共犯にしたい
・『空間超越』
魔女狩りが自身の蛮行を発覚させないために用いる特殊な魔法。使用後は極めて狭い空間であっても強引に延長が行われ、広大な空間に切り替わる。しかしながらその空間は入り込んだ者や閉じ込められた者にしか知覚できないため、外側からでは全く変化のない空間でしかなく魔女以外では判別が不可能。また入り込んだ者と閉じ込められた者を外部から知覚することも困難で、魔女とホムンクルスが意識して魔力を消費しながらの念話が必須となる。
あくまで蛮行の発覚を遅らせるための効果しか持たず、間延びした空間に特殊な能力や環境は付与されない。
『ポインティハット』の帽子を被る=魔女が自身の莫大な魔力で空間を満たす効果はこの『空間超越』から発想を得たもので、魔力で覆われた空間でなら共感せずとも魔女狩りを討伐可能な状態まで追い込める。ただし、『空間超越』と違って外部からは丸見えで更には魔法による周囲への被害もそのまま現実のものとなるため人目に付くような場所では扱い辛い。それでも『ポインティハット』所属の魔女は平気でこれを行い、その後処理に『魔女の大釜』が奔走することもある。
『ウソツバ』の討伐を終えたのち『ポインティハット』所属の魔女たちが私たちの元へとやって来て、後処理が始まった。私は素直に『ウソツバ』の魔力塊を魔女へと提出して、ナタリアさんと地下へと帰った。フランシーさんはナタリアさんが回復魔法を唱えたことで一命を取り留め、オーリーは数時間後に私たちの前に元気な姿を見せた。驚くことにあれだけ深く背中に爪で刻まれたのに、その傷はすっかり治っていて傷跡一つ残ってはいなかった。体が頑丈であることと馬鹿げた再生力が彼女の持ち味であるのなら、『魔女の大釜』でゲーム廃人と化しているシグネラさんに似ているが、立ち回りは全然違うし考え方や生き方も違うから同じと捉えてはならない。それにシグネラさんは考えて拳を振るうタイプだけどオーリーはなにも考えないで暴れ回る感じだろうし。
私は帰ってすぐに食事会の続きを所望したんだけど雰囲気的にお開きになっているみたいで、せめて前菜のスープだけでもと懇願したら「食事会は延期になっただけで中止ではない」という言質を得た。しっかりとスマホで録音はしておいたので、もしも反故にされるようならジェイクさんに直談判してやる。
「ナタリアさんナタリアさん、せっかくのドレスなんですけどやっぱり私には不似合いなので返却してもよろしいでしょうか?」
「しっかり血で汚して使えないくらいボロボロにしてから言うことじゃないでしょ」
「ボロボロなのはナタリアさんも同じでは? 背中のスリットがそれはもう凄いことになっていましたし」
それはもう本当に凄いことになっていた。あの場にたまたま居合わせた一般人の男性は運が良かっただろう。こんな綺麗な出で立ちのあられもない格好を見ることができたのだから。
「気にはしないわ、ええ、気にはしない」
言いつつも少しの後悔が表情に出ている。少しであるかどうかは微妙かな。ナタリアさんは感情を表に出さないように気を付けているから実際は心の中で恥ずかしさで死にたがっている可能性もある。
「それより、あなたは『魔女の大釜』から来たのは知っているけれど……魔女候補生っている肩書きも嘘だったりするわけ?」
「どうして?」
「魔女狩りを討つことのできる魔女候補生は限られているでしょう?」
「ナタリアさんだって『否定的なリズム』を討ったじゃないですか」
「ええ、あなたとね」
勘繰られている。
「『否定的なリズム』に決定打を与えたのは私じゃなくあなた。だから、私は疑問を抱いているのよ。あなたがいなかった場合、私は『否定的なリズム』を討伐できていたのかって」
「謙遜なんてナタリアさんらしくないですよ。『ウソツバ』で自信を無くしてしまっているのは仕方がありませんが、過去の実績にすら疑いを持つのは良くありません」
「……それもそうね」
丸め込めているわけじゃない。私がはぐらかし続けると思って話すのをやめたんだ。でもこれだと違和感を拭い去れないままだ。ずっと疑問を抱いたまま私のことを警戒する。そうなってくると私はのびのびとした生活を送ることができなくなる。別に不審がられることも不信関係であることも構わないんだけど、私の行動一つ一つを監視されるような日々は生き辛い。
