諦めが嫌いだ
♭ ナタリア・ドライト
ハッキリ言って他人に興味はない。自分は自分だし、他人の信念や感情を汲み取ってどうこう生きるなんて煩わしいと思ってる。家ではいつだって人を信じるなって教えられてきたし、「16歳になったら両親や姉すらも信じるな」と実の両親に言われて育った。
いつも冷静でいろ、人が目の前で死んでも感情を動かすな、怖い物を見たって泣くな、傷付いたって痛いと言うな。思えば滅茶苦茶なことばかりを私は強制されてきた。
それは別にいい。それは私に事情。それは私が糧にしている感情だ。それを他人に共感してほしいとか一緒に話を聞いて泣いてほしいとか一度も思ったことはない。
「大丈夫? 顔色が悪いけれど」
フランシーが私に問い掛ける。
言われて初めて私は体が震えていることに気付く。ようやっと私は自分自身の中に流れ込んできた感情に乱されていることに気付く。
ヒヨ・オノウエに私は癒やしの魔法を唱えた。それはつまり彼女が感じている痛みに共感しなきゃならない。体に起きているダメージもそうだけど、一瞬だけ私は彼女の心のダメージに触れる必要があった。
『男子に媚びすぎ』『その猫撫で声やめてくんない?』『ほら、またやってる』『あのさぁ』『大丈夫だって、ほら笑ってる。この子、痛いことされるのが好きなんだよ』『別にイジメじゃないよね? 笑ってるし』『ねぇねぇ笑ってよ。なに泣きそうになってんの?』『ウザッ、その声でピーピー泣くなって』
流れ込んできた感情には彼女が感じた過去の痛みが伴う。本当にそのような言葉を投げかけられたかどうかまでは分からないが、とても近しいことを言われたのだろうことを私は彼女の感情から知ってしまう。
『なにしてんだよ、燈夜!』
『放してよ、お兄ちゃん!!』
脳内を駆け巡る描写。喉にカッターナイフを突き立てようとするヒヨ・オノウエを羽交い絞めにして必死に止める兄の存在。
『私は悪くない悪くない悪くない悪くない』『ウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザい』『死にたい死にたい……違う、死ね死ね死ね死ね』『声声声声うるさいうるさいうるさい!』『なんで誰も私の声以外を見てくれないの?』
布団に潜り込み、訪れた夜に眠れないまま呪いの言葉を唱え続けるヒヨ・オノウエは私に見せる嘘つきの笑顔すらなく、死んだ魚のような目をしている。表情と呼べる表情を一つも作ることなく、さながら能面のようにたった一つの無を表したまま、ひたすらに口だけが動き続ける彼女から人間性は消失しており、もうロボットのような……呪いの言葉しか吐き出さない機械のように……それを朝まで続けていた。
首を横に振る。脳内に満たされる描写に惑わされず現実に回帰する。
「問題ないわ。それより魔女狩りをさっさと倒してしまいましょう」
視線の端にヒヨ・オノウエを捉える。彼女は薄っすらと笑みを浮かべながら、手元に魔道具のナイフを持って今にも魔女狩りへと飛び掛かりそうな気配を抱く。
あなたと私は同い年。ほぼ同じ時間を生きてきた。その中で事情もケースも異なるとしても地獄のような期間があったのは私も同じだ。
だとしても、この私が震えるほどの地獄があった。
これだけじゃないんじゃないの?
