第28話 高校卒業後 田舎町2 yui
結衣 yui
両親への挨拶は不要だと言って譲らなかった玲香は、今後の打ち合わせも兼ねて、私が玲香の暮らしぶりを見たいし、玲香にも会いたいし、パパとママが挨拶しなさいと言うから行くのだと、懇切丁寧に説明したら、
「はい」
と、あっさり折れてくれた。
ゲームを通じて繋がっていた時代から、私はレイくんという人が、私の願望や思いを必ず尊重してくれる人だというのは知っていた。
やっぱり、三上玲香はレイくんなのだった。
「え、さむ」
新幹線を降りて、ホームに出ると、あまりの寒さに思わず震えた。
3月初旬にもなるというのに、東京よりずいぶんと肌寒い。
はあっと息を吐いてみるも、さすがに、息は白くない。
それなら大丈夫かと、私はスーツケースを引っ張って、ホームを降りていく。
改札を抜けると、玲香の姿が目に入った。
この間と、まったく同じ格好をしていたから、すぐにわかった。
蛍光色の英字がプリントされた、黒いパーカーにパンツスタイル。
使い込まれてそうなスニーカー。
童顔で、まるで、中学生みたいだと思った。
年上には、まったく見えない。
初対面のときは、変な中学生がいると思って、無視しようとしてしまった。
セルフカットしているらしい、茶色がかった髪は、長いときは胸が隠れるくらいまで、短いときはボブになったりと、長さが行ったり来たりしているらしく、いまはその中間くらいだ。
失敗すると、どんどん短くなってしまうと、この前会ったとき、笑いながら話してたっけ。
そんなことを思い出しながら、パーカーのポケットに両手を突っ込み、ぼーっと立っているその人に近寄っていく。
鳩が豆鉄砲を食らったみたいな、独特の真顔。
まじまじ見ると、食べちゃいたいってこういうことかと、思ったりする。
なんか、絶妙にちょっかい出したくなる顔をしている。
どんな表情に変わるのか、見てみたくなる顔だ。
真顔が鳩豆だから。
真横まで近寄っても、気づかないでいる玲香に声をかける。
「玲香」
「わ」
捕食者に見つかった小動物みたいに、びくっと反応して玲香が振り向いた。
私は思わず、にやけてしまう。
「よく来たね。結衣ちゃん。今日は文学少女スタイルじゃないんだ」
初恋の人をお出迎えするための、私の精いっぱいのおしゃれを、文学少女スタイルと名付けられたことに、不本意なものを感じながら、私は応じる。
「遠出するから、動きやすいほうがいいかと思って。玲香はこの間といっしょだね」
女と会うために、いちいちおしゃれなんてしてられない。
ましてや、こんな、年中ふざけているようなお姉さん相手に。
玲香が自分の姿を自分で確認しながら言う。
「あれ? 同じだった? これ動きやすくていいからさ。これしか持ってないわけじゃないよ」
「別にそこは疑ってないから」
玲香がふははって笑う。
「東京駅ほどじゃないけど、ここも人が多いから、見つけるの大変だったでしょ?」
「ん。まったくそんなことなかった」
「え。都会人って、すごいね」
なにそれと思って、私は笑った。
新幹線が停まる駅だけあって、想像していたほどの田舎ではなかった。
玲香が田舎だ田舎だとあまりにも言うもんだから、新幹線から見える田んぼのど真ん中にある小さな集落みたいなのを想像していた。
家族旅行で行ったことがあるはずと、パパとママが話してもいたけど、正直、小さい頃の話すぎて、覚えていなかった。
「私の住んでるところは、もっと田舎だけどね」
そう言って、玲香は在来線のホームに私を案内した。
私はスーツケースを引き摺りながら、玲香についていった。
◇
玲香の家の最寄り駅に着いた。
小さな駅舎を抜けると、バス乗り場とロータリーが目に入る。
