↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/108

第36話 高校卒業後 田舎町10 yui

  結衣 yui


 翌朝。


 目が覚めると、もうこの家には、私と玲香のふたりだけだった。


 昨夜のあれは、夢だったりしないかなと思ったけれど、リビングのこたつの上に、また千円札があるのを見て、確かにあの人たちは、いたんだなと実感した。


 たばこの灰皿や、お酒は片付けられ、昨日、ここに来たときの状態に戻っている。

 この家の生活習慣みたいなものを、まざまざと感じた。


 ほとんど、寝に帰る場所なんだ。


 玲香は備蓄のカップラーメンを食べようと言って、こたつの上にふたつ、お湯を注いだカップラーメンを置いてみせた。

 上に割り箸が乗っている。

 こたつの上に、千円札が置いていないのにも関わらず、お母さんの帰りが遅い日もあって、そういうときに、急遽、晩御飯として食べる用なのだという。

 普段、朝はなにも食べないのだとか。


 カップラーメンをいただきながら、私は訊ねる。


「お母さんたち、朝、早いんだね」

「6時くらいには、家を出るからね」


 職場が遠いのか、始業時間が早いのか。

 いずれにしても、私は驚いた。


「それは疲れるだろうね」

「まあね。夜、寝るの早いんだよ。うちらも昨日は、早く寝たけどね。挨拶、間に合ってよかったわ。せいぜい、30分もあるかどうかよ。挨拶できるタイミングって」


 確かに、挨拶したあと、玲香のお母さんは、すぐにお風呂に入ってしまったみたいだった。

 間一髪だったわけだ。


「家でまったく顔を合わせない日がほとんどかな。私も久しぶりに会ったわ」


 ラーメンをもぐもぐやりながら、あっけらかんと玲香は言う。


「バイトしてたときは、帰ってくると寝てるし、起きたらいないって感じだったから、まったく会わなかったなあ。受験はじまったら、私は部屋でずっと勉強してたし、帰ってきても、あんな感じだからさ」


 どんな感じかは、容易に想像できるようになってしまった。


「わざわざ、部屋から出ない。たばこの臭い、嫌いだから。身体にも悪いしね」


 おしゃべり好きの玲香にしては、不思議な関係性だなと思って、私は訊ねる。


「せっかくだから、家にいる短い時間でお話したりとかは」

「話すことないかなあ」

「普段あんなにおしゃべりするのに。もう大人だから? いつからそうなの?」

「ん。いつからって、うちはずっとこうだけど」

「そう」


 あまり深堀りしないほうがよかっただろうかと、私は反省して話題を変えた。


「お母さん、私たちの同居って許してくれたのかなあ」

「知らん」


 玲香は即答する。

 私は心配になって訊ねる。


「反応が薄かったから、実は、私のこと嫌だったとか」


 玲香は首を横に振って応じる。


「私のやることに干渉してこないから。いいも悪いも、許すも許さないも、好きも嫌いもないよ」


 ラーメンを飲み込むと、昨日コンビニで買ってきたペットボトル飲料を口に含んで飲み、玲香はきっぱりと言う。


「やるかやらないかだけ、私が。今回に限らず、昔から。だから、お母さんがどう思うとか、気にしなくていいよ」


 私はなにも言えなかった。

 玲香がまた割り箸で麺を持ち上げながら言う。


「どうせ、なんも思ってないよ」

「そっか」


 だから、中学を卒業して、高校に行かなかったり、やっぱり、あとから高校に行ったりするんだ。

 普通、強く反対されて、無理やりにでも、行かされたりとかするもんなあ。

 いいんだ。

 この家じゃ、なにをしたって。

 なにをしなくったって。

 干渉しないって、そういうことなんだ。

 本人の意志を尊重している、つもりなのかな。


 私はどうしても気になっていたことを、我慢できなくなって、訊ねてしまう。


「あの男性は?」

「三上さん」


 普通のことみたいに、玲香は即答した。


「お父さん?」って、聞き返す勇気は、私にはなかった。


「あの人、毎日、晩酌するから。たばこはもう辞めたのかな。知らんけど。まあ、三上さんのことは、それこそ、気にしなくていいよ。なんも言われたことないし。私のやることに、なんか口を挟むってないから」


 私はどんな顔をしていいのかわからなかった。

 玲香が私の顔を見て、一瞬、固まってから続ける。


「たぶん、お酒飲んでたし。本人、昨日のこと覚えてないと思う」


 カップラーメンを食べる手が止まってしまっている私に、玲香が短く言う。


「忘れて」


 そう言われても、忘れられるわけなかった。

 強烈すぎるし。キャラ的にも、存在感的な意味でも。


「未成年じゃないから、親の同意なんていらないし」


 玲香も、食べる手を止めて、話に集中してくる。


「だいたいね。大学の学費とか生活費とか、入学金とか、受験料とかもだけど、みんな払うの私だから。関係ないんだよ。あの人たちには」

「そうなんだ」


 言葉だけ聞くと、怒っているのかと錯覚してしまうけど、玲香は顔色ひとつ変えていないし、怒った様子はまったくなかった。

 淡々としてた。

 事実を述べているだけと、言わんばかりだった。


「机の上の食事代も、もはや、なくてもいいんだけど、いちいち娘の私から言うことでもないのかなって思うし、三上さんが、子どもになんもしないのはまずいだろって、お母さんに言ってるんじゃない?」


