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第30話 高校卒業後 田舎町4 yui

  結衣 yui


 スーツケースを押し込んでいた、物置部屋かと思った部屋が、玲香の部屋みたいだった。


 エアコンや暖房機器はなく、ひんやりしていた。


 部屋の奥。

 外の廊下に面した、すりガラスの窓に向かって、大きな学習机が置いてある。

 プリントが剥げた椅子をよく見ると、小さい頃、私が好きだったキャラクターの絵が描いてある。

 女児向けアニメだから、これは小学校にあがるときに買うような、子ども用の学習机なんだなとわかった。

 机の上に、無骨なデスクトップパソコンが置いてある。

 モニターに、マウスとキーボード。

 ヘッドセットに、コントローラーも置いてある。


「レイくんは、ここで私とゲームをしていたわけね」


 私は思わず、にやにやしてしまう。

 玲香もにこっと笑って、私の顔を見る。


 部屋の隅に、きちんと布団が畳んで置いてある。

 そういえば、布団派だと言っていたなと私は思う。


 よく見ると、畳まれた布団は浮いていて、四角い箱の上に乗せられていた。

 しゃがんでその箱を眺めると、玲香が声をかけてきた。


「それ、昔のテレビなんだよ。ブラウン管の。壊れてるけどね」

「へー。はじめて見た」


 画質の悪い、再放送のテレビドラマなんかに、たまに映り込んでるやつだ。


「売れないし、処分するにもお金かかるみたいだし、この部屋に遺棄していくわ」


 玲香はそう言って、笑った。


 立ちあがって、部屋を見渡す。

 他に目立った物はなにもない。


 ただ、塵ひとつ落ちていなくて、きれいではある。

 私はその点になんか安心させられた。

 家の様子を見たときに、この人と同居して、部屋をめちゃくちゃ汚く使われたら、嫌だなって思ってしまっていたからだ。

 ここだけきれいに整えているってことは、玲香自身は、きれい好きなのだろう。


「ん?」


 玲香の姿を、私がまじまじと舐め回すように見たので、彼女が首を傾げた。

 玲香はこざっぱりしている。

 今まで、外で会った玲香もそうだったなと思って、私はにっこりと微笑んだ。

 玲香も条件反射のように、にこっと笑った。


 きれいだけど、ミニマリストみたいだ。


「うわ」


 おもむろに、クローゼットを開けたら、玲香が悲鳴をあげた。

 当たり前だが、服が吊り下げられている。


「玲香だって、私の部屋、舐め回すように見てたからね」

「ああ、はい。すいませんでした」

「なんで謝るの」

「えっちな本、見つけちゃって」


 私が振り返って睨むと、玲香は、きゃっきゃと笑った。


 吊り下げられた服と、玲香の姿を交互に見てみる。


 中学生が制服の上から着るようなダッフルコートが目を引く。

 吊り下げられた服は、どれも絶妙に中学生っぽい。

 東京駅ではじめて会ったとき、この人がどの服を着てきたとしても、印象は変わってなさそうだなと思うと、なんだかおかしかった。


 衣装ケースが、クローゼットの床に置いてある。

 なに入ってるんだろうと、好奇心で開けてみる。

 下着やら靴下やらが、きちんと整理されて入っていた。


 それもそうだよなと思っていると、


「結衣ちゃん。あなた、えっちすぎない?」


 指摘されて、急に恥ずかしくなった。

 私はなぜ、このお姉さんの下着を漁っていたんだ。


「ごめん」


 私はそう言って、静かにクローゼットの扉を閉めた。

 振り返って見た玲香の顔は、にやにやしていた。


 きっと、私はこの人のことを、知りたかったんだ。


「学校の制服とかは?」


 それが見たかったわけでもないのに、話題を逸らそうと訊ねてみる。


「フリマアプリで売れたから、もうないよ」

「あ、そうなの」

「卒業したら、もう行くことないからね。元、取れたわ」


 フリマアプリとかやるんだ。

 そういや、そんなことも言ってた気がする。


「変態に買われた可能性あるけど」


 玲香が、げはげは笑いはじめたので、私もつられて笑ってしまった。


「笑いごとじゃないよ」

「知らぬが仏よな」


 学習机と、たったひとつの椅子しかない部屋で、私たちは居場所なく立ち話を続ける。


「結衣ちゃんは、フリマアプリやる?」

「やったことない」

「面倒だけど、いらないもの処分できるし、お金になるし、いいよ」


 だから、物が少なかったのかと気がついた。


「本棚でも漁り返してやりたかったのに。ぜんぶ、電子なのかあ」


 玲香は、ふふんと笑って応じる。


「昔は本あったんだけどね。教科書とか、参考書とか、なんでも売れるから、調子に乗って売ってたら、なくなったわ」


 この部屋には、本棚さえない。

 受験勉強で使っている本は、学習机の引き出しにでも、入っているのかな。


「変態に買われた可能性あるけどね」

「女の子の読んでた本を好む変態って、普通の人と区別つくのそれ」

「本をどう使うのかによるね」

「変なイメージ膨らんでくるでしょうが」


 私が笑うと、玲香はおもしろそうに、きゃっきゃ言いながら笑った。


「あ、パンツは売ったことないから大丈夫だよ」

「聞いてないから」


 玲香は笑いながら、続ける。


「ブラとか靴下くらいなら、売ってもいいかって、迷ったりするんだよなあ」

「やめときな。変態に買われるよ」


 げらげらと玲香が笑うので、私は思わず、玲香の腕を軽く叩いた。


 笑い声が聞こえなくなると、なんだか殺風景で、さみしい場所のように見えてくる。


 ここで、朝から晩まで、誰もいない家の中、玲香はあの椅子に座って勉強していたんだなって思うと、胸が締めつけられる思いになる。


 黙っていると、あまりに静かな場所だった。

 誰の声も聞こえてこない。


「お金置いてあったし、お母さん帰ってくるの遅くなると思うわ」


 お母さんはお母さんで、仕事を終えて、どこかで食べて帰ってくるってことなのかな。


「まだ時間あるし、散歩でもしようか」


 部屋の中で立ち話になってしまっているから、玲香はそう提案したみたいだった。


「都会っ子だから、こんな田舎、はじめてだもんね、きっと。なにもない町だけど、案内してあげるよ」


 私たちは、曇り空の下、昼下がりの田舎町へと繰り出していった。

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