第39話 大学入学前 田舎町1 reika
玲香 reika
スーツを着た引っ越し屋さんの営業のお兄さんは、私の部屋を見渡すなり、
「この量は、宅配便で送ったほうが安いっす」
きっぱりと、そう言い放った。
営業する気が感じられなかった。
言われてみれば、確かにそうかもと、私は納得した。
お兄さんは、宅配便と価格勝負を挑むほど、馬鹿じゃないと言いたそうだった。
「段ボール、何枚か持ってきちゃったんで、差し上げますよ」
せっかく呼んでおいて、申し訳ないことをしたなと思った私は、小粋な雑談くらいはしようと思い、お兄さんと立ち話を続けた。
小一時間、話したら、気をよくしたのか、哀れに思えてきたのか、段ボールを恵んでくれた。
「ありがとうございます」
「段ボールに入らないくらい、大きいものは置いていって、現地で新しいのを買い直したほうがいいっすよ」
「はい」
「服なんかは、緩衝材代わりにするか、旅行鞄にでも詰めれるだけ詰めて、自分で持ち運んだらいいんじゃないっすか」
最後にそれだけ、アドバイスしてくれた。
◇
東京へ向かう前日の朝。
いつものように、リビングのこたつを見ると、お金が置いていなかった。
晩御飯は、お母さんが作るって意味だ。
その日の晩御飯は、ハンバーグだった。
ハンバーグを見たの、いったい何年ぶりだろうか。
「意外と面倒くさいのよ」って言って、もう作らないと宣言していた記憶が蘇る。
あれは小学校のときかな。
中学だったかな。
忘れた。
今日は、帰りが早かったから、気分がよかったのかな。
「おいしい?」
「うん」
いつもどおり、特に話すこともなく、垂れ流しにされているテレビをぼんやり眺めながら、食べ終えた。
立ちあがると、お母さんに呼び止められた。
「これ、旦那から」
小さなポチ袋に、「入学祝い」と書いてあった。
受け取って頭を下げると、三上さんは笑ってた。
「独学で国立大なんて、ほんとにすごいね。お母さん、会社のみんなに自慢しちゃった」
「そんなでもないよ」
まあ、独学ではないけどね。
ゆいちゃんがいたから。
私は、用もないので、部屋へと戻った。
「あんたさあ」
「わ」
部屋に入ったところで、いきなり後ろからお母さんに声をかけられて、私はびっくりして、自分の部屋で転びそうになってしまった。
お母さんは部屋の扉を閉めた。
三上さんに聞こえないようにしたいのだ。
いつも思うけど、なんでこんなに秘密主義なんだ。
夫婦なんだから、別になにを聞かれてもいいじゃないかと思うんだけど。
「お金あるの?」
お母さんが真顔で訊ねてくる。
心配するなら、さすがに、遅すぎる。
お母さんと違って、私はそんなに、無計画な人間ではない。
「4年分の学費くらいはある。だから、生活費だけ向こうで」
「え、すごいじゃん」
かぶせるように、お母さんが言う。
「ふーん」
値踏みするように私のことを見ると、お母さんの視線は、手に握られたままのポチ袋に注がれた。
「ねえ、それ、いくら入ってた?」
「え、まだ見てないけど」
開けるのを待つ様子を見せたので、私はポチ袋を開けて中身をあらためる。
五千円札が、一枚だけ入っていた。
「はは。交通費にもなりゃしないね」
お母さんが笑って言う。
私は、笑えなかった。
「ただのお金と考えるなら、そうなるね」
「まあいいや、勉強頑張ってね」
「うん」
お母さんが部屋を出ていこうとする。
思い出したように、また声を出す。
「そういや、あんたさ。いつの間にか、スマホ持ってたよね」
「はい」
「連絡先教えといてよ。なんかあったら困るでしょ」
いや、困らないけど。
そう思ったけど、おとなしく連絡先を交換した。
まあ、緊急連絡先とか、書くこともあるか。
私は、不動産の申込書類に、緊急連絡先を書けなかったことを思い出した。
実家の固定電話なんて、とっくに解約されていたから。
「いいとこ就職しなよ」
お母さんはそれだけ言って、部屋を出ていった。
気が早い人だなと思った。
私は、手に握った五千円札を広げて見つめた。
交通費にもならない額だけど、給料をぜんぶ、お母さんに握られている、お小遣い制のあの人にとって、これは貴重なお金のはずだ。
「こんな貴重なお金、いただいていいんだねえ」
大学進学ってお得だなと、私は思った。
お金は忘れないうちに、財布にしまっておいた。
◇
朝起きると、いつものように誰もいなかった。
あの人たちの朝は早い。
なんと言っても、6時過ぎには、家を出るんだから。
そりゃ、夜も早くに眠るはずだ。
私は寝坊しがちだから、そんな時間に起きたことがない。
その点は、あの人たちの、尊敬できるところだ。
準備を整え、家を出る前に、自分の部屋を見渡してみる。
敷布団だけは、段ボールには入らなかった。
仕方ないから、置いていくことにした。
私が和室担当だし、畳の上だから、なくても平気かな。
小さい頃からずっと、いっしょに過ごしてきた掛け布団だけは大事だから、なんとかしてぎゅうぎゅうに詰め込んで、新居に送りつけてやった。
昨日は掛け布団がなくなって、寒かったけど、敷布団だけ残したおかげで、最後まで硬いフローリングの上で寝ないで済んだ。
敷布団と、学習机と、壊れたブラウン管テレビだけになった部屋を眺めてみる。
小学校に入るときに、お父さんに買ってもらった学習机は、もう私には必要ないから、今日でお別れだ。
結衣ちゃんと通話しながら、勉強した日々を思い出す。
「さよなら」
それだけ言って、家を出た。
たぶん、あの家というか、あの部屋というか、あの学習机に対して、私はそう言いたかったのだと思う。
家の鍵は、ポストに突っ込んでおいた。
東京行きの新幹線を待つ間、いただいたポチ袋は、駅のホームでごみ箱に捨てた。
東京駅に着くと、試験のとき以来、久しぶりに、結衣ちゃんの出迎えがなかった。
結衣ちゃんは、先に不動産屋さんから、鍵を受け取って、部屋の掃除でもしながら待っていると言っていた。
私が送りつけた荷物の受け取りも必要だから。
東京も、4回目ともなると慣れたもの。
とは、いかなかった。
電車の乗り換えはアプリでなんとでもなるけど、駅の中の移動はまだ慣れない。
目的のホームを探して、彷徨ってしまう。
都会っ子の結衣ちゃんがいれば、彼女を追いかけるだけなんだけどな。
電車はどうも苦手だ。
人が多すぎて、めまいがする。
人の感情が渦巻いていて、とてもストレスだ。
毎日毎日、こんなに多くの人間の邪魔にならないように、行動しないといけないなんて、東京の人は気が狂わないのだろうか。
最寄り駅に着いたら、役所に立ち寄って、転入届を出す。
晴れて、この街の住民になれたみたいで、気分がよかった。
「シャバだ」
役所を出る際、ひとりでそう言って、私は笑った。
子どもを連れた母親とすれ違うと、なんだこいつという顔で、子どもが私を見ていた。
私は余裕を持って、微笑み返してやる。
見てはいけないものを見たと気づいたのか、子どもは私から目を逸らした。