ヒヨ・オノウエから伝えられた感情には欠落がある。魔女に勧誘された瞬間と、『お兄ちゃん』と呼ぶ存在がどうなったか。そのどちらもに救済があったのなら心の痛みにならないまま私に伝わらなかった可能性があるけれど。
一度も彼女の口から『お兄ちゃん』の存在を語られたことはない。あれほどに気持ち悪い笑みを浮かべながら平気で嘘をつくことのできるヒヨ・オノウエから親兄弟の話を一度も聞かないのはおかしい。私の家系や『ドライト家の面汚し』について煽ってきたことも含めて、共感する気もない自分語りをしなかったのは不自然極まりない。
気味が悪い、気持ちが悪い。
そして、とても怖い。
だから私はヒヨ・オノウエに友好的なフリをし続けなきゃならない。彼女への恐怖に呑まれて自分の使命を見失わないために。
*
「『ウソツバ』はどんな能力を持っているんですか?」
「ウソツバ……?」
「『嘘つきの翼』を略して『ウソツバ』です♪」
私は笑顔でフランシーさんに返事をしてみたけど、彼女はナタリアさんに『この子大丈夫?』みたいな視線を向けている。
「『否定的なリズム』も略していたのよ? 今更、ヒヨ・オノウエが言うことに戸惑っても仕方が無いわ」
もう慣れているみたいな感じでナタリアさんは溜め息混じりに答えた。私への理解度が高いのは嬉しいんだけど、なんでそんな嫌そうな顔をしているんだろう。
「こいつマジで自分が異常者だって気付いてないよ」
「まるで自分は正常みたいな言い方はやめてください」
オーリーの罵倒は分かりやすいから返す言葉がすぐに見つかる。ひょっとするとナタリアさんやフランシーさんよりも対応は楽かもしれない。もし負けそうになっても「バーカバーカ」で行ける気がする。
「『ウソツバ』は嘘をついている魔女に対して強くなる特性があるはずよ」
「魔女全員に特効じゃねーかよ」
私がフランシーさんから説明を受けているのに横からオーリーが口を挟む。
「魔女界隈はどいつもこいつも嘘しかついてねーだろ」
そこは肯ける。
「だとしたら、嘘をついていない魔女以外では勝てないのではないでしょうか?」
「あくまで嘘をついている度合いによる強化なの。だから嘘をついていても、その数が少なければ少ないほど強化は薄くなる。問題は戦っている最中に標的を変えられると強さの度合いが変化するところにあるかしら」
えっと……だから、ナタリアさんやフランシーさんを標的にしていても途中で私に標的が変えられてしまうとそれは物凄く強くなるみたいなことかな。だって私以上に嘘をついている人がこの三人の中にいるとも思えないし。いやでも、フランシーさんとかああ見えて実はガッツリ沢山の嘘をついているみたいなギャップがあったりするかもしれない。ただ、誰が一番嘘つきかを探るよりも誰が一番嘘をついていないかを探った方が雰囲気が悪くならないんじゃないかな。
「嘘つきの自覚ある奴、手を挙げろ」
私が思っている真逆のことをオーリーが要求してしまったので曖昧且つ波風立てない方法はなくなってしまったと言っていい。そして勿論、私以外に手を挙げる人はいない。誰一人として嘘を良いものとは捉えていない。優しい嘘なんて言葉があるけれど、それは結果的に嘘が良い効果をもたらしたときだけに付随される後出しの言葉だ。優しいか優しくないかも分からない段階で嘘だと分かる嘘を口にされて不機嫌にならない人はいない。
「こいつの思考がマジで読めない」
「だって嘘つきの自覚はありますから」
「それそのものが嘘って可能性もあるだろ」
盲目的に自分自身の提案に乗ってきた私を信じる気はないらしい。やっぱりナタリアさんが傍にいるとき以外で初対面というイベントは済ませたかったな。そのワンミスのせいでこういうときに面倒臭いことになる。
「まぁまぁ、落ち着いて。ヒヨさんを責めても仕方がないわ。私たちだって正直に手を挙げなかったんだから」
「それに手を挙げないって部分が嘘の可能性だってあるし」
「なんで魔女狩りを前にして疑心暗鬼になってんだよ」
共感はできたけどチームとしては纏まれていない。それは親睦を深める機会がなかったからで私のせいじゃない、多分。
「どウして、嘘、ヲ、つく?」
カタコトの日本語を使いながら、『ウソツバ』が骨格しかない翼を広げながらこっちに近寄ってくる。痩身の女性。痩せすぎず、細すぎず、引き締まった女性としてベストな肉体。これが人間なら惚れ惚れしてしまうけど、残念なことに魔女狩りだ。トボトボとした接近の仕方から私たちはすぐさま距離を取らずにまず『ウソツバ』の出方を窺うためにその場に留まる。