「誰にも話さないと誓っていただけますか?」
「なにが?」
「これから、とあるところに行くんですけどナタリアさんも来ていただけますか? 来ていただけたなら、色々と腑に落ちることもあると思いますので」
「…………分かったわ」
長い沈黙のあと、かなりの葛藤を終えて彼女は肯く。私は笑顔を向け、「まずはシャワーを浴びて着替えましょう」と提案する。このことに対して不満を出すことはなく互いにシャワールームを使って普段着に着替える。汚れてボロボロになってしまったドレスはどうしたものかと悩んでいたけど「処分するからゴミ箱に」とナタリアさんが言うので、そのままの通りに部屋を出て廊下を少し歩いた先にある共同ゴミの入れ物へと放り込んだ。
「それで? どこに行くのかしら?」
「内緒ですよ」
「言うと思った」
返事は予め想定していたらしく、ナタリアさんは眉一つ動かさない。私たちはエレベーターを使って駅前広場まで出る。外はすっかり暗くなっていて、こんな夜更けに歩き回ったら警察に補導されてもおかしくないと思いつつ、しばし歩き続ける。
「私が『魔女の大釜』から偵察に来た人物っていうのはもうバレているんですよね?」
「バレていないと思ったの?」
「ナタリアさんだけですか?」
「オーリーもフランシーも意識が朦朧としていただろうし、トラウマ刺激からの感情の爆発を用いて戦うスタンスを見たのは私だけ。そうやって魔女狩りを討伐するのは『ポインティハット』の戦い方じゃない」
「そうですか」
私は人目の付かないところまで彼女を案内してからソッと魔道具のナイフへと手を伸ばす。
「死んでください♪」
言ってからナイフを振るう。でも私のナイフはナタリアさんに届かない。私の全身を冷気が包み込んでいて、どれだけ筋肉に脳が指令を送ってもうんともすんとも動かないからだ。
「だと思ったわ。私を殺せば『魔女の大釜』のスパイだって断定できる子はいないから」
「これで止めたつもりですか?」
「少なくとも止まって、」
ナタリアさんの視線はナイフを持っている私の右手ではなく左手を見ている。
私の左手からは血が流れている。それはつまり、私の魔法が動く余地があるということ。あとは魔法を唱えれば私は血で生成した無数のナイフをナタリアさんに放つことができる。集中力が落ちれば感情も乱れて私を抑え込んでいる冷気だって揺れるだろう。そうなれば私は再び体を動かせるようになって改めてナイフで刺しに行くことができる。
「刻印よ、堕ち――」
「なにをしているの?」
詠唱を止める。
「アールが言ったはず。あなたは攻撃の意思に対して抗うだけにしてって。なのに能動的に自分から刺しに行こうとしているのはなんで?」
「え、えと…………えと、えーっと、えーっと、これには事情がありまして」
「報告しておく。近いうちにお仕置きがあるかもしれない」
「えー……えー、えー…………こんな可愛い魔女候補生にお仕置きするなんて」
「は?」
視線が痛い。私のぶりっ子が通用しない相手なのは分かっていたけど、少しぐらいはこっちのノリに付き合ってくれたっていい。なんでこんなにも私の周りにいる人たちってノリが悪いんだろ……現実逃避している場合じゃないか。
「どうしてナタリア・ドライトがいるの?」
「私がスパイなのがバレてしまって」
「バレるのは想定の範囲内だから。別にバレたってお咎めがあるわけでもなし。なのにわざわざ連れてきたのはどうして? 本当に刺し殺すつもりだったとか?」
「その…………気分で」
「気分? 一番ワケの分からない言い訳をしないでくれない?」
ああ、本当に怖い。
「トバリ・アメノ」
ナタリアさんが口を開く。
「『アルカナ』派閥の近接戦闘特化型の魔女」
「有名人になった気はないけど」
「その茶色と金色の髪と金色のまつ毛に翡翠色の瞳。その特徴だけで誰だって分かりますよ」
彼女の説明にプラスするなら溜め息が出てしまうくらいの容姿端麗さだ。なのにその顔に傷痕があるのも特徴か。
「容姿を褒められてもなにも嬉しくない。重要なのは魔女狩りを狩るだけだし」
なんで容姿に興味ない人が容姿端麗だったりするんだろうな、この世の中は。だったらその容姿を私にちょうだいと何度思ったことか。
「ナタリア・ドライトはヒヨに連れられてきた。これは間違ってない? あなたが脅してヒヨに連れて行くように命じたとかは?」
