新たに
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「『失われた五ヶ月』を知ってるかしら?」
「『失われた五ヶ月』……ですか?」
『嘘つきの翼』討伐して二週間が経った。死にかけていたフランシーさんも復帰し、ようやく四人一組での活動が本格化するんだろうと思っていた矢先、ナタリアさんは私を警戒しつつそう訊ねてきた。
「そう。あなたは『ポインティハット』に来る前に何体かの魔女狩りと遭遇しているはず。先輩の魔女から魔女狩りの知識も貰っているのなら、『失われた五ヶ月』って魔女狩りについてもなにか知っているんじゃないかって」
「さぁ……? 聞いたことがありません」
「本当?」
「信じてくれないんですか?」
「信じるわけなくない?」
やはり警戒を解く様子はない。トバリさんに会ってもらってからナタリアさんは日常生活でこそ普段と変わらない感じで接してくれるけど、魔物や魔女狩りが関わっている――要するに『ポインティハット』における任務や仕事関係においては私を常に警戒し、見張っている。なにかしようものなら全ての魔力を使ってでも私を冷気で仕留める。そんな気迫がある。重要なのは捨て身ってところ。これが私だけを仕留めに掛かるぐらいなら幾らでも対処できそうだけど自分諸共、冷気の届く範囲を全て凍結させる気なのだから手が出せない。手を出す気なんてないんだけど、常にナタリアさんは私に決死の気概を持っている。
「手出しはしませんよ」
「それも信じられないわ」
普段は私の話を聞いてくれるんだけど、どうしよう。言葉で説得できないなら暴力で分からせる以外にない気もするけど、それだと本末転倒だし。
「ナタリアさんが私諸共で死なないって言ってくれれば『失われた五ヶ月』について話しますよ」
「それはあなたが魔女狩りの情報を握っていると私が分からない限り取り引きにならないわね」
もうちょっと頭が緩ければいいのに立ち居振る舞いもそうだけど、しっかりとした家柄の才女なのでこれくらいじゃ引っ掛かってくれない。
「あの~、ナタリアさんは本当に私に意見を求めているんですよね?」
「そうよ?」
「なにもかも否定されていたら私からはなにも情報を与えることはできないと思うんですが」
「重要なのは知ってるか否かなのよ」
「はい?」
「私は『失われた五ヶ月』を知らない。でも、あなたが知っていればそれでいいわけ」
「はぁ?」
イマイチ分かんない。
「あなたが知っていれば結局のところ、『失われた五ヶ月』と遭遇してもその場面であなたはきっと能力を口にするでしょう?」
なんで私を人として信用してないのに意味の分からないところで信用されているんだろう。まぁその方がビジネスライクな感じがして気が楽なのは確かだけど。
「それで、知ってるの知らないの?」
「知りません」
これは嘘ではなくホントの話。『失われた五ヶ月』なんて初めて聞く。最初に耳にしたときは事件や事故、事象の名称かなにかだと思ったくらいだし。
「そう…………少し、厄介になりそうね」
ナタリアさんは私に恐らくはジェイクさんからの書類を私の胸に押し付けるようにして渡してきた。どうやら読めということらしい。
「大学附属病院で魔力の残滓を確認……ですか」
「もしも魔女狩りが悪さをして完治する病すら不治の病に変えていたとしたらどうする?」
「そんなの許せません」
「気持ちは一致しているわね。中止された食事会では人でなしだったのに」
「あれはあのときの場の雰囲気によるところが大きいです」
たまに私のことを血も涙もない人みたいな扱いをするけれど、これでも人の心は一応持ち合わせている。食事会の発言は私たち魔女候補生まで出動することが有意義であるかどうかが曖昧だったからだ。そりゃ豪勢な料理を食べたかったという気持ちがなかったかと言われれば嘘になるけど。
「それより、不治の病に変えているというのは?」
「あり得るかもってだけ。単なる医療ミスによる隠蔽からの魔女狩りへの押し付け。そんな可能性だってある」
院内で起こっている異常事態を魔女狩りの仕業として片付けていて、その情報を耳にした『ポインティハット』が独自に調査するために乗り出した……という流れは病院側からしたら最悪のシナリオだけど全然普通に起こり得ることだ。魔物も魔女狩りもマイナスの噂から発生しやすい。病院は場合によりけりだけどマイナス思考の人が集まりやすいところだ。そこで生じる恐怖や諦観に共感されやすくもある。だから隠蔽のためについた嘘や流した噂を魔女が調べないわけがない。ひょっとしたら『魔女の大釜』だって調べているかもしれない。
「ですが、問題は……院内への侵入が禁止されていること、ですか」
「患者の不安を煽る可能性があるから。まるで私たちが恐怖の対象みたいな表現よね」
