第26話 高校卒業後 東京4 reika
玲香 reika
結衣ちゃんの部屋の正面に位置する、妹ちゃんの部屋に、私は招かれた。
妹ちゃんの部屋は、結衣ちゃんの部屋とはまったく趣が違っていた。
同じなのはベッドと本棚くらいだった。
たぶん、これだけは同じ仕様の製品だ。
あとは、なにもかも違っていて、姉妹でこれだけ違うものかと圧倒された。
白い壁に貼られた、いくつものポスターたち。
2次元のイケメンと、3次元のイケメンが、取り囲むように、あらゆる角度から微笑んでくる。
本棚には、ところ狭しとキャラクターグッズが置かれている。
部屋の奥の壁に向けられた大きなデスク。
ピンク色のゲーミングチェアの背中がこっちを向いていた。
デスクの上には、ぴかぴかと虹色に光るパソコン。
ピンク色のキーボードとマウス。
すり減ったマウスパッドが、画面に怒声を浴びせた回数を物語っていた。
好きなものに囲まれていたいって気持ちが、あふれんばかりに伝わってくる。
妹ちゃんは、ゲーミングチェアを回して腰かけると、物珍しそうに部屋を眺める私に、苦笑いしながら言う。
「サブカルクソオタク女、丸出しの部屋ですいません」
私は肯定の意を示そうとする。
「イケメンまみれで、わくわくするじゃねえか」
げらげらと、妹ちゃんが笑った。
「くっそ、おもろ」
妹ちゃんが手を叩いて笑うので、私も笑った。
妹ちゃんは、人見知りっぽい雰囲気をまとっていたけど、この瞬間に、一気に打ち解けた顔に変わった。
「お姉ちゃんの二学年上なら、私とは五つ違いですね。めちゃめちゃお姉さんだ」
「ってことは、中学三年生かあ」
私は中学生に警戒されたくない意思を示す。
「精神年齢は、同い年くらいだから、大丈夫だよ」
妹ちゃんは、うはって言って、また手を叩いて笑った。
「玲香さん好きの感情が押し寄せてきて、やばい」
妹ちゃんが、お姉ちゃんそっくりの、にやにや顔で言う。
「今年、姉妹揃って受験生だったんだ」
「あ、中高一貫なんで。エスカレーター式です」
「お姉ちゃんといっしょの学校?」
「違います」
雑談しながら、そういえば、結衣ちゃんがそんなこと言ってたなと思い出してくる。
私は、妹ちゃんとの小粋な雑談の話題を探っていく。
「どんなゲームやるの」
「対戦ゲーしかやらないですね」
「バーサーカーじゃん」
妹ちゃんは、また、げらげら笑った。
この子は、まあまあ、笑い上戸だ。
たぶん、私のことを、おもしろい動物かなにかだと、認識している。
「お姉ちゃんが、玲香さんとゲームしてるの。後ろから見てました。何回も」
どんな醜態を目撃していたというのか。
私は私の話題から、遠ざけようとする。
「お姉ちゃん、楽しんでた?」
お姉ちゃんの話題に、妹ちゃんが悪い顔をして、にやにやと笑う。
「メロついてましたよ。レイくんに。『しぬ!』とか言って」
妹ちゃんが大げさな身振りで、お姉ちゃんの物真似をしたので、思わず吹き出してしまう。
「イケメンでしょ、レイくん」
妹ちゃんは笑いながら応じる。
「私は十中八九、中の人、女だろうなと思ってましたよ」
「お、鋭いねえ」
妹ちゃんは、得意げな顔をつくって言う。
「ネットの男は、すぐエロがりますからね。あんなに長く理性を保っている時点で、絶対に女だと思いました」
思わぬ根拠の提示に、私は笑ってしまった。
「それ、対戦ゲーの界隈が、そうなだけじゃないの」
妹ちゃんは、さらなる根拠を提示してみせる。
「うーん。あと、レイくんは、なんとなく、女が考えるイケメンって感じがしました」