「ない」
「そう、だったら……全てヒヨが悪いってこと」
やっぱり視線が痛い。
「一人で暗躍するの私には無理なんです。だから共犯者を作りたいと思ったんです」
「それがよりにもよってナタリア・ドライト?」
「よりにもよって?」
ナタリアさんは首を傾げる。多分、ファルシュが最重要人物って言っていたことと関係があるんだと思う。今のこのときまですっかり忘れてしまっていたけど。
「あなたの扱いを『魔女の大釜』が困っている。本来なら『ポインティハット』ではなく『魔女の大釜』で掬い上げたかった人材らしいから。なのにあなたは『魔女の大釜』の試練を蹴って『ポインティハット』のスカウトに乗った」
「試練とか試験っていうやり方が気に入らなかったのよ。不幸と幸福を集めた上で、トラウマを利用しての魔女狩り討伐。それって非人道的だと思ったから」
「魔女を目指す時点で人道性なんて捨て去っているでしょう?」
鼻で笑われながらもっともなことを言われてナタリアさんが押し黙る。
「あなたのそれは反発であり反抗。これ以上は話さないけど、あなたは帽子を被る戦い方より感情の爆発の方が合っている」
「ふざけないで。私は人に自分のスタンスをどうこう言われるのが一番嫌いなのよ」
その反抗心はトバリさんに対して決して丁寧な言葉を使おうとしないところからも見て取れる。
「『魔女の大釜』は『ポインティハット』に潜んでいる魔女狩りについて見当が付いているのかしら?」
色々と言ってくるが、そっちはどうなんだと。ナタリアさんはトバリさんに吹っ掛ける。どうせ『魔女の大釜』も魔女狩りを見つけられていないんでしょ、と。
「ある程度、分かってはいるけれどそれをここで口にしたくはない」
「うそ、なんにも分かってないと思っていたのに……」
思わぬ返事に素の言葉を彼女は発する。
「それをどうこう言ったところできっと信じないだろうし『ポインティハット」だって動かない。確証を得て、内々で処理する。それが最も波風を立たせない解決策。得策だとは思わないけど」
トバリさんは外套のフードを被る。
「ナタリア・ドライト? あなたの自由は誰かの不自由の上で成り立っていることを忘れないで。それと、魔女狩りには注意するように。ヒヨ? あなたが得た情報はまた炙り出し暗号でこっちに手紙で送ってちょうだい」
「はい」
「待って、待ちなさい。私はまだなにも情報を握れていない」
立ち去ろうとするトバリさんをナタリアさんが呼び止める。
「一つ、私が握れる情報が欲しい。私のことをヒヨ・オノウエが共犯者にしたいって言うんならそれが取り引き」
「…………別にあなたのことは放置していてもなんにも問題ない。あなたの取り引きにも駆け引きにも応じなくてもいいし、共犯者になってもならなくても当初の目的が果たせるならどうだっていい。けど、ヒヨが連れてくるくらいなんだから他の魔女候補生とは違うものをこの子が感じ取っている可能性もあるから、だったら少しは教えてあげてもいい。どんな情報が欲しい?」
「ヒヨ・オノウエはどうして魔女を刺したあと、反撃を受けずに済むの? 致命傷じゃないんなら魔女は攻撃に対して反撃するはず。それと、この子の刻印はどこにあるの? 『嘘つきの翼』と戦っていたとき、この子は体のどこにも触れるような動作を取らなかった」
「答えられるのは一つだけ。それも最初の問いだけ」
私の秘密が私じゃないトバリさんの口から詳らかにされそうになっている。なんだかとっても恥ずかしいな。
「ヒヨは魔女の刻印の場所が見えている」
「見えている、だけ? それだけで?」
「服をどれだけ着込んでも、なにかでカモフラージュしてもヒヨの『眼』は刻印を正確に透視できるの。そうなると彼女がやることは一つ。自分の魔力で作った魔道具で刻印を刺す。魔女にとって刻印は他者に触れられたくないものであり、同時に傷付けられたくないもの。一時的な損傷は魔法の詠唱に不都合を生じさせる。だからヒヨは反撃を受けない。そもそもヒヨが攻撃したってことは攻撃意思を感じたからであって自業自得になるわけだけど」
「じゃぁ……私がヒヨ・オノウエの体を冷気で動けなくしたあと……もし魔法を唱えられていたら」
「あなたの刻印を貫かれていたか、切り裂かれていたでしょうね。この子は親しい間柄であってもそういうことをする子だから」