私たちは一般的には知られていない存在だ。だから場違いな格好さえしていなければ院内に入ること自体が問題となることはない。もし変な格好をしていたら医者や看護師に辿り着く前に警備の人や受付で止められるはずだし。
「そもそも『失われし五ヶ月』って、なんなんですか?」
「さぁ?」
ナタリアさんは「だから私は知らないって」と小さくボヤいた。
魔女狩りのa.k.aはそれこそ名は体を表す。『氷姫』、『境界鬼』、『根無し草』。淫魔やゴーレムみたいなイレギュラーもありはするけれど、『失われし五ヶ月』は『否定的なリズム』や『嘘つきの翼』以上に曖昧が過ぎる。a.k.aとは『別名』や『またの名』を示す。『失われし五ヶ月』は名称としか捉えられない。
「これ、a.k.aを偽装している可能性があります。もしくは、」
「『ポインティハット』側が敢えて情報を秘匿している、でしょ? 私たちが魔女狩りの能力を知ってしまっていたら困る場合がある。私たちが囮のパターンとか、ね」
言おうとしたことを言われてしまった。
本来、魔女候補生が魔女狩りを相手に戦うことなんてほとんどない。大抵は淫魔に始まり、魔女狩りになり切れていない魔物を討伐することに専念する。それぐらいが妥当であり、それぐらいが今の私たちの力量なんだ。
だから魔女が魔女狩りを討伐できるように魔女候補生が土台や地盤を固めるパターンがある。予め収集した情報に間違いはないか、他に特殊な事態が発生していないか、魔女狩りが共感した感情は想定通りか。掻き集めた情報だけでは掴み切れないところを現地調査で確かめる。そのときに駆り出されるのが私たちだ。この場合、使い捨てになる可能性が限りなく高い。
「ジェイクさんが私たちの腕前を買っていらっしゃるのなら、ここまで悩まずに済むんですが」
「買ってはいても、任せるまでには至らないわ。こんな……大病院の魔女狩りを仕留めることに魔女候補生を使うものじゃないわ」
解決できれば恩を売れる。本来、患者として訪れる場でしかない病院に恩を売るというのは通常では不可能だ。それが可能となるのなら『ポインティハット』としても恩恵が大きい。是が非でも解決したいだろう。こんな末端の魔女候補生が解決できるとは考えていないだろうから、やっぱり囮や捨て駒なのかな。
「院内に入らずにどうやって魔女狩りを誘き出すのかしら……」
「これは物凄く希望的観測になってしまうんですけど」
私は書類を読み終えて、それをさっきナタリアさんにされたときと同じよう胸に押し付ける感じで返却する。うぅ、やっぱり私よりもちょっと大きい。貧相なところで争ったところで意味はないと言うけど、こうして優劣を確認すると敗北感が拭えない。将来で逆転できないかな。これ以上、ナタリアさんの胸が成長しないように毎日念じたっていい。
「胸のコンプレックスに共感して現れる魔物がいたらどうなるのかしら」
「なんで私の心を読んでいるんですか……?」
しかも少し勝った気でいるのがとてもムカつくので今日から呪いのように念じることは確定。
「フランシーさんたちを呼びましょう」
「…………はぁ」
「どうして溜め息を?」
「私たちの争いを一瞬にして無に帰してしまうからよ」
フランシーさんの豊満な胸部を目の当たりにすれば、私たちが互いに抱いている卑しい感情は消し飛ぶ。多分だけどそう言いたいんだろう。だったら消し飛ぶ前に念じることだけはしておいた方がいいかもしれない。そういうところでちょっとずつ優位性は確保したい。
私たちは部屋を出て、コミュニティスペースでフランシーさんとオーリーと落ち合う。そして、やっぱり彼女の胸部を見た瞬間に貧相な優劣の付け合いなど馬鹿の考え方だったのだと反省する。
「『失われし五ヶ月』……ねぇ。この魔女狩りについてはさっぱり分からないけれど、共感した人が抱え込んでいた気持ちは予想することができるんじゃないかしら」
フランシーさんは首元の傷痕を指の肌でなぞる。傷が残ったことへの落ち込みや傷痕が痛むために取った動作なのかもしれないが物凄く艶めかしいというか蠱惑的なものを感じた。
「たとえば?」
オーリーは二つの椅子をくっ付けて寝転びながら訊ねる。
「なにかに熱中した五ヶ月だったけれど、その五ヶ月がなんの意味も持っていなかった、みたいなところかしら。五ヶ月間、必死に進めていたプロジェクトが白紙になったとか、五ヶ月後のコンサートのためだけに頑張っていたのにそのコンサートが台風で中止になった、とか。重要なところは五ヶ月という指定された期間、そしてそれを失ったと思うほどの喪失感。自身の努力は報われず無駄に終わったことへの怒り。そういったところかしら」
私たちにはなかった想像力がフランシーさんにはあった。おかげで感情の範囲を絞ることができた。
「人生、なにもかも成功だけで進むわけねぇのにな。むしろ失敗の方が多いんじゃないのか?」
「それを子供のあなたに言われたくないのはどうしてなんでしょう」
「あたしもお前にだけは指摘されたくないなと思うのはどうしてなんだろうな」