「うそ、きラ、い」
私たちを包囲するように空間から真っ黒な槍が飛び出し、明確な攻撃意思が見えたので全員が回避に移る。突き出す無数の槍を次から次へと避けながらナイフを手に取る。
「これじゃ魔法が使えないわ」
フランシーさんは弓を構えようとするが断続的に続く槍撃から逃れるための回避を続けるしかなく、いわゆる弓道における正しい姿勢を取ることができないでいる。
「姿勢とか気にせずに射掛ければいいんじゃないですか?」
「私の魔法は構えが取れないと発動しないのよ」
凄まじい制約をポロッと零す。良いんだろうか、一子相伝の魔法の弱点をそんな簡単に私に晒して。聞き流すフリをしておくけど、対立した際にこの情報は大きな大きな私へのアドになる。
「ならフランシーさんに魔法を使わせられるようにするのが最適ですか?」
「分かんない。私だって碌にタクトは振れないわ」
槍撃の対応に追われていてナタリアさんも氷像を作る余裕を得られていない。だったら出力を上げて周囲一帯に冷気を飛ばせばいいんじゃないかってアドバイスをしたい。でもしたらしたでムキになって彼女はやろうとしないから自分で気付くのを待つしかない。
「おらぁ!」
分かりやすい雄叫びを上げながらオーリーがハンマーを振り回して自身に向かってくる全ての槍を弾き飛ばす。一振り一振りで空間が震撼し、地面が揺れて『ウソツバ』のバランスが崩れ、そこに一気に突っ込んでいく。
『ウソツバ』が笑う。刹那、彼女の頭上からカラスの群れが一斉に落下してくる。
「おらぁ!」
またも分かりやすい雄叫びを上げつつオーリーはハンマーを真上に振って、引き起こされる真空の波動で落下攻撃を繰り出す全てのカラスを払い除ける。あの子にとって攻撃は防御の役割も帯びている。攻撃に対して攻撃を返すことで自我を押し通す。脳筋な対処は『ウソツバ』にとっても想定外だったらしく、両手で握り直されたハンマーで肉体を打ち抜かれて吹き飛んだ。
「私じゃ無理そう」
聞こえないように呟く。私は攻撃に対して抵抗する精神的方針がある。だからまず初手は相手から攻撃してもらわなきゃならない。それを防ぐか避けるかしてようやく抵抗を行う。オーリーは全部が全部攻撃で、その一撃があまりにも重すぎる。初撃を防いだり避けることができても、ずっと彼女は攻撃し続けてくるのだ。そして防御がない。ひたすらに攻撃攻撃攻撃――そんなのを続けられたら私の魔道具のナイフは維持できない。ナタリアさんみたいに準備の段階があれば、準備=攻撃意思って受け取れるから私のスタンスが通用する。
要は一撃の重み。それが私へのクリティカル。確かに『魔女の大釜』にいたときにトバリさんから言われていたことだけど、初めて目の前に脳筋の魔女候補生が現れて自身の弱点を自覚した。近接戦闘主体がそもそも異質だし、そこに脳筋が足された魔女なんていなかったもん。
「くヒッ♪」
吹っ飛んだ『ウソツバ』に大量のカラスが群がり、その肉を信じられない速度で啄んで喰らっていく。その鳥葬のようなグロテスクな光景に槍撃から解放されたフランシーは小さな悲鳴を上げて構えを取ることすら忘れている。
「刻印よ、描け」
歩道を冷気が駆け抜けて銀盤へと塗り替え、ナタリアさんの振るタクトに呼応して氷像の騎士たちが『ウソツバ』に群がるカラスを剣で草を刈るように切り捨てていく。トドメとばかりにオーリーが跳躍してハンマーを掲げ、倒れている『ウソツバ』へと振り下ろす。
振り下ろしたハンマーを一瞬で避けてみせた『ウソツバ』は目にも止まらない速度でオーリーの背後を取り、黒い血を噴き出しながら穴だらけの肉体を奇天烈に動かして骨だけになっている指先を鋭い刃のように振るい、彼女の背中に強く深く爪痕を刻む。
「こい、つ……!」
背中の出血と痛みに悶絶してオーリーがうつ伏せに倒れた。
「嘘ヲた、ベたカらスは……肥え太る」
カタコトが徐々に饒舌なものへと変わっていき、骨格だけの翼に黒い羽根が生える。さっきまではまだ女性と取れる顔立ちだったが妙に折れ曲がった嘴を中心として、鳥人間へと変貌している。
その変化の最中で氷像の騎士たちが一斉に『ウソツバ』へと押し寄せるが、全身から噴き出し続けている黒い血が黒い羽根へと変質して魔女狩りを覆い隠し、振られる剣の悉くを寄せ付けない。確かにそこにいたはずの『ウソツバ』だったが、剣はただ空を切っている。
「どこに行った……の?」
その呟きを待っていたと言わんばかりにフランシーさんの後方に『ウソツバ』が降り立ち、骨だけの手を振って彼女の首を掻き切る。