駅の近くには、商業ビルとかではなく、いきなり戸建て住宅やアパートが立ち並んでいる。
庭のある住宅ばかり。
都心では、庭つきの戸建てなんて珍しいから、新鮮な光景だ。
遠くには、緑色に染まる山々が広がっている。
山の上に、電波塔のようなものが建ち、光を放っている。
見慣れない景色に、異世界感があるなあと、私は思う。
目に入る、唯一の商業施設は、コンビニエンスストアだ。
「ここのコンビニさ。昔、いっしょにバイトしてた、すぐ怒るお兄さんが働いてるらしい。普段、利用しないから、いまもいるのかは、わからないけど」
「へー」
私はよく、玲香に友だちの話とかもするけど、玲香の口から、その周辺の人間関係の話って、聞いたことがないなと、そのとき、気がついた。
「玲香の家は、駅から近いの?」
「まあまあ、近いよ。自転車ならね。歩いたら30分くらいかかる」
「え」
スーツケースを引き摺りながら、30分も歩くのかと思うと、気が遠くなる思いだった。
「バスは?」
「本数少ないし、お金かかるし、遠回りする割に、家のそばまでは行かないし。雪でも降らない限り、結局、歩いたほうが楽だよ」
「そっか」
「私も今日は、結衣ちゃんいるから、歩いてきた」
「あ、ありがとう」
玲香が田舎と表現した意味が、わかったような気がした。
◇
都内ではあまり見かけないくらい、大きな歩道が確保された幹線道路。
ふたりで並んで、おしゃべりしながら歩道を歩く。
歩道の幅は、まだまだ全然、余裕がある。
車はあんまり走っていない。
たまに、自転車に乗った人とすれ違うけれど、歩行者は少ない。
おしゃべりしていると、案外、長くは感じないもので、
「もうちょっとだよ」
と、玲香が教えてくれたときは、
「もう、そんな歩いたんだ」
と、思わず口にしてしまった。
大きな道路沿いを、駅からまっすぐ歩いてきた私に、
「あそこで、お昼ご飯買って帰ろうよ」
玲香は、道路沿いのスーパーを指さしながら言う。
東京では見たことのない系列のスーパーだった。
広い店内に入ると、玲香は慣れた様子で、お惣菜コーナーに向かって突き進んでいく。
私はいっしょになって、お弁当を吟味する。
スーパーのお弁当は、実は食べたことがなかった。
少しだけ、わくわくした。
「あら、お友だち? 珍しいわねえ」
「こんにちは」
パートのおばさんと、玲香が談笑しはじめる。
玲香は人当たりがいい。
まったく人見知りしないみたい。
おしゃべりも上手だ。
話しかけやすそうな顔をしている。
真顔が鳩豆だから。
まさか、この人がお母さんとかじゃないよね、と警戒しながらネームプレートを覗き込むと、どうやら違うみたいだった。
目が合ったので、会釈しておく。
「知り合い?」
パートさんが裏に消えていったので、私は訊ねる。
「ん。知らない」
「え」
「私、ここの常連だから。ほぼ、毎日来てるし」
「ああ、そういうことね」
顔を覚えられているだけみたいだった。
私も、行きつけのスーパーのレジのおばちゃんには、顔を覚えられているから、わかる。
「私がこの町に来た頃からいるから、10年以上、ここで働いていることになるね、あの人」
生まれはこの町じゃないんだ。
そう思って、なにか話そうとしたら、玲香はお弁当を抱えてレジのほうへと向かっていった。
私も適当によさげな弁当を掴み取って、玲香のあとを追う。
「小銭、消費したろ」
そう言いながら、玲香がじゃらじゃらとセルフレジに小銭を投入していく。
「なんで、そんなにいっぱい小銭あるのよ」
私が笑うと、玲香は笑いながら応じる。
「人間のレジだと迷惑だからねえ」
「それにしては、持ちすぎでしょ」
私たちはまた笑った。
なぜそんなに小銭を持っているのかは、このあと、彼女の家に行ったらわかった。