「結衣ちゃんも、わかってたのかなあ」
「いや、わかってなかったと思います」
妹ちゃんは、そう断言して続ける。
「お姉ちゃん、ラブコメ脳だし。あの人、少女漫画に脳焼かれてますから」
結衣ちゃんの部屋の本棚を思い出して、私はけらけらと笑った。
妹ちゃんも、いっしょになって笑った。
「おもろいお姉ちゃんだよねえ。妹ちゃんは、結衣ちゃんのこと好き?」
「大好きです。おもろすぎるので」
妹ちゃんは即答すると、急に焦った様子で言う。
「あ、馬鹿にしてないですからね。お姉ちゃんには、内緒にしておいてください」
私はふふっと笑った。
「じゃあ、いなくなったら、さみしくなっちゃうね」
「そうなんですよう。レイくんのせいですよう。めそめそ」
妹ちゃんは、わざとらしく泣きまねをしながら、言う。
「なに話してたの?」
お風呂上がりの結衣ちゃんが、アイスを咥えながら入ってきた。
体育のジャージっぽい服装に着替えていた。
「え、ひみつ」
「なにそれ」
私は姉妹の応酬を眺める。
「さっき、私の部屋に布団、敷いたからさ。歯磨いたら、寝ながら話そうよ」
私は結衣ちゃんに連れられて、妹ちゃんの部屋をあとにする。
まったく、ゲームはやらず、雑談だけで終わってしまった。
「玲香さん、またね」
妹ちゃんが、にこにこしながら、手を振ってくれた。
私もにこりと笑って、部屋を出た。
◇
「私が床でもいいんだよ?」
明かりの消えた部屋の中で、ベッドに寝ている結衣ちゃんの声だけが聞こえる。
私はその横に敷かれた布団の上に横たわっていた。
「床のが慣れてるから、こっちのがいい」
「布団派なんだ。パパみたい」
「なんか、結衣ちゃんのお家って」
なにか言おうとしたけど、言葉に詰まってしまう。
「うるさかった?」
「ん。なんでもない」
うまく言葉にはできなかった。
漠然と、いいところだなあと思ったに違いなかった。
家は静かな場所だと思ってたから、とても気を遣って、疲れた。
私はいつの間にか、寝てしまっていた。
◇
翌朝。
起きたら、ご両親が食卓で待ち受けていた。
手作りの料理が、また、ところ狭しと食卓に並んでいる。
結衣ちゃんが、妹ちゃんを起こしてきてと言われて、席を立つ。
ひとりになると、パパさんとママさんが、にこっと笑いかけてくれる。
私が頭を下げて応じると、ふふっと笑う。
結衣ちゃんが、パジャマ姿の眠そうな妹ちゃんを連れてくると、みんなが手を合わせた。
「いただきます」
今度は私もいっしょにできた。
なんだか、小学校の給食の時間を思い出した。
朝からこんなに食べきれないと思ったけれど、食べはじめたら、案外、完食できた。
◇
東京駅。
わざわざ、姉妹で見送りにきてくれた。
雛鳥みたいに結衣ちゃんを追ってきたせいで、帰り道に自信がなかったので、助かった。
新幹線の改札を抜け、私は振り返る。
姉妹が大きな身振りで、両手をぶんぶん振っている。
私は軽く手をあげて応じ、背を向けて歩き出す。
と、見せかけて、もう一度振り返る。
なにか話していた姉妹が、私に気づいて、慌ててまた両手を振る。
振り返って歩く。
また振り返る。
また慌てて、両手を振る姉妹。
見えなくなるまで、何度もこの遊びを繰り返しながら、私は新幹線に乗り込み、帰っていった。
結衣ちゃんのお家は、なんだかとってもあったかい場所で、東京は、夢みたいな場所だと、私は思った。
家に帰ると、吐き気を催すほどの罪悪感が襲ってきて、私は布団に潜り込み、目を閉じて、すべての情報を遮断して、無理やり眠りについた。