「刻印よ、微笑め!」
噴き出す血の量を見てナタリアさんが緊急性を把握し、自身の冷気を解いて私と同じように回復魔法を彼女へと詠唱する。
「時間を稼いで、ヒヨ・オノウエ! このままだと全員が死、」
意識を失ったフランシーを抱き留めたナタリアさんの正面に『ウソツバ』が立っている。私への発言の全てを言い切ることを諦めたように彼女は下を向く。
そういう諦め方が私は嫌いだ。
「『ドライト家の面汚し』を殺すまで死ねないんじゃないんですか?」
『ウソツバ』はフランシーさんとナタリアさんを見下していたので仕留めに掛かるのに時間を要していた。その怠慢に私が走って差し込んだ。振られた骨の手をナイフで受け止めて、ジッとそのどこを見ているのか分からない化け物の瞳を睨めつける。
「今、生きることを諦めましたよね? 悪足掻きしようとも思わなかったですよね?」
骨の手を押し退け、私は感情の波を起こす。
「有言実行できない人、大っ嫌いなんですよ。私に言ってのけたんだったら信念は通してください。自分自身の言葉に従えない人が、他者の命を奪えるわけがないんです」
「ヒヨ・オノウエ?」
「先に言っておきますが」
私はニコッとナタリアさんに笑いかける。
「嘘をつきました。魔女狩りの『ウソツバ』のこと知らないフリして御免なさい。実はa.k.aもですけど、『ウソツバ』との戦闘経験もあります。この個体とは初対面ですけど」
「魔女候補生なのに?」
「私の師匠は魔女候補生でありながら魔女狩りと共感して討伐までした人ですよ?」
その人が私に魔女狩りを討伐することを求めないわけがない。
「嘘つき、嘘つき嘘つき嘘つき!!」
『ウソツバ』の連呼を煩わしく思いながらナタリアさんの回復魔法がフランシーさんに継続して掛けられていることに安堵する。
「あー……どうしよ。共感……共感かぁ。共感できる要素……うーん、バックボーンが分からないとどうしようもないかな……」
さっきは隠し通したけど、駄目そうだ。これはやっぱり帽子を被る=相手を膨大な魔力で覆い尽くして場を支配した上で討伐する。この方程式を崩された場合の弱さがしっかりと露わになっている。こうなると『ポインティハット』ではどうしようもない。準備不足でもあるしホムンクルスを持たせていない面も他の魔女へ救援する方法を減らすことになっている。
力に自信がある魔女たちしかいないからこそ、それらを封じられてしまうと一気に崩れる。『ポインティハット』は先手で帽子を被ることを第一としているせいで、そんな単純な部分にすら気付けない。
「わタしに共感なんて、できるわけが、ない」
「はい、ですから」
感情の波に色を宿す。
「共感しない方向で進めさせてもらいます」
「……黒」
ナタリアさんが呟いた通り、感情の色は『黒』。決して乱雑に扱うなと言われていたんだけど仕方がない。死にそうなんだから仕方がない。
「『ウソツバ』さん♪」
両手にナイフを握り締める。
「私はあなたに共感不可能です♪」
精一杯の綺麗な声を発してから、ありとあらゆる不快な感情を暗澹たる魔力に変換し、それらを黒色で出力する。『ウソツバ』は両手の骨を奇天烈に動かしてから、さながら弱者を見下すかのような素振りを見せてから私に真正面から飛び掛かってくる。
ナイフと『ウソツバ』の骨の刃が交錯する。
「遅い」
手にしていたナイフを放棄して、新たなナイフを生成してそれを腹部へと突き立てる。瞬間、私を黒い槍が包囲する。隙間を縫って離脱しても追尾してくるので更にナイフを生成してそれらを迎え撃つ。背後に回った『ウソツバ』に翻りながら剣戟を繰り出し、骨の刃を受け止め弾きながらその肉体を蹴り飛ばす。
カラスの群れが降ってくる。
「あはははははっ♪」
両手に握り締めるナイフを止め処なく振り続け、私に強烈なダメージを与えようとするカラスのみを切り殺していく。最小限のダメージで最大限の成果。肉を切って骨を断つ。その言葉のままに私は無数のカラスを捌き切り、黒い血に塗れたドレスの重たさに不快感を示しつつも『ウソツバ』に急接近する。
「『ポインティハット』の皆さんは温室育ちが過ぎるんですよ。もっともっと自分からトラウマを刺激しないと。他者から刺激されるトラウマに比べれば感情の爆発力は見劣りしても、雑魚みたいな魔女狩りには太刀打ちできるようになります」
猫の仮面の魔女狩りにトラウマの一片を見せて暗澹たる魔力を感情の波に乗せたのは事前準備。こんな場所であの魔女狩りが魔女に発見されるようなヘマはしない。だったら騒ぎの元となっている魔女狩りは必ずどこかから現れる。その魔女狩りに暗澹たる魔力をぶつけるためにトラウマを晒した。
