第31話 高校卒業後 田舎町5 yui
結衣 yui
玲香が暮らしてきた閑静な住宅街を歩く。
コンビニもスーパーも、商店らしきものは見当たらない。
巨大な校庭のある小学校。
これまた、大きなグラウンドがある中学校。
地方の学校は、なにもかもスケールがでかい。
高校は、自転車で30分かかると言っていたから、歩いていくにはちょっと遠いのかな。
散歩コースには含まれていなかった。
「急に、田んぼや畑が現れるんだね」
突然、目の前に現れた田んぼを見て、私は言う。
「そのうち、再開発されてなくなるのかもね。小学校の頃は、このあたりまでぜーんぶ、田んぼだったから」
確かに、このあたりは、住宅も道路も、真新しい。
「私、生まれは、埼玉なんだ」
「あ、そうだったんだ」
どおりで、標準語を話すと思っていた。
「東京から近かったのにね」
玲香がそう言いながら、低層マンションを指さす。
私は意味もわからず、マンションを見上げた。
「8歳のときに、こっちに引っ越してきて、最初はここにあった古い木造アパートに住んでたんだけど、取り壊されることになって、いまのとこに引っ越したんだよ」
「へー」
私は、引っ越しというものを経験したことがなかった。
「台風が来ると、雨漏りするんだよ」
玲香がうげえって顔で言う。
私は笑って応じる。
低層マンションの脇を歩いていくと、巨大な駐車場が見えた。
「パチンコ屋さん。田舎と言えばこれだよね。いまじゃ、閑古鳥鳴いてるっぽいけど」
確かに、いつ潰れてもおかしくなさそうなくらい、さびれている。
「うちの親たちがよく行ってたわ。開店から閉店までいるからね。あんなうるさいとこに、一日中いて、耳おかしくならないのかねえ」
私はパチンコ屋さんというのがどういうものか、想像つかなかった。
◇
玲香といっしょに歩いていると、大きな河の土手にぶち当たった。
玲香は雑草で覆われた土手を登っていく。
私も追いかけていく。
土手の上はガードレールもない、舗装された狭い道路になっていて、車は無理でも自転車くらいは通れそうだった。
川の堤防らしいその道の上から、ところどころ緑に覆われた大きな河を見渡す。
その向こうには、緑に包まれた広大な山が広がっている。
河には大きな橋がかけられていて、車が往来している様子が見える。
自然豊かで、空気がきれいで、ちょっぴり、さみしくもあるけれど、住むにはいい町なのかなとも思えた。
「ここさ」
景色を楽しんでいた私に、玲香が話しかけてくる。
「小学生のとき、死にかけた川なんだ」
「ええっ。なにがあったら、そんなことになるの」
私は驚いて訊ねる。
「冬に氷が張ってさ。フィギュアスケートの真似して、回転ジャンプしたら、意外と氷が薄くて、ドボンってね」
玲香がいい思い出みたいに、けらけらと笑う。
無邪気な子どもだったのかな。
今でも、だいぶ、その面影があるけれども。
「死にかけたわ。死んどけばよかったかな」
玲香は笑っているけど、ブラックすぎて、私は笑えなかった。
「助かって、よかったね」
まわりに大人がいたのだろうかと思っていると、玲香が説明してくれた。
「足がつかないほど、深くはなかった。凍ってたの、岸の周辺だけだったからね。真ん中だったら、さすがに流されて死んでたと思うわ。凍え死ぬかとは思ったけどね」
広大な河幅を見渡し、その様子を想像したら、背筋が寒くなってくる。
「子どもって、怖いもの知らずだよね」
川遊びなんて、家族旅行で行ったような、ライフジャケットを着て、商売として大人が運営しているアクティビティ的なやつしか、体験したことがなかった。
玲香が泳げないのは、その体験があって、水に入るのが怖かったりするのかな。
「怖い話は、ここまでにして。なんか食べる?」
私が深刻な顔をしていたから、そう言ってくれたみたいだった。
空を見上げると、あっという間に、日が沈みそうな気配だった。
「都会から来た女の子に、田舎の怪談、聞かせちゃって、ごめんね」
玲香は申し訳なさげに言う。
それを聞いて、三上玲香という人は、やさしいお姉さんだなと思った。
彼女は、私の気持ちの変化に、敏感に反応する。
誰に対しても、そうなのかな。
「ううん。学びがある」
私は首を横に振りながら、笑って応じた。
玲香も、にこっと笑ってくれた。
「結衣ちゃんって、はちゃめちゃに、いい子だよね」
