第37話 大学入学前 東京1 yui
結衣 yui
3月上旬。
国立大の前期試験の合格発表を待つ間。
私たちは、前期試験に落ちた場合のことは考えなかった。
なんか、勉強が手につかなかった。
終わった気になっていたのもあるし、燃え尽きたのもある。
私たちは、勉強よりも、物件探しに夢中だった。
ふたりで通話を繋ぎ、画面共有して、きゃっきゃ言いながら不動産屋さんのウェブサイト上で、ああでもない、こうでもないと言いながら、物件を探した。
一人称が「私」になっていて、完全に玲香なんだけど、イヤホンから聞こえてくる声がレイくんのままで、私は頭がおかしくなりそうだった。
パパが私に与えた条件は、「オートロック」だけだった。
玲香は、家賃が抑えられるなら、なんでもいいみたいだった。
「ここはどう?」
と言って、たまにひと部屋しかない物件を見せてきた。
「いや、玲香。どこで寝るつもり?」
私が訊ねると、
「ふたりでひしめき合おうかなと」
なんて、イケメンボイスで言ってきて、
「やめてよ、もう」
私はいろいろな意味で困らされた。
最寄り駅は、玲香の大学の近くにすると決まっていた。
私たちの同居の目的は、玲香の節約にあったし、私は親元から自立したいという名目でしかなかったから、極端に通いにくくなければ、どこでもよかった。
大学に通いやすいということは、実家からも、そんなに遠くはなり得ない。
私たちの物件探しは、途中から、パパとママ、妹まで加わり、三件ほどの候補を絞って、パパがおすすめする、最寄り駅の地場の不動産屋さんに、見積もり依頼と内覧希望を送った。
前期試験の合格発表の翌日に、玲香が合格していたら、東京で会おうと約束して、私たちはその日を待った。
玲香は無事、合格を掴んだ。
自信がありそうだったから、驚きはそれほどなかった。
私は、彼女の門出を、オンライン上で、一足先に祝福した。
合格発表の翌日。
私は、東京駅に玲香を拾いに行って、彼女の大学の最寄り駅にある不動産屋さんへといっしょに向かった。
◇
出迎えたのは、茶色く染めた長い髪を後ろでまとめて、パンツスーツを着た、若い女性の職員だった。
大学卒業したてくらいの年代かな。
三件あった候補のひとつは、もう埋まってしまったそうで、残りの二件のうちひとつも、誰かに仮押さえされ、キャンセル待ちとのことだった。
仕方なく、私たちは残り一件の内覧に向かう。
「ここも急がないと、手遅れになっちゃうかもですねえ」
そう話す女性職員に連れられて、玲香とふたりで顔を見合わせながら歩く。
新生活シーズンで、良い物件は争奪戦なのだとか。
私たちは、どちらかと言えば、出遅れ組らしい。
「おふたりって、どういうご関係なんですか? 姉妹とか?」
「他人ですよ」
玲香が答えるのを、私は見守る。
私のほうが背丈がひと回り大きいし、玲香は相変わらず、中学生みたいな格好をしているから、たぶん、私のほうが姉だと思ってそう。
「なるほど、お友だちなんですね」
「お友だちっていうか、まあ、はい」
なんで、玲香って、私を友だちって言われると、否定しようとするんだろう。
私は、普通に友だちと言ってもらって、構わないと思っているんだけど。
なんか線引きがあるのかな。この人の中で。
玲香の顔を見ながら歩いていると、職員の女性が言う。
「いいですねえ。私も、そんな大学生活やってみたかったです」
◇
三階建て低層マンションの、最上階の角部屋。
日当たりが良くて、現状は空き部屋でカーテンもないから、電気をつけなくても明るい。
入居予定が決まっていたのに、急なキャンセルが入って空いたのだとか。
玄関の脇に、大きな収納スペース。
空間に無駄がない設計を感じた。
学生向けというよりも、結婚したばかりの夫婦が、ふたりで住むような想定の物件らしい。
代わりに、学生のひとり暮らし向け物件よりも、ワンランク設備の内容がいいと、おすすめしてくれた。
「バス、トイレ別ですし」
職員の女性が、玄関を出てすぐのところにある洗面所を見ていた私に言う。
「ふたり暮らしで、ユニットバスは不便ですからねえ」
そう付け加えながら、女性はこの物件の、おすすめポイントを解説してくれる。
短い廊下を出た先には、壁で仕切られた和室と洋室がベランダで繋がっていた。
部屋の手前のスペースはダイニングという扱いになるそうだけど、ふたりで食卓を囲むには、ちょっと狭そうだった。
ここに座卓とか置いたら、邪魔で歩きにくそう。
「ダイニングはたぶん、通路になっちゃうね」
「収納でも壁に寄せて置いとく?」
私が言うと、玲香が提案してきた。
共用の生活用品でも収納するかと、私もぼんやり考える。
食事はどっちかの部屋で、いっしょに食べればいいかな。
ダイニングを挟んで、廊下の反対側はキッチンになっているようだった。
こじんまりしたキッチンスペースだ。
小姑のように、私はキッチンに入り込んで、作業性などを確認してゆく。
「ガスコンロ、3口ありますよう」
んなもん、見りゃわかんだよ。
私は職員の女性のセールストークに惑わされないつもりで、吟味する。
片っ端から扉を開け、食器や調理器具などが、ストレスなく出し入れできるかどうかのイメージを固めてゆく。
身体をくるくる回転させながら、背後に置くしかない冷蔵庫と、調理台の物の出し入れが問題なく出来るか、シミュレーションする。
レンジフードの仕様も入念に確認する。
スマホで型番を調べて、掃除の仕方も、念のため、やりやすそうか見ておく。
職員の女性が、なんとなく嫌そうな顔をして、黙って私を見ている。
玲香が、なにやってんだこいつという顔で、私を見ている。
「大丈夫そう」
職員の女性の顔がぱっと明るくなった。
遅れて、玲香の顔も、ぱっと明るくなった。
私って、なんだと思われていたのだろうかと思いつつ、ダイニングに戻って、家全体を見渡す。
なんとなく、生活するイメージがわいてくる。
玲香と顔を見合わせて感想を伝える。
「いいね」
「はい」
はいってなんだよと思いつつ、私は玲香に頷いてみせる。
玲香がにこっと笑う。
たぶん、玲香自身には、こだわりがなんもない。
私が満足したら、合格と思っているのだろう。
私だけが、口うるさい人間みたいに思えてくる。
「オートロックで、エレベーターもありますし」
女性が念を押してくる。
いますぐ契約書に判を押して欲しそう。
「これが、オートロックのインターホンですよ。ピンポン鳴ったら、解錠ボタンを押してあげれば、オートロックの扉が開きます」
「へー。便利ですね」
玲香が感心してた。
実家がオートロックだから、私は知っていた。
玲香の家は、公営住宅の一階で、誰でも入り放題だったことを思い出す。
確かにパパの言うとおり、オートロックじゃないと、防犯上、危ないかもと私は思う。
「どうですか」
女性に訊かれ、私たちは顔を見合わせて、頷いた。
「じゃあ、戻って、書類、書きましょうか。急がないと誰かに取られちゃうかも」