「こんばんは」
明るく朗らかに『ウソツバ』に挨拶をしてから両手のナイフを再び腹部に突き刺す。
「死ね!!」
その言葉に抗うように『ウソツバ』から黒い羽根が放出される。私が距離を置くと、黒い羽根の隙間から『ウソツバ』が奇襲を仕掛けてくる。
「だから遅いんだって」
骨の刃を生成したナイフで受け止める。
「沢山の嘘をついている人を標的にすると強化が掛かる。標的にした人物の力を上回るようになる。そういう能力、そういう性質。知っていますよ? でも、それって標的にした人物が『強さ』を隠している場合は致命的ですよね」
私は髪の毛を振って、その先端をナイフへと変貌させる。ドスッドスッドスッと歩道に一つ一つが自然落下して突き立つ。笑みは零さない。
「ちゃんと私を標的にしてくれましたか? 逃げないでくださいね♪ 楽しい時間を過ごしましょう」
『ウソツバ』が抗うように両手を振るい、私はそこに合わせるようにナイフを振り回す。
これは純粋な手数勝負。どちらがより多く腕を振り、どちらがより深く速く動けるか。そして最終的には相手の急所を貫くための戦い。勝った方が生きて負けた方が死ぬ。
「なんって分かりやすい戦いなんだろう!!」
細々としたややこしい下調べや魔女狩りの能力。それに合わせて対処して最終的に仕留めに掛かるあの面倒で面倒でたまらない無の時間。それに比べたらこうやってひたすらに体を動かし続けて理性で考えるのではなく本能の赴くままに戦う方がずっとずっと楽しい。特に『ウソツバ』は強さの指標が嘘を多くついている相手に合わせて上がるので、ただ蹂躙するんじゃなくしっかりとした殺し合いのやり取りができる。
師匠たちに訓練を受けているとき、いっつもいっつも負けたばかりだった。そんなときに遭遇した『ウソツバ』との戦いは本当に心が踊った。
だからまた同じa.k.aと遭遇して気分が高まった。鬱憤を晴らすことができる。発散することができる、と。
なのに私はこんなにも楽しんでいる中で、胸の中の痛みを捨て切れない。ナタリアさんへの理不尽な怒りか、オーリーとフランシーさんを傷付けられたことに対する怒りか。とにかく楽しいという感情の中に確かな怒りが混じっている。
おかげで振るうナイフの速度も数もいつもより盤石になっている。感情の高ぶりを楽しさだけに染めていると透明な魔力に戻ってしまうから、怒りも加えることで暗澹たる魔力を維持できている。
体が切り裂かれる恐怖よりも高揚感が私を満たしてくれている。肌を伝う血液を見れば見るほどテンションが上がる。
「あなたも血を使いますよね? 奇遇ですね、私もなんですよ。刻印よ、堕ちろ」
周辺に飛び散った血液、その一滴一滴がナイフへと変質して全て『ウソツバ』目掛けて射出され肉体に喰い込む。
「楽しいでしょ、『ウソツバ』?! 楽しいよね、楽しくないわけないよね?! もっと私と戦ってよ! もっと私を傷付けようとしてよ!! もっと自信満々に喋ってよ! ほらどうしたの!? 全然全然全然全然喋ってくれなくなっちゃったけど! もしかして怖がってなんかいないよね?!」
骨の刃との剣戟で体力を消耗しているのに、汗も沢山掻いているのに苦しいという感情が一つも湧かない。むしろ永遠に続けとすら思ってしまう。一生、このまま切り合っていたい。殺し合っていたい。そう思えるくらいには理想のサンドバッグ――じゃない、発散相手だ。
「もっと私を見てよ!!」
目を見開く。
怯え。私の瞳に映ったのは『ウソツバ』が見せた恐怖心だ。そんなものを見せられたらトドメを刺さないわけにはいかなくなってしまう。腹ペコのときに目の前に無料で極上のディナーが差し出されているのに食べない理由がないのと一緒だ。
「あーあ、もう終わりか」
『ウソツバ』の骨の刃が私の首元を掠め、けれど私のナイフは魔女狩りの胸部を貫いている。
「結局、大層なa.k.aを貰っていますけど、私からしてみれば雑魚なんですよね、あなたは」
標的にした嘘の多い人物の能力を上回る。でもその上回り方は戦いの中で強さを隠している相手には非常に脆弱。だから『弱さ』を晒している私には通用しない。どれだけ私が嘘をついていても私の『強さ』を上回らない限り、この魔女狩りに負ける道理はない。
「さようなら。次もまた別の『ウソツバ』に会えますように」
願いを込めつつ、私はナイフに刺さっている心臓とも言うべき魔力塊を抉り出した。