「あなたたちは顔を合わせれば毎回、そうやって噛み付き合うの?」
ナタリアさんが呆れている。
「違う違う、分かれよこれぐらい。これはあたしたちなりの挨拶」
「私はそうは思っていませんが」
「はーん? なら次から一方的になじってやる」
この勝ち気なオーリーを夜中に外へ放り出して泣き喚いているところを観察したい。そこに助けに来たと思わせて更に真っ暗な部屋に放り込んで嘲笑いたい。
「けれど、院内立ち入り禁止なのは大変だわ。私たちはどこでどうやって魔女狩りの足跡を辿ればいいのかしら」
「入ったところで院内の構造に詳しいわけでもねーからな。入院患者がいる以上、管理は厳重なのは当たり前。命を預かっている以上、命を脅かしかねない存在を特例であっても通したくはないってわけだ。監視カメラもそうだし、面会だってああ見えてしっかりと管理されている。ずさんなところはずさんだが、大学附属病院ならそこのところは他のどこよりも固いと自負しているだろう」
私たちよりも詳しいような詳しくないような。ネットで見た知識だけで物を言っているようにも感じられるから話半分で受け取るのがよさそうかな。
「最初にナタリアさんからこの書類を見せられたときに思ったんですよね。院内出入り禁止がどうして徹底されるのかって」
「だからそれは、」
「オーリーの言うことも正しいと思います。でも、多分ですけどこれって院内で魔女狩りが発生しているんじゃなくて院外で発生しているんですよ。それが病院に影響を及ぼしている。つまり、私たちは病院の外でその足跡を見つけることができるんです。でなきゃ私たちには情報収集すらできやしないんですから」
院内出入り禁止。この項目だけを見れば魔女狩りは病院内部に潜んでいると思う。けれど、その強烈な文字列によって違う角度から物事を見ることが難しくなっているのも事実だ。私の言ったことは一予想に過ぎず、事実と異なっているとも思う。
でも、病院の外での活動でなにかしらの手掛かりを得られることだけは、きっと恐らく多分間違いない。そういう風に思った。
「そ、れ、よ、り~……やっぱり本場のたこ焼きって美味しいんでしょうか」
「あなたって鋭い指摘をしたあとに自分の評価を下げる発言をするのが好きすぎない?」
私なりに緊張をほぐそうとしただけなのに酷いことを言う。仕事や任務みたいな堅苦しい言葉に包まれている空気は柔らかいものにしなきゃならない。でなきゃ私が耐えられない。だってバイトの経験もないのに責任を押し付けられているんだから。
「あくまで魔女狩りを討伐しに行くだけだぞ」
「あらあら、でもオーリーだって昨日からB級グルメ? とか、泊まれる良質なホテルをスマホで検索していたじゃない」
「あたしのスマホを覗いたのか?!」
「いえ、だって、ソファで寝ていたときに目に入ってきちゃったのよ。ロックも掛かっていなかったし」
自動ロックの時間を五分か十分に設定してしまっていればスマホの画面は第三者でも簡単に覗き見ることができてしまう。オーリーが寝た直後に起こさないよう近付く必要があるけど、それがフランシーさんだと分かっていれば彼女も気にしなかったんだろう。
「くぅ……一々、生体認証で開くの面倒だからってちょっと長めにしただけなのに」
「今時、持ち上げたらロック画面が表示されてそこから生体認証するだけなんだから面倒臭いもなにもなくない?」
「あたしはパスコード派なんだよ」
「自分でロック解除を面倒臭くしているだけでしょ。それでプライバシーを覗き見されてどうこう言っているの笑えるんだけど」
ナタリアさんはオーリーに容赦なく言葉を浴びせていく。
「これに懲りたら顔認証でも指紋認証でも登録するのね、オーリー」
「元はと言えば盗み見されなきゃなんにも問題なかったんだよ」
事の発端たるフランシーからの言葉を真正面から受け止めずに毒を吐いた。
「ですが、オーリーも近畿へ赴くのにテンションが上がっているのが分かってよかったです。やっぱり各地を飛び交う魔女を目指す以上は観光もできるくらいの余裕を持って活動していきたいですよね」
「お前と一緒にはされたくないんだが言っていることを完全に否定できない自分がいる」
とても悔しそうなオーリーを見て私はちょっとだけ気分が良かった。
「どいつもこいつも、自分たちが魔女たちの踏み台にされそうなのに……」
「まぁまぁ落ち着いて、ナタリア。なにも重苦しい気持ちだけで調査をしなきゃならないわけじゃないわ。仕事や任務も楽しめるようになってこそ成長よ」
「碌な成長じゃないわね」
と言いつつもナタリアさんも少しばかり浮かれているような感じがした。全部、私の主観的感想であって彼女の深層に眠る感情を読み解いたわけじゃないけど。
取り敢えずは、堅苦しい雰囲気が薄れた。それが決して良い方向に傾くわけじゃないのは分かっているけど、私自身が気持ち良く過ごせるためには必要なことだったので少しだけ安心した。




