第32話 高校卒業後 田舎町6 yui
結衣 yui
「あのときの店長さんは、辞めちゃってたみたいだわ」
厨房の店員さんに聞きに行っていた玲香が、戻ってきて言う。
ひと言、お礼ついでに小粋な雑談でもしてくると言っていた。
玲香は、行動力があるなと感心した。
「私に恐れ慄いたな」
玲香は、にやりと笑った。
注文した料理が運ばれてきて、ふたりでおしゃべりしながらいただく。
国立大の前期試験で、玲香が出会った中学生みたいな男子の話からはじまり、話題は新生活へと転がっていった。
私たちは作戦会議と称して、物件探しや、これからのスケジュールなどを語り合う。
都度都度、脱線しては、ふざけたことを言い合って、笑う。
食べ終わる頃には、外は真っ暗で、すっかり夜の帳が下りていた。
「あんまり長居すると、悪いかなあ」
玲香がお店の経営を心配して言う。
「晩御飯の時間帯だから、並んで待っている人もいるね」
私は入口のソファーに座っている人の列を見て応じる。
お店はいつの間にか、満員御礼だった。
このあたりじゃ、人気店なのかな。
玲香がお会計の伝票を拾いあげて、立ちあがりながら言う。
「家出の計画を話し合うみたいで、わくわくしたね」
「ふふ。おもろ」
共感できなかった私は、そうやって応じた。
私は正直、複雑な気持ちだった。
玲香との同居を断る理由を探しに、この町を訪れていたからだ。
レジでお会計をしている玲香の背中を見ながら、私は考える。
この人と暮らしたら、きっと、毎日楽しいんだろうな。
だけど、私はそれ以上に、家族のもとを離れたくない。
自分から同居を了承しておいて、いまさら、無責任な話なのはわかっている。
なんで、私って、こんなことで、悩んでいるんだっけ。
お店を出ようと、重たいドアを開け、エスコートしてくれる玲香を見ながら、また考える。
そうだ。
この人が、女の子だからだ。
男の子であってくれたら、よかったのに。
なんで、男の子じゃなきゃ、いけないんだっけ。
お店を出ると、広い駐車場で、玲香は曇っていて星ひとつ見えない夜空に向かって、伸びをしている。
私はそれを見ながら、考える。
三上玲香は、レイくんだ。
もはや、疑いようもない。
この人の人間性が、私の好きだった、あの人そのものだから。
肉体を介さない、オンラインでのやりとりでは、人間性がより、誇張されていた気はするけど。
私って、ずるいのかな。
いまさら、実家を出るのが、嫌になったと言ったら、卑怯かな。
嫌われてしまうかな。
いや、きっとこの人は、私を嫌いになったりはしないんだろうな。
傷ついて、それを私に気づかせないように、振る舞うんだろうな。
レイくんなら。
「そんなことできないや」
「ん?」
ぽかんとする玲香の顔に笑いかけながら、私は考え続ける。
私はこの人を傷つけたくない。
誰でもいいから、不可抗力で、どうかあの約束を、なかったことにして欲しい。
「ルームシェア、楽しみになってきたなあ」
そんな私をよそに、玲香は無邪気に笑う。
「もうちょっと時間があるね」
玲香がポケットから取り出したスマホを見ながら言う。
私もスマホを取り出して、時間を見る。
家族やら、友だちやらから、通知がたくさん届いていた。
そういえば、今日は新幹線を降りてから、ずっとスマホを触っていなかった。
20時。
それだけ見て、私はスマホをポケットにしまった。
「21時くらいじゃないと、お母さんと話すタイミングないんだよね」
「え、そんなに時間にシビアなの」
「あの人、帰り遅いし、寝るのも早いから。朝も早いけどね」
「お仕事、大変だねえ。寝ちゃったら、挨拶できないね。それは困るなあ」
せっかく来たからには、なんとか挨拶はしたい。
常識的にもだし、あわよくば、そんなのだめって反対してくれたら。
「コンビニでも寄って、飲み物とか買って、時間潰してから帰ろうか」
私は頷いて、夜の幹線道路沿いを、玲香とふたり、並んで歩いた。
◇
幹線道路沿いのコンビニ。
広大な駐車場の奥に、ぼうっと光を放って佇んでいる。
玲香はその光に吸い寄せられていく。
お店に入ろうとすると、玲香はなぜか、お店の裏をたたっと走って、なにかを見に行った。
「店長いるわ」
戻ってきた玲香はそう言って、店内に入っていく。
飲み物を買って会計を済ませると、玲香は品出しをしている店員さんに駆け寄って話しかける。
「ねえねえ。三上ってやつが来たって、店長に言ってきてくんない」
店員の男の子は、返事もせずに、お店の奥にある従業員用の扉の中へと消えていく。
「ここ、私がバイトしてたお店なんだよ」
「あ、そうなんだ」
ふと、玲香は事前の報告とか連絡とか相談とかを、あんまりしない人だなと気がついた。
小さなことから、大きなことまで、なんでも、サプライズ発表や、事後報告であることが多い。
玲香といるとき、私はいつも、急な対応を求められてきたような気がする。
なんなら、その最たるものとして、会う前に自分が女の子だって言っといてよ、の気持ちもある。
長身のイケメンを探してた私が、馬鹿みたいじゃない。
「レイくんだよ。ゆいちゃん」じゃないんだよ。
そういえば、オンライン上でやりとりしていたレイくんも、そういう傾向あったなと思い出してくる。
約束を破ったり、守れなくなることを、過剰に嫌がっているのかな。
それで、そういうくせみたいなのが、ついてしまっているのかな。
事前になにか伝えてしまったら、そのとおりにしないと、嘘になってしまうから。
クリスマスイブに遊ぶ約束を果たせなかったことを、レイくんが異常なほど、重く受け止めていた記憶が蘇ってくる。
私なんて、ああ言ってたくせに、やらなかったじゃないとか、この間はこう言ってたじゃない、みたいなこと、普通に家族から言われたりするけどなあ。
もっと早く言いなさいよ、みたいなのは、逆にあんまり言われた記憶ない。
うちの家族、お互いがなに考えてるか、オールウェイズ筒抜けだから。
いや、なんでもでは、ないか。
恋だけは、ひみつだ。
「店長が呼んでます」
店員の男の子が戻ってきて言う。
「どうもね。行こうか」
玲香は従業員用の扉を堂々と開け、お客さんは入れないそのエリアへと踏み入っていく。
追いかけながら、私はちょっとわくわくした。
社会科見学みたいだと思った。