急にまじめにそう言われると、なんだか照れくさい。
「逆に緊張するわ」
玲香がそんなことを言うから、
「なにそれ」
と言って、私は笑った。
◇
駅まで続く、幹線道路に出てきた。
玲香は東京じゃ見たことのない系列のファミレスに入っていく。
わくわくしながら、私も入店する。
最近じゃ、あんまり見なくなってきた気もする、店員さんが席に案内してくれるタイプのお店だった。
メニュー表を見ながら、「あ、普通のファミレスだわ」と思ったりする。
わくわくしたけど、特に奇抜なメニューなどはなかった。
「ここさ。昔、バイトの面接、受かったのに蹴ったお店だから。あのときの店長いたら、挨拶しておこうかな」
メニュー表を見ながら、玲香が言う。
「なんで蹴ったの」
おもしろそうなエピソードに、私は深堀りしていく。
「若気の至りかなあ」
「まだ若いでしょ」
ふふっと笑いながら、食べたいものを吟味していく。
「もう20代だからさあ」
「まだ20歳が、なんか言ってらあ」
自慢みたいに聞こえるぞと思って、私はそう応じる。
玲香はにやっと笑ってから、続ける。
「中学卒業して、仕事探さなきゃって思って、いろいろ探したんだけどさ。全然、雇ってもらえないんだよ」
「この人手不足の時代に?」
私は実のところ、なにも知らないけれど、知ったふうな顔をしてみせる。
「15歳って時点で、まず全然募集がないし。やっと16歳になったぞと思ってもさ。電話して『学生さんですか』って聞かれて、『違います』って言ったら、その時点ですぐ断られたりさ」
「ああ」
想像したら、確かに「おまえさん、なにもの」感が強い。
「同じ16歳なのに、なにが違うのって、理不尽だと思ったなあ。いまなら、学生じゃない16歳は、確かに怪しいかもって思うけどね」
「ワケアリ感、みたいなのは、感じてしまうかも。その子を引き受ける責任の重さに、耐えられなさそう」
玲香はメニュー表を見ながら、頷いて続ける。
「ここの店長には、面接でお説教されてさ。『高校行かないなんてだめだぞ』って。『遊び歩いてないで、今からでも高校受験しろ』って。『世の中、そんなに甘くないぞ』って。『学歴というものを、馬鹿にしているんだろうけど、大きな間違いだぞ』って。『勉強なんて、なんの役にも立たないと、思っているのか』とか」
「ねちねちとね」
「言うねえ」
私たちは、お互い、にやりとした。
「信じられる? この間、私、ひと言も言い返したりしてないからね。30分くらい。ずーっと、おじさんの演説を聞いているだけ」
「我慢強いねえ。16歳の玲香ちゃん」
玲香は深々と頷く。
「よく考えろって言って、帰されて。そんで、落ちたと思ってたら、家に電話きてさ。『考えはまとまりましたか?』とか言ってくるの。意味わかんないから、聞き返したら、『うちで働くんですか、働かないんですか』って言われて」
玲香が私の目を見つめてくる。
「結衣ちゃんなら、どうする?」
「え、嫌かも」
メニュー表をいったん閉じて、私は答えた。
「そ。だから、ほかが決まっちゃいましたって言って、なんも決まってないくせに、意地張って辞退したんだよ」
私は微笑ましくて笑った。
「かわいい16歳じゃん、玲香ちゃん。なんか好きだ」
玲香も、はにかみながら、笑ってみせた。
まじめな顔になって言う。
「いまにして思えば、あのおじさんは、やさしいおじさんだったんだなあ。盛大に、はげ散らかしてはいたけれども」
私は、ははっと笑った。
「それはもう、どこから手をつけたらいいかわからないくらい、散らかってた」
「片付けるほうの身にも、なってほしいねえ」
「それは、時給に含まれるのかねえ」
そう言いながら、耐えられなくなったのか、玲香は自分で笑い出した。
メニュー表に目を落とすと、玲香が訊ねてくる。
「結衣ちゃん、なに食べたい? いい子だから、今日だけ、お姉さんぶって、奢ってあげるよ。お姉さんは、まあまあ、お金持ちだからね」
「わあい」
私は、大げさに喜んでみせた。
交通費くらいはもらってきたけど、バイトもしてなくて、お小遣い制だから、普通にうれしかった。
「今日だけだよ」
玲香は鳩が豆鉄砲を食らったみたいな、いつもの真顔で続ける。
「これからは、対等なルームメイトなんだから」
「はあい」
私は、にやけながら、そう返事をしてみせた。