 三上さんという人は、どういう人なのか、わけがわからないなと思いながら、私は耳を傾ける。


「あの人、親とはこうあるべき。大人とはこうあるべき。社会人とはこうあるべき。みたいなこだわりが強いみたいで、晩御飯によく宅配を頼んでるみたいなんだけどさ、ちょっとでも遅れたら、仕事としておかしいとか説教してるの。ドア越しに聞こえてくるんだよね。ドアの向こうが玄関だから」


 聞いているだけで、こっちが萎縮してしまいそうな話だった。


「自分がバイトとかするようになってわかったけど、そういう不寛容は、お互い苦しくなるだけだと思うよ。だけど、言わなきゃ、気が済まないんだろうね。そういうお客さん、たまにいたわ。自分がそんなに立派な人間かって言ったら、別にそうでもないのにね。だから、そのギャップに、自分で苦しんでいるんだろうね」


 三上さんの抱える苦しみに、玲香は思いを馳せていたみたいだった。


「お母さん、借金あるから」

「え、そうは見えない」


 急に話題がお母さんになって、私は思わず、ぽろっと感想を漏らしてしまった。

 大きなテレビとか、水槽とかもあって、お金に困っているようには見えなかった。


「ギャンブルするからね、休みの日。昔から。お母さんって、お金の管理とかできない人みたい。財布を握られている立場の三上さんが、それをどこまで知っているのかは、わからんけど」


 玲香が私のカップラーメンを指さす。

 私は慌てて食べるのを再開する。


「呆れるよね」


 玲香も食べるのを再開する。


「クレジットカード切り刻んでるのとか見たことある。あるとお金ないのに使っちゃうからなんだってさ。お金ないって知ってるくせに、使おうってなる心理がまったくわからんけど、私には」


 玲香は行儀悪く、足を組みはじめて、もぐもぐやりながら訊ねてくる。


「結衣ちゃんは、わかる?」

「わからない」

「それでいいよ」


 苦笑いで答えたら、そう言われた。


「財布にお金入ってないのに、商品をレジに持っていくみたいなもんで、それってほぼ強盗でしょ」


 玲香がははって笑ったので、私も顔だけ笑ってしまった。

 支払い時期が遅れるから、ギャンブルで増やせば払えるとか、そういうアレなのかな。


「結衣ちゃんは、そういう大人になっちゃだめだよ」

「あ、うん」


 食べながら、頷く。


「気をつける」


 そう、念を押す。自分にも向けて。


「こんな話、聞いても、いい気持ちしないよね」


 玲香がにこっと私に笑いかけて、続ける。


「もやもやさせたら悪いかと思って、しゃべっちゃった。聞いて気持ちのいい話じゃないから、ほんとは言わないつもりだったけど。結衣ちゃん。昨日、あの人たちに会ってから、元気なくなっちゃったから。もやもやしてるかなって」


「ああ」


 否定も肯定もしにくかった。

 たぶん、見透かされているから。


「まあ、だから気にしないでよ。私はなんも感じてないからさ。結衣ちゃんって、いい子だから、気にしてくれちゃうかもって思ったから。その必要はないよって言いたくて、話しちゃった」


 私は黙って、カップラーメンを食べる。


「誰にもこんな話したことない。家に人呼んだの、はじめてだし。外ではあの人たちも、普通の親にしか見えないから」


 なんだか、無性に悲しくなって、私は箸を置いた。


「意味ないし、過去は変わらないから。忘れて」


 玲香も食べ終わったみたいで、箸を置く。


「楽しいこと、考えようね。これから、実家を出て、結衣ちゃんといっしょに東京で暮らすの、私は楽しみだから」

「そうだね。私もそう思う」

「大学受かってなかったら、ぜんぶ、台無しなのが、笑えるけどね」


 そう言って、玲香はけらけらと笑った。

 笑えない話だけど、不謹慎にも、つられて笑ってしまった。


 笑うのが、唯一の正解なのかなって思った。


 日常のすべてを笑い飛ばしたくて、いつもあんなにおどけていたりするのかな。


 考えすぎか。

 なんか、心が疲れた。


 ◇


 玲香は新幹線の駅まで送ってくれた。


 改札でお別れになる。

 別れ際、玲香は笑ってた。


 帰りの新幹線で、私はひとり思いを馳せる。


 これまで、あの人が向き合ってきた、孤独の深さについて。

 あの家にあった、無数の欠落が、なんであるのかを。


 私は、あの田舎町で、三上玲香との同居を断る理由を、見つけられなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。