第25話 高校卒業後 東京3 reika
玲香 reika
東京の夜景を一望しながら、私は結衣ちゃんのご家族と、食卓を囲んでいた。
色とりどりのお料理が、大きな座卓の上に、ところ狭しと並べられている。
「いただきます」
みんなが手を合わせていっせいにそう言ったので、私も遅れて真似だけする。
みんな、いっせいに食べはじめる。
どこから手を付けていいのか、よくわからなくて、結衣ちゃんの動きをトレースしながら対応する。
結衣ちゃんも、たいがい、おしゃべりだけど、パパさんとママさんも、彼女に輪をかけておしゃべりな大人だった。
結衣ちゃんとそのご両親がおしゃべりするのをBGMにしながら、私はおとなしくしている妹ちゃんと、たまに目配せしながら箸を進める。
妹ちゃんは、「この人たちってうるさいでしょ」みたいなアイコンタクトを私に送ってくれていると解釈した。
結衣ちゃんの家では、テレビとかは、つけないみたいだ。
置いてあるけど、スイッチは入れられていない。
もっぱら、おしゃべりが、この食卓の主役みたいだ。
「年上のお姉さんに、勉強を見てもらっていたなんて、びっくりだねえ」
パパさんが、結衣ちゃんに言う。
「お姉ちゃん欲しいって、昔、言ってたもんねえ」
ママさんも、追撃している。
「言ってないよ」
結衣ちゃんは、若干、迷惑そうに否定する。
「えー。言ってたと思うけどなあ」
ママさんは、にやにや顔で、食い下がる。
その表情、結衣ちゃんに似てる。
「妹になりたいとは、言ったかも」
結衣ちゃんが思い出したように言う。
「妹がうらやましかったのかな。自分でもわかんない」
パパさんが、頷いてから言う。
「どうしても、手がかかる時期っていうのがあるから、ママにかまってほしくて、妹に嫉妬したのかな」
「パパにばっかり甘えて、私には全然だった気がするけどなあ」
パパさんとママさんが笑いあっていると、なんだか場違いな空気を感じてくる。
「玲香さんはご兄弟いらっしゃるの?」
ママさんが訊ねてくる。
「ひとりっ子です」
「へー。僕といっしょだね。ひとりっ子仲間だ」
パパさんが、にこっと私に笑いかける。
私は、軽く会釈を返す。
「パパは兄弟ほしかった?」
結衣ちゃんが訊ねる。
「親の面倒とか見てくれる、頼れる兄がいたらって、今でも思うなあ」
「そういう話じゃないでしょうよ」
ママさんが指摘すると、夫婦揃って笑っていた。
「玲香さんは、兄弟ほしかった?」
パパさんに訊ねられて、私はなにも考えられなくなってしまう。
自分がどう思っているのか、ちょっとわからなかった。
考えたこともなかったから。
会話が止まって、まずいな、よくない雑談のパターンを引いていると、私は焦った。
「結衣ちゃんみたいな妹なら、ほしいかも」
「絶対、嘘でしょ」
結衣ちゃんが言うと、みんなが笑った。
空気を壊さなくて、私はほっとした。
「ふたりは仲良いんだねえ」
笑い声に紛れて、パパさんが感慨深そうに、そうつぶやくのが聞こえた。
ほんとうに、賑やかな家族だなと思った。
世の中には、こんな家族もあるんだな。
「お風呂入る?」
すっかり食べ終わっていた私に、結衣ちゃんが訊ねてくる。
「お先にどうぞ。お客様だから」
「はい」
ママさんに言われて、私は短く答えた。
◇
結衣ちゃんのお家には、きれいに手入れされていない場所というのがない。
お風呂場で、湯船に浸かり、私はそう感慨にふけっていた。
とても広いお風呂場だ。
なんなら、湯船に寝転がることもできそう。
泳げないし、溺れ死ぬけど。
見慣れないシャンプーのボトルやら、小物やらが置いてあるのを見ると、知らないお家のお風呂って実感が迫ってくる。
「ふぅ」
私は大きく息を吐いた。
結衣ちゃんは、持ってきていないようだったら、部屋着を貸してくれるとも言ってくれたけど、さすがに申し訳ないので、着てきた服をまた着た。
替えの下着くらいは持ってきたけど、部屋着というものを持ってこなかった。
他人の家に泊まった経験がなくて、準備不足だった。
ホテルは館内着があって、なんとかなったから、油断していた。
お風呂からあがり、廊下に出ると、リビングから賑やかな笑い声が聞こえた。
私は思わず、足を止め、入っていいものか戸惑う。
妹ちゃんがキッチンから出てきて、目が合った。
これ幸いにと、私は歩み寄っていく。
「アイス食べます?」
妹ちゃんが私に訊ねる。
この二択の正解を、私は考える。
「遠慮しちゃだめだよ」
パパさんの声がした。
「いただきます」
私は、パパさんに顔を向けながら、軽く会釈を返して、そう答えた。
◇
リビングで、座卓のところに座って、いただいた棒アイスを食べる。
結衣ちゃんが交代で、お風呂に行ってしまった。
結衣ちゃんがいないと、なにをして過ごせばいいのかがわからない。
一生懸命、アイスを食べるふりだけをしておく。
あっという間に食べ終わりそうな小さな棒アイスを、ちびちび食べる。
「かわいい食べ方するわねえ」
ママさんが、結衣ちゃんそっくりのにやにや顔で言う。
笑顔のママさんと目が合うと、ちょっと胸が詰まる。
「玲香さんが、いい人そうでよかった。しかも、お姉さんだなんてねえ」
パパさんが、しみじみと言う。
「きっと、あの子にとって、いい勉強にもなるでしょうね」
ママさんがそう応じたので、同居の件を言っているとわかった。
「さみしくなるなあ」
パパさんの声を聞いていると、アイスを食べ終わってしまった。
妹ちゃんが寄ってきて、手を差し出してくる。
アイスの棒を渡すと、キッチンに捨てに行ってくれた。
パパさんが、まじめな顔をして言う。
「どうか、娘をよろしくお願いします」
パパさんは、私に深々と頭を下げてみせた。
「はい」
と応じて、恐縮しながら、私も頭を下げる。
「わがまま言ったりしたら、怒っていいからね」
ママさんが言う。
「わがままなんですか?」
そういうイメージがなくて、思わず訊ねてしまう。
「うーん」
ママさんは天を仰いで、考える仕草を見せてから口を開く。
「言い出したら、聞かない時はあるかな」
ママさんが言うと、パパさんが割り込んでくる。
「そうかなあ」
「そうでしょう。今回のことだって」
「確かに」
パパさんが納得させられていると、キッチンから出てきた妹ちゃんが口を挟んでくる。
「お姉ちゃん、そんなにわがままではないでしょ」
「おまえさんほどではないな」
かぶせるようにそう言われた妹ちゃんは、苦笑いしながら私の顔を見た。
「部屋に帰ろうかな」
妹ちゃんがそう言うと、
「ゲームでもしてきたら、いっしょに」
パパさんがそう言うので、私は妹ちゃんと、顔を見合わせた。