「親しい間柄だなんて。ちょっと照れちゃいます」
テレテレ、みたいな感じを出してみたが二人はこのリアクションに無反応だ。やっぱり魔女界隈はみんなノリが悪い。
「魔法の相性もそうだけど、ヒヨの『眼』も相まってあなたには根本的に勝ち目がないの。それも踏まえた上でヒヨとの付き合い方を考えて? でも、この子の『眼』はまだ優しい方。本当に怖い『眼』は、私たちが唱えた魔法の基点になっている魔力塊すら撃ちぬけるから」
トバリが景色に溶け込んで消える。
私はしばらくナタリアさんの様子を窺う。
最初は落ち込んでいるように見えた。けれど次には怒りのような沸々とした感情。そして最後には「なんで私だけ」という自虐的な発言。その感情の起伏はいつもの冷徹な視線を向ける彼女から考えたらあり得ないものだ。トバリさんの「感情の爆発向き」と言っていたこともあながち間違ってないのかもしれない。
本当はもっと感情豊かなのだろう。それを歯を喰い縛るようにして、必死に押し隠している。
だから、それらが爆発したときに起こす感情の波はありとあらゆる人を一時的であれ凌駕する。
正直、それはちょっと怖い。だから私にその切っ先が向けられないように気を付けなきゃならない。
「これからも頑張りましょうね、ナタリアさん♪」
何喰わぬ顔――人を共犯者として引きずり込んでおきながらも分厚い面の皮を見せる私にナタリアさんは「気持ち悪い」と言って、スタスタと先を行ってしまった。
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「さて……」
魔女による後処理が終わった繁華街の裏路地に猫の仮面の魔女狩りが降り立つ。
「戯れで訪れたなどという嘘を信じるところが魔女候補生の甘いところだ」
そう言って『嘘つきの翼』が討伐され、その肉体を倒れ伏した地面に手を当てる。
「後処理といっても死体が魔力の残滓となって散っていくのを見届け、周辺に起きた魔法の影響を最小限にまで抑え込むことだけ。もし回収を行っていたとしても全ての魔力の残滓を回収し切れているわけではない。『起きろ』」
手をゆっくりと地面から引き上げる。ドクンッドクンッと脈打つ心臓が魔力の残滓によって生成され、そこからゆっくりと『嘘つきの翼』の肉体が再生されていく。
「貴様に与えられた時間は数分。およそ一分にも満たない僅かな時間。答えろ、『嘘つきの翼』。あの四人の中で最も嘘つきなのは誰だった?」
自身がどうして再びの肉体を得られたのかワケも分からず狼狽えている『嘘つきの翼』を見て、一瞬の苛立ちを起こして猫の仮面の魔女狩りは手刀によってその腹部を刺し貫く。
「貴様はもう死ぬ。死ぬ前にワタシに言葉を残せ。人間はそれを遺言と呼ぶそうだ。人間らしさを求め続ける魔女狩りたちにとっては好ましい体験ではないか? 答えろ、ほら。誰が一番嘘つきだった? 暗澹たる魔力を引き出せる小娘か?」
「……ぁ……あ、あ゛」
「人の言葉を話せないフリをされたとしても、貴様の命が消える時間が延びるわけではない」
「……フ、」
「みーつっけた♪」
『嘘つきの翼』が猫の仮面の魔女狩りの目の前で稲妻に貫かれ、消し炭となって雲散霧消する。
「駄目駄目駄目、死人に口無しって言葉があるように死者を無理やり起こして喋らせることは遺言でもなんでもないよ」
「ニャーシィ・フェネット……!」
「なにをそんなに驚いてるの?」
「先月、警察に事情聴取されたと聞いていたが」
「そうそう、警察とお話することになって大変だったよ。魔女狩りの息が掛かった警察に、ね」
『黒雷』の魔女はゆっくりと地面に降り立ち、猫の仮面の魔女狩りを朗らかな表情を向けたのち睨み付ける。
「今度は逃げないでね」
「まるで一度逃げ出したかのように」
「『百日魔宴』では逃げたでしょ」
「それは貴様が逃げたのだ。ワタシではない」
「そうやって責任をすり替える」
「どちらが、だ?」
ニャーシィに猫の仮面の魔女は一切の隙を見せないまま言葉のやり取りを交わす。
「小難しい話は魔女狩りには分かんないと思うから単刀直入に言うね?」
暗澹たる魔力を噴出させ、黒い雷光を辺りに轟かせながら胸にある刻印にニャーシィは触れる。
「死んで? 『猫の灰被り』」
「拒否する」




