というか、もうとっくに起動していた。
勝手に起動するように、設定してあるからね。
動作確認もバッチリってわけだ。
『結衣ちゃん』
私はできるだけ、生声が耳に届かないように、口元を覆い隠しながら、ヘッドセットのマイクにそっと語りかけた。
「わあ。ほんとに、レイくんだあ」
スピーカーから鳴るイケボを聞いて、結衣ちゃんは感動していた。
私の顔をじっと見てくる。
「え、ちょっと見ないで」
レイくんをやっているときの顔は、企業秘密でしょうよ。
結衣ちゃんは、小悪魔的な微笑みを見せながら、私に指示する。
「ねえ。『好きだよ、結衣ちゃん』って言ってみて」
「えぇ」
「私を騙した罰として」
結衣ちゃん、それはあまりに、欲張りがすぎる。
こんな、本人を前にして、やることじゃないんだよ。
小悪魔が、悪魔になりそうだったので、私は屈服した。
「目、閉じて」
結衣ちゃんは、素直に目を閉じる。
お風呂あがりのピンク色の唇が、潤いに満ちてぷるんってしていて、それこそ「むらむらするじゃねえか」って言いたくなってくる。
いま、ふざけたら、殺されそうなので、まじめにやる。
『好きだよ。結衣ちゃん』
結衣ちゃんの唇の形が変わる。
にやにやが止まらないみたいだ。
その顔、やばいよ。
ご両親には、見せられない。
『結衣ちゃんは?』
「うふ」
『教えて』
「す、しゅき」
『聞こえないなあ』
「大好きです!」
『いい子だね』
「はい」
『結衣』
「あっ、あっ」
『かわいいね』
「し、しぬ」
目を閉じたままの、結衣ちゃんが肩を震わせている。
私は、調子に乗って、結衣ちゃんのきれいな髪を、そっとなでてあげる。
「ありがとうございます!」
その反応はさ。
もはや、ごっこじゃなくて、プレイだよね。
結衣ちゃん、さすがにあなた、えっちすぎる。
『えっちだねえ』
結衣ちゃんが、急に正気に戻ったように、ぱちっと目を開いて、私を睨んだ。
汚物を見るような目だった。
生まれてごめん、って思った。
「レイくんは、そんなこと言わない」
私たちは、ほとんど同時に、どかどかと笑いだした。
マイクに拾われたレイくんの声も、同じように笑っていた。
結衣ちゃんの中のレイくんは、どこまでも神聖な存在なのだった。




